三章 親友と。 12 崩壊
私は親指で撃鉄を起こし、誤発砲防止のストッパーを外した。私のその動作を見て男は感心したように喋りだした。
「へえ、妙に手馴れているね、拳銃の扱いなんてこの国じゃ知ってる人の方が少ないと思うけど、どうしてそん―――。」
私は目の前の男の言葉を遮るように男の胴体めがけて発砲した。間髪入れず弾倉に残っているであろう4発の弾丸も撃ち込んだ。
一刻も早く時音をこの男の支配下から解放してあげたかったのだ。
耳を劈くような銃声とともに男の身体から鮮血が迸る。返り血を浴びる私の口角は自然と釣り上った。男は姿勢を維持することが出来ず、その場に崩れ落ちた。
「は、・・はは。君らしいな、琴葉。」
男は小刻みに震える声で言いながら、体を引きずるように少しずつ時音の方に体を向け、咳込み、血を吐いた。
この時、私は自分の殺した男の所作に違和感を覚えた。同時にとてつもない寒気を感じ、私は手に持った拳銃を床に落とした。
男は私が拳銃を落としたことから、私の動揺に気が付いたのだろう、私に目だけを向けて言った。
「・・・やっぱり君は勘がいいね、昔から何も変わらない。でも気が付くのが少し遅かった、僕の与えた殺人衝動のせいなのかもしれないけどね。」
その声は死を前にする男の声などとはかけ離れた冷静なものだった。そして違和感の正体に気付く。
・・・言葉と口の動きが違う。
何度も引き金を引くことによって殺人衝動を撃ち出し終えた私の脳は冷静になっていた。冷静になった脳は一つの結論に行きついていた。
きっと今私の顔は蒼褪めているに違いない。
目の前の男は時音の方に手を伸ばす。時音の姿をした何かが振り返り笑う。忘れられないよく知った笑顔、よく知った声で、それは言った。
「本当はもっといい再会をさせてあげたかったんだけど。思いついてしまったものは仕方がないね。よく見るといい、琴葉、これが君のやったことだよ。」
それが指を弾くと視界が歪んだ。歪んで消えて、塗り替えられた。時音の姿は狂気の笑みを浮かべる神崎鏡也の姿に。
・・・そう、目の前でもがき苦しむ男の姿は同じようにもがき苦しむ時音の姿に。
時音は何が起きたのかもわからないといった様子で、鏡也に助けを求めるように必死で口を動かしているが言葉らしい言葉にはならずただ荒く弱々しい呼気を漏らしていた。
私はその姿に言葉を失い、ただただ立ち尽くした。
男は呆然としている私の頭の中で言う。
「もう一度言おう。彼女にとって君はここに存在しないのと一緒だ。深山時音は何もわからないで死ぬ、望んでいた君との再会も叶わず、彼女を救いに来た君に殺される、そうなるように仕向けた男に助けを求めながらね。どうだい、君の好きそうなシナリオだろう、琴葉。」
男の喋る言葉とともに、積み上げてきた大切な何かが崩壊していく音が聞こえた。