一章 琴葉 1 日常
退屈な授業をやっとのことで終えた午後。学生の窮屈な日課から解放され、すがすがしい気持ちで伸びをする。
するととなりの席から胸元に手が伸びる。
「隙あり!」
咄嗟に伸びをやめ、胸を抑えるがそこには既に犯人の手はない。
態勢を戻す間に左胸を存分に揉まれ、華麗に手を退かれたようだった。
「・・・ 時音。やめて。」
おそらく本人は冗談のつもりでやったのだろうが、私は少し本気で怒った。
しかし怒られているはずの本人の表情には反省の色もなく、ニヤニヤと笑っている。
「ごめん、ごめん、琴葉がすげー美人で乳があんまりでかいから、つい。」
この女はこういう白々しい適当な事を言って何度私の胸を触ったことだろうか。
もう今更説教する気にもなれず「はぁ。」と深くため息をついた。
「ため息つくと幸せが逃げるぞ、吸え、今吐いたぶんを吸え。」
相手をするのがどうしようもなく面倒に思えて来た。
「で、もう帰るんでしょ?帰ろうぜ!」
時音は自分の机を片付け、帰り支度を整えながら私に問いかける。
確かに普段なら一緒に帰るところだが、残念なことに今日は放課後に用事があった。
「ごめん、今日の放課後、用事あるんだ。なんか屋上に呼び出されて。」
時音は驚いたような表情で私の方に向きなおして身を乗り出してきた。
「呼び出しって誰に!」
勢いよく私の肩を掴みながら、大きな声で問いかけて来た。
「・・恭祐。」
時音の勢いになんとなく圧倒されながら答えた。
時音は一瞬の間をおいてまたしてもニヤニヤしだした。
「・・へぇ、 城戸君か、確かに、もう教室からいなくなってる。・・・・ふふ、面白い。」
教室を見まわしながら言う時音の笑い方は、どことなく嫌な笑い方で少し鼻についたがあまり気にしないことにした。
「そういうわけだから、今日は一人で帰って、ごめん・・」
「いやいや、用事が終わるまで待つよ。」
私が喋り終わるのを待たずに遮るようにして時音が言う。
何か私に言いたいことでもあるのだろうか。何かを面白がられているようで気分が悪い。
「・・ほら、城戸君待たせちゃいけないから、早く行きなよ。」
時音に背中を押されて教室の外に出されてしまった。
「いってらっしゃい。」
帰り支度をしてから行こうと思っていたのに、最後の授業で使ったものも片付けずに教室から放り出されてまた少し機嫌が悪くなった。
「・・時音、覚えとけよ。」
廊下の窓から差し込む日光が強く、こんなときに屋上に行かないといけないなんて、暑いだろうなぁ。なんて考えると屋上に向かう足取りも重くなった。ダラダラと階段を上った。
「・・・そういえば、屋上って初めて来た。」
独り言をつぶやき、私は屋上へ続く扉を開いた。