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寒空と燃えさし

作者: 土田かこつ


 黒い空に月が透けていた。

夜中というには少し早い、中途半端なただの夜。

息は白くならないけれど、うすいジャケットではもう寒い。河原をわたる風に身震いする。

「寒がり」

 となりを歩く友人が笑う。奴はといえば上着すら着ていない。

「暑がり」

 憎まれ口をたたいたが、あまり効果はなさそうだった。


 学校帰りはくだらないことしかしゃべらないと決めている。二人で歩く道のりは短い。それに、深刻ぶるには夜は危険だ。思わぬところで深みにはまる。

 それでも時折無意識にしくじる。

「最近はどうなのさ、彼氏は」

 からかいまじりの問いかけに、彼氏と呼ぶべき人のことを考える。好きなつもりではあるけれど、最近ふたりで笑えない。半月前にデートをしたときしばらく会うのはやめようと言われていた。

「よくない」

「別れた?」

 ずばり聞かれて苦笑する。

「今は少し距離おいて、冬休みあけたら決めようってさ。」

「ふうん」

 いかにも気のない声に私は少し奴をにらんだ。

(自分で聞いたくせに)

 歩みを止めずに煙草をくわえて小さな赤い火をうつす。

「最悪の選択だね」

 私は奴を見上げた。

「無駄な情がふえるだけ。余計に何も決められなくなる」

 返事があるのも意外なら言葉までもが予想外だ。これまで何人かに話したが、それがいいよとしか言われたことがない。

 だが。確かに距離をおいたとしても病気は進行するだろう。熱を出してた期間は長い。それぐらいには馴染んでる。

 奴の言葉は酷く的確だった。

 

 あるいはこいつも知っているのだろうか。ずるずると尾をひく痛み。病みあがり、あがりきらない後遺症。すばらしくわずらわしい・・・、

「それ、経験者は語るってやつ?」

 一瞬だけ顔をしかめてごまかすように煙草を踏みつけたから、私は声をたてて笑ってやった。

 

 河原をそれると駅がみえる。私は歩調をゆるめたが、奴の速さは変わらない。あきらめて追うと奴は二本目を唇にはさんでいた。

 煙たいものは嫌いなはずなのに、夜の火は綺麗だと思う。だまされた気分で観察する。

「何見てんの」

「げじげじ眉毛」

 奴の呆れ顔。私の笑い声。

 学校帰りはくだらないことしか考えたくない。

 だが、あやうい灯りに照らされた顔は、あっさり期待を裏切った。

 

 果たして。

 斜にかまえた首の角度は、いつさだまったのだろう。

 煙を吐く灰の息は、なぜこんなにもか細いのだろう。

 時折見せる情のない顔は、誰によって作られたのだろう。


 経験者は語る。その経験を私は知らない。


 私は、奴に何か刻めるだろうか。

 たとえば眉間のしわ一本でも?



「じゃ」

 かすれた声で我にかえる。いつのまにか周囲は明るく、券売機前に着いていた。

「また」

 返事を待たずに背をむけて歩き出す。

 うん、じゃあ。口の中でつぶやいてため息をついた。

 

 いつだって、奴は私の振る手を見ない。

 そっけない別れ方を少しだけ憎みながら、私は定期を改札に滑らせた。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして、武倉と言います。 御作「寒空と燃えさし」を拝読し、感銘に打たれた余韻でこの感想をしたためさせていただきました。 何が良いと問われても、雰囲気や二人の間、と漠然としたことしか言…
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