003
「能力がほしかった」
響家は代々、守護者としてこの世界を守る任を与えられていた。武術を極め、鋼の肉体を持つ集団として鍛錬に励んできた。しかし、能力者たちが台頭してくると守護者として求められる力の意味が変化した。能力者たちの前では、鍛錬された肉体は意味をなさず、対抗する唯一の手段は能力者以上に優れた能力を持つことだった。
響楓の第一の失敗は、女に生まれてきたことだった。代々響家の当主は男子と決められていた。楓の父親は、生まれてきた子が女と知った時から娘に興味を抱かなくなった。幼い楓は、父親から愛情を受けることができず戸惑うだけだった。
第二の失敗は、能力に恵まれなかったことだった。響家では、女性でも能力がないことは致命的で許されない汚点だった。兄弟のいない楓に残された選択肢は、能力者の婿をとり優秀な子孫を残すことのみ、自由な恋愛は許されはずもなく、魔法学園に強制的に入学させられ、親の決めた許嫁と結ばれる。それが楓の生きる道になった。
第三の失敗は、反発するようにのめりこんだはずの武道が、逆に能力者を倒すことは所詮不可能だと認識させる手段になってしまったことだった。いくら鍛錬を積んでも特殊能力の前ではなすすべがない現状を目の当たりにするにつれ、どうしても越えられない壁を感じずにはいられなかった。魔法の才にも見放された楓は、初歩的な魔法をマスターすることしかできず、すべからず己の限界を知り行き詰った。
結局、楓が魔法学園に入学して三年間で得たものとは、生徒会の風紀委員として「学生の秩序を守っている」という自己満足だけだった。
「能力がほしかった。ただ純粋にそれだけを求めていた」
イルミナルの魔力が失われると、モノクロな世界に覆われる。だが楓は、心を包み込んでくれたベールから、暖かいものが血管を駆け巡るのを感じずにはいられなかった。閉じ込めていたはずの思いがあふれ、これまでの人生でただ一つ求め続けていたものを得た喜びをかみしめると、高揚していく体をついに抑えきれなくなった。
「目覚めろ! わたしの能力」
楓が一気に高まった気持を言葉にすると、体内から無数の金色のプラズマが生き物のように這いだしてきた。四方八方に拡散しながらプラズマが結界に激しく、激しく、休むことも止まることもなく、何度も、何度もぶつかってゆく。無尽蔵にも思えるプラズマたちが台地までも揺らしだし、振動がピークに達した瞬間、楓の中で何かが弾けた。
「砕け散れ、暗黒の結界」
楓の声に反応するかのように、外界との接触を遮断していた結界が弾け飛ぶ。呼び戻された光が砕けた破片に乱反射すると、真っ黒いダイヤモンドダストが無数に散らばりながら落ちていく。ロードの表面にゆっくりと舞い散る粒たちが積もっては、積もっては消えていく。
長い沈黙の後。電子音が響きわたった。
『認証中……、……午後2時37分…響楓をダブル……「シェイカー」と認定。以後ダブル初級の特権発動を許可。詳細……DBS回路参照』
能力自動認証許可プログラムの発動が終了すると、楓の制服の袖に二本の白い線が浮かびあがりダブルの証が刻まれた。白い二本の線を見つめたまま、楓は動こうとはしなかった。
一部始終を見届けていた京也は、無意識に吸い込む空気の新鮮さで我に返り天を仰ぎ見た。晴れ渡った視界の先にいつも見慣れている空が輝き、雲が穏やかに流れていた。
「京ちゃん?」
声の聞こえる方に目を向けるとミミがいた。心配そうな表情と安堵とが入り混じったミミの横に、楠木圭介が親指を突きだし京也に合図を送っている。
「だいじょうぶか?」
圭介がミミの手を取り京也のそばに来た。
「心配したよ」
何年ぶりにふたりの声を聞いたのだろう? そんな懐かしさを京也は感じた。
「京ちゃん」
ミミが京也の手を両手でしっかりと握りしめてきた。
「圭介くんに頼んでここまで連れてきてもらった。だけど京ちゃんの姿はどこにもなくて、存在を近くに感じるのに……。たとえ目にうつらなくても、京ちゃんのことはわかるはずなのに……心配で……」
「お前が絶対ここにいるとミミがここを離れようとしなくて」
「ごめんよ、ミミ」
京也が手を重ねると、ミミの頬に一粒の涙が流れた。涙をぬぐう京也に、圭介が待ちきれず質問を投げかけきた。
「京也、いったいどこから現れた。それにあの風紀委員は誰だ!」
「圭介、話は後だ。楓さんお願いがあります」
京也の声に、やっと楓が反応して視線を合わせた。
「赤の柱まで護衛してくれませんか? また奴らが現れたら厄介なので」
楓は少し考え、片えくぼを見せながら言葉を返してきた。
「もちろん喜んで」