018
ミミが泣いている。
どうして泣いている?
振り向かせようと触れた両手に真っ赤な鮮血。
「た・す・け・て」
「ミミーーー」
差し出した手を握り返されて我に返る京也。
「大丈夫?」
覗き込む姫野が起き上がったばかりの京也を支えた。
「痛っ!」
包帯が巻かれた右手を姫野が放した。白いシーツに無数のパイプベッド。京也はここが介護室であることがすぐにわかった。
「傷口は回復魔法で治療ずみだけど、再生魔法でも爪の復元は無理だったみたい」
右手以外に痛みはなく、感覚はもとにもどっていた。仕切られていたカーテンが開けられると、圭介とこずえが立っていた。
「具合はどうだ、あの後すぐに倒れてここに運ばれてきたのを覚えているか」
「よく覚えていない」
「そうか」
「とにかくよかった、無事で」
「ああ」
「滝本くん、左手をだしてくれる」
こずえはそう言うと、京也の左手首にプロミスリングをつけた。ミミが京也のために心を込めて作った贈物。プロミスリングは学園のシンボルである3本の柱にちなんだのか、赤・緑・青の3色の刺繍糸で網目のように結ばれていた。京也がミミの思いを見つめていると赤いリングに気が付いた。
「この赤いリングは……」
「何のこと滝本くん?」
「小指の赤いリング」
左の小指をこずえに向けたが、こずえは不思議そうに首をかしげるばかり。
「お前本当に大丈夫か」
「圭介、お前にも見えないのかこのリング?」
「は?」
赤いリングの存在を認めないふたりの態度に、頭を打ったせいで幻覚をみているかと京也は不安になった。
『京也』
『姫野さん?』
『そう、わたし。赤いリングはわたしにも見えている』
姫野がふたりに悟られないように左手の甲を見せる。小指に赤いリングが同じく光っていた。
『どういうことですか?』
『アイテム「赤のリング」だと思う。恋愛解除が認められたふたりに与えられる次元を超える思念通話。他の者には決して見ることができない。噂には聞いていたけど、まさか存在するとは思わなかった』
『赤の柱の力ですか?』
『たぶん』
「どうした京也、黙り込んで」
「いや、なんでもない、それより圭介ごめんな。あんな態度をお前にとつて」
「気にしていない。お互いさまだろ」
圭介はいつもそうだ。他人を気づかいどこまでも優しい。
「誤解が解けたみたいだから、朝伝えられなかったことを言っておくわ」
こずえはタブレットを取り出した。画面には「パタ」と呼ばれる武器が浮かび上がっていた。
「仮面の男が持っていた剣」
「そう、パタは剣と小手が一体化した古代ペリウス王国の武器。主に召喚された悪霊や亡霊たちが持つ特殊な剣で、召喚者の魔力が強力なほど呼び出された者の力もより強くなる」
「倒す方法はないのか」
「呪いのこと調べているけど、実態のない悪霊や亡霊を殺すのはかなり難しいと思う。一番確実な方法は呼び出した召喚者を殺すこと」
「だったら俺はペリウスの留学生を調べてみる。なんかうさんくさそうだからな」
「圭介、手伝うよ」
「心配するな。お前は姫野さんに看病してもらって傷を早く治せ」
「わたしも呪いのこと何かわかったら報告する」
圭介とこずえが介護室を出ていくと今までだまっていた姫野が口を開いた。
「どうして言わなかったの。協力すれば助かる方法、見つけることができるかもしれないのに」
「圭介やこずえ先輩を危ない目に合わせることはできないから」
「……」
「姫野さんも、これ以上僕に関わるのは止めて下さい」
「どうして」
「気持ちはうれしけど危険だから」
「わたしの気持ちは伝えたはず」
京也が首を振る。
「もう誰も僕のために死んでほしくない……だから運命の審判を受けます」
運命の鎖を断ち切るため京也は決断した。