昔話 5 歓喜
合格発表。今までの人生で一番の緊張感。
「・・・綾子!あれ!」
和輝が指で示す先、人混みの中の板には、私が探し求める数字が記されていた。
「・・・え。」
言葉の意味はわかっていたが、飲み込めていなかった。
自分の上にのしかかっていた何か、重圧のようなものが徐々に私から離れていった。
それに伴って、実感する。
・・・私は合格したんだ。
「・・・わた、・・・ごうかっ、・・く。」
私、合格したんだ。
そんな簡単な言葉すらも出て来なかった。
それよりも涙が先に溢れて来てしまった。
「・・・良かったな、綾子、おめでとう。」
和輝は笑顔で私を祝福してくれた。
もちろん和輝自身も当然のように合格したのだろう。
私が合格なら、当然だろう。そんな事を考えていると、後ろから知っている声がした。
「・・その様子だと、合格だね。・・・おめでとう。」
振り返るとそこには、見慣れた爽やかな笑顔があった。
「・・・鏡也。」
思わず泣きながら抱きついてしまった。
鏡也はそんな私を、嫌がる素振りも無く、軽く笑いながら受け止めてくれた。
「おうおう、お熱いですね。」
和輝が皮肉っぽく言う。
私はその声でハッとして慌てて鏡也から離れた。
やってしまった、思わず抱きついてしまった。
恥ずかしい、合格発表の場で、何してるんだろう、私。
「ははは、可愛いな、綾子。・・・大丈夫だよ、どうせ周りなんて誰も見てないし。」
鏡也はそんな事を言いながら、いつものように笑っていた。
私はそんな鏡也を小突きながら頬を膨らませた。
我ながら女の子らしい動作を出来たと思っている。
「すっかりカップルって感じだな、お前ら。よく二週間でそこまで恋人らしい雰囲気になれるな。」
和輝が口元に薄く笑みを浮かべながら言う。
第三者から見て微笑ましいカップルか。
少し前の私では考えられないな。
鏡也と付き合えるなんて、思ってもみなかった。
大学でも女子に大人気の男だという事もつい最近知ったが、告白してくる女達をさしおいても、私が気にいったというのだ。
嬉しすぎて狂喜乱舞したのは、つい二週間前の事だ。
幸せの絶頂。
きっとこれが小説だったならそんな風に表現するんだろうな。
人生も小説もそれほど変わらないものなんだなってこの頃に実感したものだ。
「改めて、合格おめでとう、よく頑張ったね。」
鏡也はそう言いながら私の頭を撫でた。
「・・あ、ついでに和輝も。」
そう言って、わざとらしく和輝の方に向けて微笑んだ。
「くくく、俺はついでかよ。」
和輝も冗談だとわかって笑っていた。
そのあと、合格した記念に写真を撮った。
三人で笑って。
楽しかった、あの頃は。
こんなのは三カ月しか続かないってことをこの頃は知らなかった。
・・・最悪な別れは静かに、でも確実に近付いていた。