危険なのはいつも、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第47弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「意気込んでるのは、君のほう。」の後の話です。
昼を少し回った市場は、朝の喧騒を残しながらも、少しだけ落ち着いていた。
野菜の匂いと、焼きたてのパンの香ばしさが空気に混じっている。
オルガは店先を、覗き込んだ。
「これ、少し安くなったりしますか?」
にこりと笑って、首を傾げる。
お店の人は肩をすくめて笑い返してくる。
「よく買ってくれるからね。少しだけなら」
「やった!
す、すみません。ありがとうございます」
咳で誤魔化すけど、ダメだった。
いいわよぉ、と笑いを堪えられる。
自分のすぐ後ろに、ノインが静かに立ってる。
両手にはすでに荷がいくつか。視線は低く、周囲を撫でるように見ているけど、口は開かない。
店主の女性はノインのほうをしげしげと見る。
「やっぱり仕事中とじゃ、全然雰囲気違うねえ旦那さん」
「?」
ちらっと背後を見るけど、ノインは小さく微笑んでくるだけだ。
(いっつもこうなんだけど……)
なんだか最近、やけにこういうのを感じる。
(近所の人たちの話だと、ノインはできた旦那さん、で……かっこいいとか、綺麗……)
うーん。
その中で、一度たりとも彼のことを「優しい」と言う人はいない。
自分が彼に抱く一番の印象は、それなのに。
(変なの)
通常のノインの巡回は人が密集しているところを担当するらしく、仕事中の彼を見たことがある人は不思議そうにすることがある。
「静かなのは同じだけど、やっぱり奥さんといるからかしらねえ」
静か?
買ったものを受け取りながら、オルガは内心で「そうかなぁ」と思ってしまう。
よく笑うし、よく話すのに?
(でも話すのは苦手だって言ってたっけ)
「持ちます」
すぐさま背後からそう言われて、うっ、と渋る。
自分だって籠を持っているのに。
「私も持つよ」
「……」
だ、ダメだ……。
引く気がないのがわかって荷物を渡すと、にこっと微笑まれ、それ以上はなにも言わなくなった。
(静かかぁ)
買い物中はそう言われてもおかしくない。
荷物持ちに徹しているというか……。
特にお店の人と喋っている間は、本当に傍にいるのかと疑ってしまう時も……あるけど。
「――あら、この前はどうも」
背後からの声に、びくっと体を跳ねさせた。
声のしたほうを見てから「あ」と気づく。
この間の、運送屋の奥さんに誘われた時にいた、一人。
隣には夫らしき男性がいる。
「こんにちは」
結局、どこの誰なのかよくわかってはいないものの、挨拶をして朗らかに笑った。
(……えっと、名前……名前、は)
あの時質問をたくさんされたこともあって、すぐに出てこない。
「こんにちは、お買い物?」
「はい」
あ、なんか。
(……ちょっと、奥さんっぽい会話してる……!?)
どきどきしてしまう。
ふと、奥さんの視線が背後に動いた。
視線の先には……会話の邪魔をしないようにか、一歩分だけ距離を保ったまま立っているノイン。
その瞬間、ノインはほんのわずかに口元を緩めた。
(うわっ)
顔がいいのに、またそんな……。
焦って視線を戻すと、やっぱり! と、オルガは苦々しく思う。
息を呑んでいる奥さんの表情!
(ほらあああ! こういう反応されるんだって!)
よりにもよって、横に旦那さんがいるのに。
嫌な思いをしないで欲しい。無自覚なんです。ノインなりに……。
「あ、この子よ」
ちょっと困ったように、隣の旦那さんに彼女はそう言う。
「話してたでしょ。引っ越してきたっていう」
「ああ、あの。聞いた聞いた」
んん??
こっちを見てきて、それから奥さんを見た。
「感じのいい子だって言ってたな」
「そうそう。話しやすいのよ」
…………。
そ、そういうことは、本人の前ではやめてほしい……かも。
なんだか急に、他人の家の中にいるような気分になってしまう。む、むずかしい。
この人たちは家の中でそういう会話をするんだな、と思いながらも、どう反応していいか、困った。
(悪い印象じゃないみたいでよかったけど)
そんな風に思われていたとは。
(話しやすい、かぁ)
べつにそんなことはないと思う。
旦那さんの視線が、いま気づいたようにノインに向いた。
ノインが軽く会釈だけする。
(えっ、おお!?)
驚いて固まってしまうと、ノインが少し呆れたようにこちらを見て目を細めた。
(挨拶くらいしますよ、ってことね。イメージと違ったんだって)
「いいねえ、旦那さん、ちゃんと買い物つき合ってくれるんだね」
むっとしてノインを睨んでいたオルガは、声にハッとして慌てて姿勢を正す。
「うちなんかさ、重いものの時くらいしか来ないよな?」
「当たり前でしょ」
えっ。
二人の会話に、オルガはギクッと身をすくませた。
(ノインと毎回一緒に来てるんだけど……やっぱり変なのかな!?)
「あなたは仕事があるんだから」
「いやまあ、そうなんだけどさ」
続いた会話に、体から力が抜ける。
(な、なんだ。そ、そっか。そうだよね)
良かった……。
夫をこき使う妻に見えてしまうのも嫌だけど、なによりノインが変に見られるのは嫌だ。
奥さんが微笑んだ。
「でも、助かるわよね。こうして一緒に来てくれると」
「はい。とっても」
ああ、でも。
(全部荷物持とうとするのだけは……! 私の籠がからっぽなんだよね……ううぅ)
気まずい……。
気まずいけど、顔には出さないようにする。
「この辺には、もう慣れた?」
ん?
オルガは旦那さんのほうを見て、怪訝になる。
なんというか。
(なんか……近い)
距離ではなく、目線が。
初対面なのに。
でも都会ではこういうものかもしれない。
「最初は迷うだろ?」
ど、どうしよう……!
(迷うどころか、ほとんどノインと一緒にしか外に出てない……! だから迷ったこと一回も、ない!)
迷子になりますよと言っては一緒に散歩したりしてたし……。
(うわあぁ、一人行動もできない奥さんって思われたらどうしよう……!)
顔が引きつりかける。
じんわりと手に汗をかいてしまう。
「そう、ですね……。さすがに全部は覚えられないですから」
行動範囲は狭いけど、覚えていくつもりだし!
「なにかあったら、こいつに聞けば大体わかるから」
親指で奥さんを示されて、オルガは瞬きを繰り返す。
こいつ。
やけに、引っかかりを覚える。
「大体ってなによ」
「大体は大体だろ」
普段通りのやりとりなのか、奥さんは軽く小突いている。
たしかに。
よく見るし、知っている光景だ。だけど。
(……そっか。ノインは私のことを、こんなふうに、物みたいに呼ばないから)
所有物みたいな、言い方をしない。
でもきっと、目の前の夫婦こそが、ふつうの夫婦とされるものだ。
「店とかも、場所覚えるの大変じゃない?」
「そうですね」
素直に、旦那さんの言葉に頷く。
本当にその通りだ。覚えることがたくさんで、こっちからの生活は大変で。
だけどノインがたくさん助けてくれている。
そのことを、オルガは噛み締めた。
「最初はみんな迷うんだよな」
顎に手を遣って頷かれて、こっちを見てくる。
……やけにこっちを見てる気がする。
勘違いだと思う。ふつうの会話をしているだけだし。
ノインの視線が、わずかに旦那さんのほうへ向いた。
「ありがとうございます」
静かに声が入ってくる。
すぐ横に、いつの間にかノインが立っていた。
「この辺りは把握できていますので」
穏やかな口調で、微笑む。
明らかに、その人の視線を遮るような位置にいる。
「ああ、いや、そういう意味じゃなくて」
急に慌てたように言葉を濁して、旦那さんが笑う。
「ちょっと話しただけでさ」
「お気遣い、ありがとうございます」
間を空けずに、ノインは即座に言い切ってから……奥さんのほうへと視線を動かした。
「奥様にも、先日は妻がお世話になりました」
「あら、そんな。何もしてないわよ」
照れ笑いをする奥さんよりも、オルガはノインの姿に唖然としてしまう。
(ええ……?)
旦那さんは奥さんを見て、言う。
「でも、こうやって一緒に来てくれるのはいいよな」
?
意味がわからず眉をひそめていると言葉が続く。
「助かるでしょ?」
「そうですね」
意図がわからずに困惑する自分よりも先に、ノインがすんなり答えた。
「必要なことなので、同行しています」
(…………こ、この人たちの独特な喋りに)
そんなにすぐ、答えられるものなの?
「真面目だねえ」
「そうですかね」
まただ。
苦笑する旦那さんの言葉に、ノインが即座に応じている。
軽く首を傾げ、柔らかい表情で会話をしている、けど。
(ノインがよその人と、たくさん喋ってる……!)
相槌を打っているようにしか見えないけど、こんな光景を見たことがない。
「まあでもさ」
ん? またこっち見た。
「困ったことがあったら――」
「ありがとうございます」
まただ。
一切間隔を空けずに、被せるわけでもなく……ただ、言葉を受け取ってノインは微笑んで続けた。
「現状、不便なく過ごせています」
「……そうか」
頷きつつも、言葉の置き場を探すような奇妙な空気にオルガは耐えられなくなってきた。
明らかにノインはわざとやっている!
表面上は文句のつけようのない態度と言葉なのに、冷汗が出る。
かと言って、オルガには割り込む気はない。
夫が話す時は、夫が応じるのがふつうだ。
それなのに、夫のノインではなくこちらにばかり話しかけていたことこそが、そもそもおかしかったわけで。
会話をするのは一家の主同士。だから、ノインがしていることはなにひとつ、おかしくない。
その時、遠くで、声が上がった。
「捕まえてくれ! そっち行ったぞ!」
ざわりと人の流れが揺れた。
視線が一斉にそちらに向く。
当然オルガも、それに倣った。
人混みの隙間から、ひとりの男が走り込んでくる。
周囲が避け、道ができる。
こちらに一直線に走ってくる!
ノインの手が動いた。
オルガの肩を軽く引き、半歩後ろへ。
同時に、前へ出る。
走ってきた男の腕が振り上がる、その瞬間。
ノインの手が、その手首を外側から取る。
掴む、ではなく、絡めるように。
勢いのまま腕を引き込み、体の軸をずらす。
男の重心が前に崩れたそこへ、ノインの肩がわずかに当たった。
――落ちる。
鈍い音とともに、男の体が地面に叩きつけられた。
腕はそのまま固定され、逃げ場がない。
「動かないでください」
静かに言っているが、それはほんの一瞬の出来事だった。
オルガからすれば、走ってきた男を気づいたらノインが拘束していた、くらいしかわからない。
遅れて駆けこんで来た騎士たちに、ノインがほんの少し視線を遣る。
暴れようとしても動けない男と、私服の青年を交互に見てきた騎士たちは、「あ」と顔をしかめた。
「引き継ぐ」
「お願いします」
短い言葉に、ノインがすぐに手を離して、何事もなかったように立ち上がる。
服の埃を軽く払い、こちらを振り向いた。
「すみません……」
「え?」
なに?
しょぼんと肩を落として、ノインが落ち込んでから屈み。
「咄嗟のこととはいえ……荷物を地面に……」
落とすしかなかった荷物を抱え上げた。
「だから嫌なんですよ、非番の日に仕事をするのは」
「で、でも、仕方ないよ!」
「…………」
す、すごい落ち込んでる!
オルガは慌てて、しなしなになりかけているノインを励ます。
「大丈夫だから! 洗ったらいいものが多いから。ね?」
「麦粉を買う前で良かったですかね……」
「う、うん。だから元気出して」
ノインは「はぁ」と大きく低い溜息を吐くばかり。
(わぁぁ、ど、どうしよう……)
「不甲斐ないです」
「すごかったよ!?」
「すごくはないです」
ああ、ダメだこれ……。
きっとノインのことだから、騎士なら誰でもできるとか、思っていそうではあるけど。
(こっちに来なかったら、対処してなかっただろうな……)
ノインはべつに騎士としてのプライドが高いわけじゃない。
休日は極力仕事をしないように、してる。
あえて駆けつけていくような正義感もないし、給料も発生しないから進んで動くこともない。
「行こう、ノイン。ね?」
「はい」
あっ、と気づいてオルガは小さく頭を下げた。
「それじゃあ」
ノインも軽く会釈だけをして、引っ張られるのに抵抗せずに少しだけ重い足取りで歩き出した。
先ほどの奥さんは黙って頷きながらノインのほうをじっと目で追っていた。
「かっこいいじゃない……」
「おい、今の旦那」
「ん?」
「騎士だろ、あれ」
「あら、言ってなかった?」
「聞いてない」
「……あのね、あなたちょっと話しかけすぎよ」
「普通だろ」
「普通は旦那さんと話すものよ。無視したでしょ」
「……話しやすいほうと話しただけだ」
「だからってあんなに見る?」
「べつにそんなつもりじゃ……」
「若い子に親切にしたいのかもしれないけど、ほどほどにしなさいよ」
そんな二人のやり取りはどんどん遠くなっていったが、オルガはもう聞いてもいなかった。
***
「あの場にいた騎士が速やかに制圧すれば良かったのに、同じ騎士として不甲斐ないです」
ああ、そういう意味か。
「でもノインのおかげで捕まえたし、私も怪我しなかったよ」
「君のほうへ向かって来ましたからね」
「そういえばなんでだろ」
「君が小柄で避ける動作がなかったから、楽に抜けられると思ったんでしょう。ぶつかって突き飛ばすこともできますし」
「なるほど……」
ノインが止めてくれなかったら、大変なことになってたのかもしれない。
(…………帰ってからもずっと落ち込んでるな……)
さてどうしよう?
あ。
「あのね」
「…………」
「さっきのね、夫婦の、旦那さんだけど」
ぴくっと、ノインが微かに反応する。
「ありがとう。な、なんかちょっと、旦那さんが……にがて、な感じで」
小さく言うと、彼は目を微かに細めた。
「気にしないでください。苦手なら、もう愛想良くしなくていいと思いますよ」
「ええっ!? そんなわけにはいかないよ」
「じゃあ、一対一にならないこと。もし一対一になったら、……夫がそろそろ帰ってきますって逃げてください」
「???」
「まぁ…………家から出ないのが一番安全ではありますが、そうもいきませんしね」
「ん?」
「……あまり関わらないほうがいいと思います」
「? どうしたの?」
「なんでもないです。君の役に立ててよ……良かったですけど、やはり情けない……」
あああ、また落ち込んじゃった……!
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




