016
赤の柱の内部は、姫野がペンタグラムで何度も目にしてきたものだった。本来なら中央に儀式用の祭壇が設けられ、祭壇の両端の小さな窪みから漏れてくるプリズム光線を互いに遮断すればいい。仕組みはわからないが、柱の意志がふたりの恋愛指数をはじきだす。一喜一憂する間もないわずかな時間で結果は判明する。
ところが京也との恋愛の審判を受けようとすると祭壇はなく、柱が審判を拒む。
「やっぱりない」
ペンタグラムの絶対不動の真実が突きつけられた。
「時間がないから言っておくけど、3分後に柱が動きわたしたちを押つぶす」
押しつぶされた瞬間の記憶が蘇る。
現実にはまだ起こっていないが確定した未来。
姫野は柱の真ん中に座り込んだ。
京也は話を聞きながら赤いレンガに触りはじめる。
「無駄よ。未来は変えられない」
「わかりませんよ」
あきらめない気持ちが京也を突き動かしていた。
様子を見ていた姫野がひとつの疑問をぶつける。
「どうして審判を受けにきたの」
「未来を変えるため、姫野さんはミミの死を予知し運命は変えることはできないと言いました。でも、僕は違うと思う。死ぬことが運命なんてどうしても認めることができない」
「好きだったの」
「わかりません。ただミミを守りたかった」
姫野は京也の言葉を黙って聞いていた。
数分後に死ぬと言うのにわずかな希望が生まれた。
見るべき仕掛けもなく、京也がレンガに触れる指を止める。
「落ち着いているね、それともあきらめた?」
呼びかけに答えるため京也が姫野の隣にしゃがみ込んだ。
「あきらめていません。僕は3日後に死にます。だから今日は死にません」
「ぷっ」
思わず姫野が噴き出した。ペンタグラムの未来は確定されたもの。京也が3日後に死ぬのは恋愛の審判を受けずに無事3日後を迎えた場合の未来。柱に飛び込んだ時点で仮面の男に殺される未来が消え、柱で死ぬ未来を選択したに過ぎない。分岐点の選択をどう選ぼうが「死」という運命は避けられない。
結果はBAD END。
「バカにしましたね」
「いいえ」
姫野はとうとうこらえきれず笑い出した。
真顔で答える京也がどこまで本気で、どこからが冗談なのか分からない。
「笑ってくれてよかった」
「えっ」
「柱に入ってからずっと難しい顔していたから」
「そんなことないと思うけど」
柔らかい物腰。
ミス学園という肩書で、近づきがたい人と勝手に決めつけていたことがくだらない。
「魔法は使えないですか?」
「ダメ」
「能力は?」
姫野は驚いた。
経験してきたことはペンタグラムの中の出来事。
能力を使った上でさらに能力を使うことは出来ない。
予知が現実になった今なら能力を使うことができる。
ペンタグラムに問う。
「未来を描いて」
五芒星が浮かび能力が発動した。
「……ダメ」
「無理ですか」
「発動することは発動するけど、真っ黒な世界。星の並びを変えても何も見えてこない」
「どういうことですか」
「死ぬから未来が見えてこない」
「……」
「能力を使えても、結末は同じ」
会話が無くなれば音のない空間。
虚無の世界が赤の柱を包みこむ。
「ガ、ガガ、ガガガーーーー」
世界を壊す轟音が3分きっかりに始動を始めた。
死へのカウントダウン。
「始まった……」
わかっていたが、少しだけ、ほんの少しだけ希望を残していた。
もしかしたらという希望。
今度は京也が疑問をぶつける。
「審判の申し出を断らなかったのはなぜですか? 未来を変えられない。死ぬとわかっていながらどうして」
「それは……」
言葉に詰まり、姫野が京也を見つめる。
瞳に映し出される互いの顔が見えた。
恐れのない姿。
「わたし、京也」
「ガガガガガーーーーーーー」
勢いをました壁がさらに迫ると、声を消し柱のてっぺんからもれてくる光が徐々に狭まってくる。空間を広げるため抱き合ったふたりに当たる光も残りわずか。
どうしても伝えなければならない気持があった。
心臓の鼓動が早鐘を打つ。
例えこのまま死ぬとしても、京也に対するこの気持ちはだけは……。
「ガガガガガガガーーガガガガガガガガガーーー」
未来は変えられなくても、京也が姫野を好きでなくても、死んでしまっても後悔はない。
「あなたが好き」
地面を揺らす振動よりも大きく強く、ありったけの思いを姫野は言葉に乗せた。
「ガガガガガガガーーガガガガガガガガガーーー」
「兄さんが昔、3本の柱は異世界に繋がる架け橋だったと……」
耳もとで京也が呟いた。
「柱は別の世界を結ぶ物で、おそらく架け橋とは兄さんの比喩。扉でも、ワープホールでも、転送地点でも……なんでもよかった」
「どういうこと?」
京也は確信した。
「予知した未来と実際に起きている出来事。ひとつだけ違うところがある」
「違うところ?」
「僕の能力」
「能力??」
「ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ」
「能力を発動させて下さい」
叫び声とぶつかるように壁がふたりに触れた。
「発動」「未来を描いて」
声が重なる。
押しつぶされていくふたり……。
京也は姫野の声を確かに聞いた。
ペンタグラムの星たちが新たな形を描きだす。
姫野は黒い世界に文字を見た。
NOT END