昔話 12 スタッフが美味しくいただきました
俺は自らの目を疑う。
先刻の電話は確かに鏡也の声だった。
・・・だがどうだろう、目の前にいるのは平然とした姿の、雲類鷲玲香。
「二人とも、そんな所で突っ立ってないで中に入りたまえ。」
まるで何事もなかったように、俺達の応対をする玲香。
俺も綾子も、状況が呑み込めず、言われるがままに、玲香の言う所の『いつもの部屋』に案内された。その部屋にもおかしな所など無い。
無気味な違和感を覚えざるを得なかった。
いつも通りの正常な玲香の家。
その正常が、異常だった。
「和輝くん、どうかしたのか?」
俺達の後から部屋に入ってきた雲類鷲が笑う。
いや、雲類鷲じゃない。
「・・・玲香は何処だ。」
きっと綾子は気付けていないだろう。
この雲類鷲は偽物だ。
・・・床にあったはずの魔法陣が無いのだ。
玲香はわざわざ、そんなものを消したりしない。
「ふふふふ、おかしなことを聞くね、僕ならここに居るじゃないか和輝くん。」
目の前で雲類鷲の姿を模倣する何かが笑う。
怒りが頂点に達した。
「・・本物はどこかって聞いてんだ、鏡也!」
「どうしてわかったんだい、和輝。」
眼前の虚像が揺らぎ、聞き慣れた声、俺達を嘲るような笑い声が部屋に響き渡る。
周りを包んでいた幻影は消え、真の姿を見せた部屋は、本来あるはずの魔法陣に上塗りされた血の海。
いやでも耳に入る綾子の叫び声。
幻影は全て消え去り、全身血塗れの神崎鏡也が姿を現す。狂気の笑み、知っている鏡也と180度違う表情で。
「・・・玲香は何処だ。」
鏡也が狂ってる事。
そんな事、今はどうでもいい。
「おいおい、僕が質問してるだろ?先に答えろよ。」
鏡也はそう言って口角を釣り上げた。
その表情に背筋が凍る様な悪寒を覚えた。
「まあ、いいや、・・・そこにいるだろう、・・・いや、あるだろう。」
鏡也は引き攣った様な笑顔のまま、俺達の後ろの壁を指さした。
振り返った先にあったのは磔刑に処された人型の何か。
無情にも、手首、足首、肩、腹を大きな杭で壁に打付けられた人型。
特に無惨だったのが、頭部が無い事。
その姿に生前の面影は無く、紅い液体を垂れ流すだけの存在と化していた。
ただ、俺は知っていた、その人型が纏うボロボロの布切れを。
あれはおそらく、つい数時間前、自分が恋人に似合うと言った服なのだろう。
「・・・・玲香。」
覚悟は出来ていたはずだった。
だが、いざ目の前にすると、そんな覚悟、ちっぽけなものだったんだろう。
俺は鏡也に背を向けたまま、その場に崩れ落ちてしまった。
まともに声を出す事も出来なかった。
そんな俺に鏡也が追い打ちをかける。
「・・・彼女の頭、・・・美味しかったよ。」
鏡也の声は上擦っていた。
もうこの言葉を聞いた時には、俺も綾子も、蛇に睨まれた蛙、身動きの一つも取ることができなくなってしまっていた。
「・・・本当は君達の魔法を貰うつもりだったけど、君達の師匠の魔法も記憶も戴いたからね。別にもう君達のは要らない。・・・殺してもいいのだけれど、それじゃあ面白くない。僕の実験台にしてあげるよ。大丈夫、心配はいらない、君達は双子だ、きっとうまくいくはずだよ。」
鏡也は楽しそうにそう言いながら、俺と綾子の頭の上に手を置いた。
もう抵抗なんて出来なかった。
「・・・スワップ。」
鏡也のその言葉と同時に意識が飛んだ。