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誰よりも早く階段を上り僕は君に逢う  作者: T-99
三本の柱:赤~恋愛編
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002

 魔法学園には、三本の柱がある。「運命」・「恋愛」・「未来」。柱の色もそれぞれで異なる。「緑」・「赤」・「青」。生徒は、生徒会の承諾を得ることでこれらの柱の審判を受けることができる。京也が審判を受けるのは、学生同士の恋愛禁止を解除することができる柱占い。簡単に言えば、相性=ラブ度を測定してくれる。もちろんそれぐらい京也も知っていた。学園のパンフレットに記載があったし、町に住む者なら誰もが一度は目にしたことがある古代遺跡の存在に気付かない者などいない。


 

『京ちゃん、聞こえている?』

「ああ、いまスイッチングを切り替える」

 京也は目を閉じ神経に埋め込められているチップに意識を集中し、脳裏にミミの顔をイメージした。あどけなさが残る丸い顔立ちでボブが似合う幼馴染。トリプルにも関わらず誰にでも同等に接する彼女の笑顔があふれだす。

『よかった。やっと繋がったね。心配したよ』

『いろいろあったから』

『知っている。学園中で噂になっているもん。次の恋愛解除が準ミスさんだって、姫野さんだけに、ファンの男の子なんてヒメノモノ(悲鳴もの)なんてね』

『……』

『ねえ、聞いている?』

 聞いてはいたが、京也は返事をする気にはなれなかった。

 姫野舞のことは知っていた。学園通信「新入生歓迎特集号 準ミスが語る魔法学園の魅力」をホログラムで再生したことがあったからだ。しかし、所詮ホログラム上の人。どこか現実には存在しない=手の届かない人との認識が京也にはあった。それが突然、京也と恋愛の審判を受けたいと言う。朝からの一連の流れを京也は時系列で思い返してみた。学園生活にピリオドがうたれ、電流にうたれ、恋の矢にうたれ、どれが実現し、どれが実現しなかったのだろうか……。

『本当に聞いている?』

『聞いているよ』

 心で話している返答が、リアリティをさらにあやふやなものにした。


 

『大変! 力が二つ近づいてきている。一つは攻撃的。もう一つはトリプルかな?……能力を強く感じる。京ちゃんに向けられているみたい……殺意……やばいよ、早くそこから逃げて』

 京也は、生徒会専用の「パラシオ」と呼ばれる建物の出口付近から立体に交差しているロードの中央に二つの影が現れるのを見逃さなかった。

『遅かった……×××……みたいだミミ」

 転送の術式が終わると不鮮明だった陽炎が消え、男子学生がふたり並ぶように立っていた。武術課の生徒が愛用する、襟首から足のつま先まで全身をガードするボディスーツを着用している。スーツの下からでも躍動する筋肉が、暴走したくてうずうずしているのがわかる。

「滝本京也だな」

 どちらがしゃべったのか京也はわからなかった。距離が遠いからではない。唇に動きがなく、ふたりが同じ言葉を発しているような奇妙な感覚を京也は感じていた。

「悪いが審判……」

 次の言葉は聞き取れなかった。みぞうちに深くめり込んだ拳が、京也の聴覚を奪っていた。続けて両頬に均等に痛みが走る。あごを触られた? 思った瞬間、重力を奪われ、ロードに水平に叩きつけられる京也。背中にも激痛が広がっていく。どちらの仕掛けた攻撃なのか? 知りたかったが、起き上がろうにも体に力が入らない。

 瞬殺。あまりにも素早い攻撃。本当に二人に殴られたのだろうか? 奴らは2人ではなく1人? ミミの二人という言葉を鵜呑みにするな! 分身魔法? 京也は倒れたまま頭に浮かんでくる情報を整理し始めた。整理した情報を分析し、導きだした結論に思わず京也は笑ってしまった。答えは単純。京也があまりにも弱いので一方の攻撃のみでダウンして動けない。それだけのことだった。

「笑えるようなら大丈夫だな」

 声に聞き覚えがあった。鞭の痛みもまだ体が覚えている。ダークスーツに赤い腕章の女が京也の脳裏に浮かぶ。

「生徒会が受諾した恋愛の審判は絶対事項のはず、それを阻むというのなら風紀委員、響楓ひびきかえでがお相手しょう」

 突風が京也の横を通り過ぎた。京也がかわすことができなかった拳がむなしく空を切ると、楓の足払いがロードに素早く円を描く。二回、三回と回転を重ねるごとにスピードが増していく。ふたりがたまらず後方に退いた時、突然現れた鞭が、素早く片方の男子生徒の右足に絡みついた。そのまま男子生徒の体が宙に弾むと、耳をつんざく轟音とともに地面に砂煙が舞う。

 京也は自身の体が数センチ浮かんだのではないかと驚いた。首をどうにか左に傾けると、顔の筋肉を鍛えることにおそらく興味のなかった生徒が、白目をむき倒れている。

「やれやれ、どうしたものでしょう?」

 もう一方の男子生徒が、困惑とは程遠い表情で独り言のようにつぶやいた。

「次はあなたの番です」

 楓は鞭に力を込めた。

「無理でしょう。あなたはここから永遠にでることはできないのですから」

 男子生徒は、両手を地面に押しつけた。

「固有結界ナイトメア」

 両手からどす黒い液体が地面に流れだす。広がっていく液体が波紋のように楓の両足を抜け、仰向けに倒れている京也まで到達すると今度は垂直方向に渦を巻きながら上昇した。周りを見渡せば既に黒い三角すいが、楓を取り囲むように描かれている。外部からの光を完全に遮断した暗闇で、反響した声がどこからともなく聞こえてきた。

「ここからでることはできません。さようなら風紀委員さん。滝本京也とともに闇の中で生き続けなさい……」

「イルミナル」

 楓が呪文を唱えると、光の球が楓の掌から浮かびあがった。息を吹きかけると光の輪が膨張していく。半径五メータほど膨らむと、京也が倒れている場所まで光が届いた。二人の男子生徒の姿はどこにもなく消えていた。

「大丈夫か?」

「なんとか」

 光の球体の内部でようやく起き上がった京也は、手で目を隠しながら光の中心に体を向けた。

「滝本京也、どうやら私たちは奴の結界に封じ込められたようだ」

 京也は、ミミを呼んでみたが応答はない。

「風紀委員さん、ここからでる方法はあるのでしょうか?」

 京也の問いに楓は首を横に振る。

「私もお前と同じ能力者ではない。武芸の心得と多少のエレメントリー魔法くらいはできるが、この結界を破ることはできないだろう」

「そうですか……」

 闇に照らされた光に目が慣れ始めると、外界と遮断された空間に脱出口がないことにいまさらながら京也は気が付いた。助けになる魔道具はないかとポケットに手を突っ込んで探ってみたものの、兄にもらったシルバーのペンダントがいつものようにあるだけで、特別な魔道具は持ち合わせてはいなかった。

「風紀委員さん」

「楓でいい」

「風紀……楓さん、魔道具は持っていませんか?」

「クリスタルなら2個ほど持ってはいるが、どちらも回復系だな」

「そうですか」

 会話がなくなると、急に光が弱々しく感じられ二人の間で不安がよぎる。せめてミミと繋がることができれば助けを呼ぶことも可能なのだが、いくら呼んでも返事はかえって来そうにない。沈黙がどうにもできない原因が互いにあるような錯覚を生み出し、わずかなに照らす希望の光さえ浸食していく。心の中にまで闇が広がり始めた。

「がっかりだよ、滝本京也。準ミスの恋愛解除の相手がどんな奴かと思えば、私の鞭もかわせない無能な男。副会長の命令で監視につけば、あんな拳もかわせない貧者な男。翔先輩の弟だからどれほどの能力者かと期待していたのに……」

 沈黙に耐えきれず発した楓の声に、京也は返す言葉をみつけられずにいた。全て事実。幼いころから偉大な兄と比較されてきた。兄のことは好きだった。京也にとって英雄であり、だれよりも優しかった。魔法学園も兄のおまけで入学できたと京也は今も思っている。京也はペンダントを握りしめた。

 ペンダントを力強く握れば握るほど、別の感情が京也から湧き出てくる。兄さえいなければ、悩まなくてもよかったのではないか? 感情がマイナスな種を植え付ける。能力の代償に、ミミのように生まれながら目が見えないハンデを持つ人もいる。能力が悪い。能力がある者がない者を淘汰していく。能力を持たない者に輝かしい未来を与えないこんな世界なんて……絶望と悲観が心を蝕んだ。ついに「このまま死ぬのも悪くない」と考え始めたら逆に不思議な安堵が京也に芽生えた。肩の荷が下りた気がして握った拳の力を抜くと、ポケットからペンダントが勢いよく飛び出した。ペンダントはしばらく空中をさまよい、その後京也の頭上で止まったかと思うと、今度は埋め込められていた無色の石が黄金に輝き薄いベールへと形を変えた。ベールを通して懐かしい兄の声が、なぜか聞こえてきた気がした。

「ごめん兄さん……。そうだね、間違っていた。能力が悪いわけじゃないよね」

 京也は深く息を吸い込みゆっくりと吐いた。吐き出した息が心の闇を消し去ると、いつもの滝本京也がいた。楓に歩みより、京也は頭上のブーケを外して手に持った。

「楓さん、少ししゃがんでもらえますか?」

 驚く楓に京也は微笑んだ。

「ここから出るために必要なことです」

 いぶかしげに楓が腰を落すと、京也は楓の黒髪にそっと黄金色のブーケをかけた。ブーケは、点滅して彩度を増しながら風もないのに一瞬膨らむと、包み込むようにそのまま楓に溶け込み、やがて消失した。

「なにをした?」

 京也は納得したようにうなずき話し始めた。

「なにもしていません、ブーケが楓さんを選んだ。それだけです」

「どういう意味だ」

「能力獲得に三つの方法があることは知っていますよね?」

「当たり前だ。①生まれながらに持つ者。②魔法アイテムで目覚める者。③リースを通じて会得する者。……まさか!!」

 楓は言葉をつぐんだ。

「ブーケは魔法アイテムです。ふさわし時機と持ち主が現れた時、ペンダントの中に埋め込まれていた石が自ら形を変え能力を与えてくれる。兄が幼い僕に与えてくれた宝物。残念ながら選ばれたのは僕ではなかったけれど……」

「私が選ばれた? まて、能力には習得が困難になる限界年齢があるだろう。それは14歳のはず、私は16歳だぞ」

 京也は石のなくなったペンダントを地面から拾いあげると、楓に強い口調で告げた。

「関係ありません。石に選ばれた、あなたはもう能力者です!」



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