昔話 7 デート
・・・待ち合わせの場所はこの辺りのはずだ。
人が多すぎて、鏡也を見つける事が出来ない。
私が慌てながらキョロキョロしていると、人混みの中に、より一層、人が群がっている場所を見つけた。
・・・何か事件でもあったのだろうか。
私がその場所に近付こうとすると、後ろから、何者かに肩を掴まれた。
その手の優しい感触から、振り返るまでも無く誰の手かは理解できたが、肩を掴まれた理由はわからなかった。
振り返ると、そこにいたのは、やはり鏡也だったが、いつもの爽やかな表情とは打って変わって深刻な表情をしていた。
「行っちゃいけない。・・・あんなのは女の子が見るものじゃないよ。」
会って早々、挨拶も無く、鏡也はそんな事を言った。
私は鏡也の言っている言葉の意味が理解できなかった。
何がいけないというのか。
そこに何があるというのか。
私の表情からそんな疑問を察したのか、鏡也は渋々説明してくれた。
「・・・そこに死体がある。それも、とびっきりの、惨殺死体が、複数人。」
鏡也は顔を強張らせながらそう言った。
・・・鏡也に止めて貰えてよかった。
止められなかったら、きっと今頃現場で失神でもしているのだろう。
「せっかくのデートなのに、・・・・少し、気持ちを落ち着かせてもいいかな。」
鏡也は少し困ったような表情をして、そんな事を言った。
そうか、私を止めたってことは、鏡也は既に現場を見たということだ。
具合悪くなるのも当然のことだし、デートなんかよりも、鏡也の事が心配になってしまった。
「大丈夫?・・・無理な様ならデート中止でも、いいよ。」
本当は嫌だけど、体調が悪いんだったらそれは仕方が無い。
「ううん、せっかく楽しみにしてたんだから、それはダメ。・・・僕も綾子と一緒にいたい。」
鏡也は首を小さく横に振って、言った。
最後の部分を口に出す時、鏡也は私の顔を見ながら少しだけ、微笑んでいた。
鏡也のこういう優しさが堪らなく嬉しくて愛おしい。
愛さずにはいられないのだ。
「・・・そこに喫茶店あるから、少しそこで休んで行こうか。」
鏡也が優しい表情で言う。
私はそれに頷いて答えた。
「・・うん、そうしよう、デートプランBに変更!」
鏡也は、はははっ、と笑って、私の頭を撫でた。
どう考えてみたって、当時の私にはこの状況の最悪さに気付く事は出来なかっただろう。
誰が気付けるのだろうか。目の前にいる男の凶暴性に。
・・・すぐそこの現場にある死体を用意したのは、他ならぬ、この神崎鏡也である事に。
誰が気付けるのだろうか。置かれている状況の最悪さに。
・・・たった今、頭を撫でた手が、つい先刻、人の命を絶っていた手だ、ということに。