009
京也が予想していた通り、F組の教室では、男子生徒全員がマリアを取り囲むように集まってきた。技術科で女子生徒がいるのは、A組だけでF組に関してはゼロ。紅一点、赤い髪の女子生徒がむさ苦しい男子生徒のなかで際立っていた。恋愛禁止とはいえ、男子と女子が話をすることまで学園側が禁止しているわけではない。ここぞとばかりに男子生徒たちがマリアに話しかけた。
「名前は?」
「どうして京也と一緒なの」
「赤い髪きれいだね」
「趣味は?」
「かわいい」
「スリーサイズは?」
最後の会話はお約束。男子たちの熱気とパワーで京也は、はじき出され教室の端に追いやられていた。
「○ × × △」
マリアの叫びに、一瞬教室に静寂がもどる。
花を閉じ込めていた囲いが開くと、マリアは京也の姿を見つけ隠れるように背中にしがみついた。
「京也、どういうことだ。説明しろ!」
「とにかく落ちつけ」
京也に動く囲いが迫りくる。
「席につきなさい」
担任保坂の登場でピンチを切り抜けた京也だったが、男子生徒全員を敵にまわしたことは間違いなかった。保坂の説明で一応納得したようだけれど、教室の雰囲気はどこか殺伐としていた。
【後で学園を案内してくださいね】
隣の席に座ったマリアが首をかしげた。視線が痛い。京也は、放課後まで無事に過ごすことができるか不安になった。
授業は淡々と進んでいった。技術科は、他の科と違い魔道具の取り扱いがメインとなる。一年生の間でこそ、実技研修は少ないが学年が上がるに連れ内容も高度で実践的になっていく。魔道具は、魔法が扱いない人でも魔法と同じような力を使えることを目的に開発された道具。魔法と同じ力が使えるということはそれだけ危険もあることを意味していた。子供でも扱える手軽さがある反面、一歩間違えば死を招く。高度な魔道具は取扱い資格が必要だし、技術や経験も重視される。魔道具の基礎から仕組みまでを学び、将来に結びつける。技術科の生徒たちの目的意識は非常に高かった。
京也は、魔道具の取り扱いに関する技術だけは他の者を凌駕していた。幼いころから魔道具を分解・修理するのが大好きだった。大きくなるに従い魔道具を見ただけで、構造や骨子を把握し、最大のポテンシャルを引き出すことができるようになった。京也が学びたかったのは、魔道具の基礎理論や歴史ではなく、新たな研究開発をしていくことだった。魔道具を通じて、魔法や能力がなくても人々が困ることのない世界を心から望んでいた。
【心配ごと?】
魔道具使用の沿革をうつし出していた京也のタブレットに文字が浮かんだ。
【そうじゃない。授業が退屈なだけ】
【よかった】
【マリアはどうして技術科を希望したの?】
【兄から逃げ出したくて】
【お兄さんがいるの?】
【とても過保護で、わたしを束縛したがるから】
【それはきっと、マリアが可愛いからだよ】
返答がないので京也が横を向くと、マリアの頬が髪に負けないほど赤く染まっていた。
【違う。兄はわたしの能力を恐れているだけ】
【能力者だったの? 保坂が確か能力がないといっていたけど】
【秘密にしているの。とても危険な能力だから】
【僕の能力より危険?】
【滝本くんのよりは危険じゃない】
【京也でいいよ、みんなそう呼んでいるから】
隣の席で言葉を交わさず話すふたり。バカみたいに思えたが、会話はつきることが無かった。放課後までふたりのタブレットから文字が途絶えることはなかった。
京也が新しいチップのインプットを受けている間、マリアは、技術準備室にいた。
「滝本君との接触はうまくいったみたいね」
保坂は飲み物を口にしながらマリアに話かけた。
「簡単。男はどこの世界でも単純な生き物だから」
「能力はどうだった?」
兄クリス・クロッカスが、妹マリアに聞く。
「は・ず・れ。階段を3秒で上ることに特別な意味なんてないでしょう。本人はうれしそうに話していたけど、役に立たないバカみたいな能力」
「そうか……」
「生徒会も、兄さんも、彼のことを過大評価しすぎじゃない?」
「滝本君に翔君のような力はないと私も思う」
女性たちの会話に眉ひとつ動かさず考え込むクリス。
「直接彼に会って見よう」
「無――駄。そんなに心配なら近藤の力で結界内に閉じ込めておけばいいじゃない」
「奴は、一度失敗している」
「なら、先生に氷づけにしてもらうのはどう」
マリアは兄の行動をどうしても止めたかった。妹より興味を示す存在を許せなかった。
「俺が奴の能力をこの目で確かめる。それまで勝手な行動は控えるように」
マリアに言い含めると、クリスは転送魔法でどこかに姿を消した。
保坂は飲み物を飲みほすと、机に溜まっていた資料を片付けレポートのチェックを始めた。ふたりに必要以上の対話はなく、音の消えた技術準備室。
マリアのタブレットに不吉な文字が浮かび上がった。
【兄さんがどうしても気になるなら、わたしがこの能力で滝本京也を殺してあげる】