一章 琴葉 2 風
扉を開け、屋上に出ると予想していたよりも暑くなくて、吹き抜ける風が涼しいくらいだった。
空も抜けるような青で、まるで空の中にでも来た様な錯覚すら覚えた。
それ程広くもない屋上の遠くの方に城戸がいるのが確認できた。
城戸はフェンスに体重を預け、グラウンドの方を見ているようで、私が来た事には気付いていないようだった。
城戸の方に近付いていくと、どうやらこちらに気が付いたようで、こちらに振り返った。
「・・・来たか。」
ぼそっと城戸が言う。
「来たよ。で、用事って何?」
城戸は少し俯いた。
「・・・霧崎。・・・・・好きだ、付き合ってくれ。」
驚いた。まるで意表を突かれた。
私は今まで十六年ほど生きてきて何度か告白されることはあったが、あまりにも予想の外で一瞬理解に苦しんだ。
放課後の屋上なんて場所に呼び出されるなんておかしいと思ってはいたが、まさかこんな話だったなんて。
「・・・・・・正気?」
私のことをほとんど知らない男に言われるならともかく、私の猟奇趣味を誰よりも知っているだろうこの男にこんなことを言われることになるとは夢にも思っていなかった。
必死で言葉を探し、やっとひねり出した言葉が、城戸が本当に正気で言っているかどうかを確認するというだけの言葉だというのだから頭が悪い。
「正気も正気だよ。俺、霧崎と小学校のころから一緒にいたけど、いつからか霧崎のことばっかり見ていた。自分でもわからないうちに霧崎のこと好きになった、だからよかったら俺と付き合ってくれ。」
この城戸とは長い付き合いだった。
覚えている限りで小学校、中学校とずっと同じクラスで気がつけば高校まで同じところに入学し、またしても同じクラスにいた。
別段気にしていた訳でもないが、なんとなく話したりすることは多かった気もする。
私にとってはどうでもいい話だったが、服装や髪形でカッコつけているわけでもないのにルックスは悪くなく、人当たりも良く、男女を問わずそれなりに人気のある男、という風に認識していた。
どうやら城戸は真剣に言っているようだ。
この男には冗談を言うと目線が少し泳ぐ癖がある。
城戸が私に向ける視線は揺るがず、私の眼だけを見ていた。
城戸が真剣に言っているのは理解した。
しかし私にはまだ少々の疑問があった。
「・・・なんで私なの?恭祐はルックスも性格もいいし、女にもモテるんだから、私なんかよりももっと美人でまともな感性の趣味のいい女と付き合えばいいんじゃないの?」
私は自分を貶めているようであまりいい気はしなかったが、事実であろうことを恭祐に尋ねてみた。
城戸は首を横に振った。
「・・・お前、自覚ないのかよ?この学校にもお前より美人な女なんていないと思うぞ。まあお前よりも変わった女もいないだろうけどさ。・・・だいたい、自分でもよくわかんねぇんだから仕方ないだろ。・・・・好きになっちまったんだから。」
恭祐は顔を真っ赤にして、もじもじしたように少し俯きながら吐き出すように言った。
長身で体格もそこそこな城戸のそんな姿を見て私は不覚にも少し可愛いと思ってしまった。
もともとこの男は猟奇趣味を持つ私に普通に接してくれる数少ない人物で、私も少なからず好意を抱いていた。
疑問などぶつける必要もなく、返事は大筋決まっていたのだ。
「・・・いいよ。こんな私でいいなら、・・・・・付き合っても。」
最後の一言を口にした瞬間城戸の表情は輝きに満ちた笑顔になった。
私も思わずはにかんでいた。
その後、城戸は私の方に近づき、私を抱きしめた。
このとき城戸の顔は私の背中側で、表情はわからなかったが、一瞬視界に映った城戸の表情から笑顔だったことを容易に想像することができた。
私は何に対してか判らないが奇妙な違和感のようなものを感じた
。城戸が私を抱きしめるという行動?城戸の笑顔?城戸の告白?それともその全てに対してだろうか。
とにかく私は違和感を覚えて即座に城戸の抱擁を解き、少し距離をとっていた。
すると城戸は一瞬意表を突かれたような顔をして、少し悲しそうな表情をした。
「・・嫌だった?ごめん、急に変なことして。」
城戸の悲しそうな表情に私は罪悪感を抱いた。
違和感の正体はわからなかったが、おそらくただの勘違いだったのだろう。
「ごめん、急で驚いただけ。」
私は恭祐に近づき、抱きしめた。
なんとなく、なんとなくだけど恭祐が今までよりも少しいい男で、今までよりも好きなような気がした。私の顔も真っ赤だっただろう。こんなこと初めてだったから。
放課後の屋上は素敵な素敵な場所だった。