ごじんじょ!
時は戦国時代、石川県は皆月地区、村のナンバー2である亀吉と、ナンバー1の熊吉が熱い議論を交わしていた。
「隣の村も皆殺しにされたらしいべ。はようここを退いたほうがよかっぺ!」と亀吉が言った。
「わしらが汗水垂らして耕してきたこん村を、やすやすと諦めよと言うか!」と熊吉が言った。
「皆殺しにされたら、元も子もなかっぺ!」
「こん村を離れれば、みな散り散りとなり、かえって危難が増すばかりぞ!」と熊吉が言った。亀吉は黙り込んでしまった。
「おめえ、ほんとは肝が冷えとるんじゃねえのか?」と熊吉が言った。
「ああ、おっかねえ。あんたは血の気が多すぎるわい。」と亀吉が言った。
「この世は、おまんのような腑抜けは望んどらん。おまんは生まれる世ば間違えてしもうたんじゃ。」と熊吉が言った。
「どういう了見じゃ?」と亀吉が言った。
「この世は、仏様が与えし、いくさ場よ。心ゆくまで争えと、そう仰せられたんじゃ。」と熊吉が言った。
「のうのう、そげなこと言うて、罰が当たるぞ!ありゃせんありゃせん!」と亀吉は言った。
「まだ分からんか!この世は極楽でい!おみゃあが行きたがっとる極楽浄土なんぞ、そっちが地獄じゃぞい!」と熊吉が言った。
「たわけたことぬかすな!」と亀吉が言った。
「わしらのこれまでをよう考えい。日ごと日ごと同じことの繰り返しで、退屈でくたばりそうじゃったわい。極楽浄土なんぞ、もっと退屈に違ぇねえ。そこを地獄と言わんで、何を地獄と言うんじゃ。」と熊吉が言った。
「おめぇは何ちゃ分かっちゃいねぇ。倅らが日々に背丈を伸ばし、稲もまた日々に穂を張る。この変わりゆく様こそが、この世のありがたき喜びよ。」と亀吉が言った。
「なんともはや、それもただの堂々巡りよ。そげなつまらぬ繰り返しよりも、仏様は、もっと血沸き肉躍る戦を望んでおられるわい。」と熊吉が言った。
「えぇい!違う違う!」と亀吉が言った。
「野の獣どもを見い。あれらもまた、弱きを喰らい、強きが残る、命懸けのかけっこを日々に楽しんでおるわい。」と熊吉が言った。亀吉がしばらく黙り込んだ後、こう言った。
「・・・心得た。おみゃあの考え、受け入れよう。じゃが、鎌と鍬ごときで、武士の大勢に勝てようか?」
「昔、落ち武者どもを狩りて、刀三本、蔵に仕舞うてある。」と熊吉が言った。
「おめぇ、いつの間にそげなことしとったんだ?」と亀吉が言った。
二人は、蔵の扉を開けた。そこには確かに刀が三本入っていた。亀吉が、蔵の奥に仕舞ってあった一張りの太鼓と、二枚の鬼のお面に目を付けた。村中の人々が集う豊作祈願祭や秋祭りで行われる、催し物で使われる道具だ。
「戦もええが、その前にちと試したいことがあるんじゃが。」と亀吉が言った。
「なんじゃ?」
「敵はきっと、夜陰に乗じてやってくるじゃろう。その時こそ、わしら二人が鬼の面を被り、太鼓を打ち鳴らすんじゃ。暗闇の中、鬼が凄まじい形相で太鼓を叩きよるのを見りゃあ、肝をつぶして敵も逃げ出すかもしれんぞ。」と亀吉が言った。
「ほう、おめぇ、ようもそげな知恵を出すもんじゃな。」と熊吉が言った。
後日、亀吉は、妻や子供たちとのひと時の和やかな夜の時間を過ごしていた。すると突然、見張り番をしていた寅吉が何やら叫びながら戻ってきた。
「武者どもがきたぞ!武者どもがきたぞ!」
村中がいっせいに騒がしくなった。
「とと、こわい!こわいのう!」子どもたちが騒ぎ立てる。
「あんたら、ついてきんしゃい!」亀吉の妻が子どもたちを連れて外に出た。そこへ熊吉が入ってきた。
「おもろうなってきたわい!亀吉!」と熊吉が言った。
「男は全て討ち果たし、女子供は悉く召し取れ!」と馬に乗った武将が言った。家臣たちは雄たけびを上げた。
「如何せん、何者かの音が致しまする!」と一人の家臣が言った。
「妖じゃ!妖がおりまする!皆の者、逃げられよ!」先頭を進む家臣がそう叫んだ。そうなると、陣列は乱れ、馬はいっせいにいななきだした。そして、武士たちは一目散にその場から逃げていった。