010
家まで続く道を歩きながらふと立ち止まる。誰かに呼ばれた気がした。京也は30階建のスプラウトビルを見上げ、昨夜のことを思い出した。
能力を確かめるべく階段を何度も上り下りした建物。商業用テナントも多くあるせいか、構造上各フロアーを広くとっている。出入り口は東西南北すべてに設けられ、北口は商業用の搬入通路で業者の出入り以外、人の出入りはほとんどなかった。
誘われるようにビルに入り、エメラルドグリーンの非常扉を開け屋上に上がると、魔法学園の三本の柱が目に飛び込んでくる。昨夜と同じ景色。ただひとつ違うところは、黒い仮面をつけ長いローブを羽織った男が屋上の中央にいたこと。風がぬけると扉付近まで異臭がした。男が呼吸するたびに空気が紫色に濁っていく。ローブの上でクロスさせた腕には、刃渡り1mほどの剣。剣に柄はなく腕と一体化していた。
「ブーフー」
黒い仮面から不気味な呼吸音が漏れる。京也は気づかれないよう後退した。非常口まで数歩。間合いを測りながら慎重に男から遠ざかる。扉に手を触れようとした瞬間、右腕に血線が引かれた。男の両腕から伸びた剣が扉を貫通していた。剣が縮まる反動でエメラルドグリーンの扉が開かれた。
「ブーフー」
呼吸音。
階段は見えている。
決断するしかない。
京也は飛び込んだ。
能力を発動させ1階へ飛び込み前転を決めると、北口通路をぬけ通りに出た。
「ミミ、聞こえるか?」
通りに人の姿はなく京也の声だけがこだまする。
『京ちゃん? どうしたの』
『黒い仮面の男に……』
「ブーフー」
呼吸音。
地面から黒い仮面の男が浮上した。
京也の喉もとに向けられた剣から逃れる術はない。
万事休す。
ペンダントを京也は握りしめた。
「捕まれ、京也」
諦めかけた京也の腕を圭介が掴んだ。
京也のいたはずの場所から素早く剣先が胸の位置に戻ると、仮面の男は再び地面へと体を沈めていった。