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誰よりも早く階段を上り僕は君に逢う  作者: T-99
三本の柱:青~未来編
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027

 どれくらい時間が経過したのか。気づけば京也は眠ってしまっていた。髪から伝わる柔らかい感触、うっすらとした視界の先に真っ赤な瞳が見えた。慌てて起き上がると甘い香りがする。マリア? ドキドキする感覚が胸を支配していた。

「どうしてここに」

「寝顔をみていた」

 マリアとはあの日以来、話をしていなかった。チップを通して聞く声が新鮮に感じる。

「学園を案内してもらう約束」

 京也は立ち去ろうと周囲を見た。日はまだ顔をださない。生徒が登校するまで幾分時間があったが、仮面の男がいつ現れてもおかしくなかった。

「明日、案内するから」

「無理だと思う」

「えっ」

 予期せぬ返答に京也は思わず聞き返していた。

「死ぬから」

 豹変する声。

「マリア」

 うつむき近寄るマリア。

「邪魔なんだよ、お前が」

 いきなり首元を掴まれた。赤い毛で覆われた2メータをゆうに超える獣が京也を吊るし上げていた。ギラギラしたふたつの赤い点がにじむ。剥き出しの牙が擦れ、唸り声がした。足をバタつかせ抵抗したが、食い込む爪の痛さも感じられないぐらい呼吸が困難になる。理解不能のまま思考がフリーズした。

「大ピーンチ!」

 黒いシルクハットにタキシード。手袋も靴も全て黒。ステッキをくるくる回し、左右に小刻みに体を揺らしリズムを刻む男が一人いた。

「あんた誰」

 睨みつける視線の先の男が、帽子を取り一礼する。

「どーも、クローバーです。ペリウスのお姫様」

 挨拶を済ますと早速要件を切り出した。

「突然ですがあなたを殺します」

 ニコニコと笑いながら、悪びれる様子もなくステッキを指の上にのせ、バランスをうまく保ちながら頭に乗せ換える。ステッキは不思議と揺れも傾きもしなかった。

「ごほ」

 獣が別の獲物にターゲットを変更する。窒息寸前で解放された京也がへたりこんだ。

「先に殺してやる」

 雄叫びをあげ跳躍した獣より速く、男が一指し指を額に押し当てた。

「これで全力? 鳥獣変身なんてたいしたことないな」

 空中に浮かび、顎を突き出し挑発するポーズをとると、止めた指を軽く押し返した。せき止められていた水のごとく、勢いよく吐き出された獣がフェンスに激突した。しなったフェンスが壊れまとわりつく。暴れるほどに複雑に絡むフェンスの網目が獣の身動きを封じた。獣はありえない出来事に冷静な判断を失っていた。

「赤いかな血、刺してみないとわからないよね」

 意味もなくお辞儀をすると頭上のステッキがいきなり短剣に変わる。穂先がドリル型でしなやかなフォルム。くるくる回すと2本に、さらに回すと4本に数が増えた。そのうち一本が京也に投げつけられる。アスファルトにめり込む短剣が目に焼きついた。

「チッチッチ、動いたら殺す」

 威嚇。男は大きく振りかぶり短剣を飛ばす。フェンスの細かな網目を縫うようにして獣の肩に命中した。さらに的をはずすことなく背中にもう一本。

「ぎゃあああああ」

 2本の短剣が身動きの取れない獣をいたぶった。ドリルの刃先が螺旋に肉を押しのけ進んでいく。のたうち、痛みに耐えられなくなったマリアの変身が解けた。肉にねじりこまれ穴を塞いでいた短剣が弾かれ血が吹き出す。



「ドクン」

 記憶が蘇る。



「約束覚えている」

 また誰かが死ぬ。



「呪いを解く方法……思いつかなかった」

 運命は変えられない。



「やっぱり見えないや」

 お前にその力はない。



「やめろ!」



 短剣を抜くと京也は男に投げ返す。当たる直前に「く」の字に方向を変えた短剣が屋上を抜けグラウンドへ流れていった。絡みついたフェンスを無理やりこじ開け、強引にマリアを引っ張りだす。息はある。クリスタルボールを押し当てた。戦うため備えていた応急措置の魔道具。半透明の膜が血を吸収すると傷口が塞がりコーティングを施す。

「邪魔をするな」

 残った最後の短剣が空気を切り裂いた。

 危機を感知した緑のブレスレットが輝く。立方体のシールドが展開され京也を閉じ込めた。短剣が透明なシールドの表面に刺さると、徐々に内部に取り込まれ地面にポトリと落ちる。京也はマリアをシールド内に引き込んだ。

「触ったら殺すから」

「はいはい」

 投げるものが無くなった男が輪をとり出しジャグリングをはじめた。逆「U」字型の軌道の頂点で交差する輪が次々に放たれていく。シールドを貫通できない輪は、取り込まれると灰色の神経ガスを噴射した。内部に充満していくガスが気管に届き呼吸が苦しくなるにつれふたりがせき込み始めた。めまいにも襲われ集中力が阻害されシールドが消える。行き場を失ったガスたちが拡散して、視界が開けると再びふたりに襲いかかる輪が見えた。かばう京也をなぜかマリアが跳ねのける。殺そうとした男に助けられる屈辱は、王家の血を引く者としてプライドが許さなかった。

 ふらつく標的に容赦なく降り注ぐ攻撃。追い立てられバランスを失うマリアがフェンスに助けを求めたが、破壊されたフェンスに重みに耐えるだけの強度は残されていなかった。視界から消えようとするマリアに京也がしがみ付いた。屋上の端、生死を分けるわずか数センチの境界に辛うじて留まる。眼下には、薄暗い闇がふたりを手招きしていた。

「とどめです」

 男がシルクハットに手を突っ込む。

「離せ、ばかやろう」

「暴れるな」

「助けられるぐらいなら死を選ぶ」

 振りはらい飛び降りるマリア。

 赤い髪が揺れながら落ちていく。

「ふざけるな」

 屋上からダイブする京也。

 ホバーシューズが一気に加速した。

 マリアを捕まえ逆噴射をかけるが落下速度は止まらない。「無理か」と諦めかけた瞬間、ブレスレットが球体状のシールドを張った。地面にぶつかる衝撃を感じさせず二度三度内部でふたりは弾み、そのまま転がるようにグランドに押しだされた。気を失ったマリアを寝かせると、代わりに運命が目覚める。

「ブーフー」

「ブーフー」

「ブーフー」

 同時に聞こえた。

 呼吸音が輪唱のように繰り返される。

 3体の仮面の男が球体を取り囲むように出現した。




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