015
「姫野舞、クリス・クロッカスの両名は前に」
信吾が声を張ると神妙な面持ちで赤の柱の前にふたりが進み出た。結果を一目見ようと学生の波が柱まで押し寄せ、警備にあたる風紀委員の楓は最前列で波を必死に食い止めていた。
「どいてください」
強引な男子生徒が一人波に飛び込んできた。
「押すなよ」
「足を踏んでいるぞ」
周りの迷惑を顧みず進んでくる。
声が上がるたびに楓の負担が増していく。「どこのバカだ、一言注意してやる」楓は目の前まで来た生徒を捕まえようとしたが、姿を見て思わずその手を放した。乱入者の登場に審判の説明をしていた信吾が怪訝そうに眉を細めた。
「神聖な審判を乱すとは、君は誰だね」
「技術科1年、滝本京也。審判に異議を唱えます」
「異議?」
「はい。僕も姫野さんと赤の審判を受けるため申請をします」
あきれたように信吾をため息をついた。
「滝本くん、学生憲章 第87条は知っているかね」
「いいえ、知りません」
「みたところ、トリプルでもない君が赤の審判を受けることはできない。ましてや姫野くんとクリスくんの審判は、生徒会承認の正式な手続きを踏んでいる。姫野くんの気持ちを考えない独りよがりの申請は却下だ」
反論を許さない物腰で信吾は告げ、審判の説明を続けるべく京也を無視し手続きに入ろうとする。
「待ってください副会長。わたしが申請します」
予想しない展開に信吾の思考が追いつかない。
「トリプルのわたしが、滝本くんと赤の審判を申請します」
「待て、姫野くん、確かに君はトリプルだが……」
「僕はかまいませんよ。僕もトリプルではない。留学生という特権で審判を受けるチャンスをいただいただけ。姫野くんと審判を受けられないのは残念ですが、相思相愛のふたりを邪魔するほど野暮ではありません」
クリスは京也を一瞥すると、納得したように頷き審判の権利を放棄した。
「わ、わかりました。手続上不備はありますが、それはこちらで対応します。では、姫野くん、滝本くん前に」
信吾はとにかく審判の進行を進めるべく説明を再開させた。
最前列の生徒が魔法学園始まって以来の審判相手の交代劇を騒ぎだすと、それが伝染して後方の生徒に伝わっていく。
恋愛の審判といっても、学園側に恋愛を認めさえるため生徒の一人が考え出した一種のパフォーマンス。もちろん柱の力でふたりのラブ度は図れるし、その結果恋愛解除が認められる。しかし、審判を受けるのは学園側に隠れて既に付き合っているカップルたちが公認の証をもらうため柱の力を利用するもの、相手の気持ちも考えず特攻するバカはいない。好きな気持ちをもつことはいいことだが、相手の事前のOKもなく公の場で恥をかく生徒は魔法学園にはいなかった。
信吾の説明が終わると、姫野は京也の手を取り赤の柱に転送を開始した。ペンタグラムで見た、結果の決まっている柱の中に飛び込んでいった。