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六、極悪人か、英雄か?

 家臣の周囲には、騒ぎを聞きつけてやってきた馬に乗った両語族の人間が囲んでいた。そして、「王が死んだ」と一言、言うと、「我々は我々で好きにやらせて貰う」と言った。そして勢いよく栗色の馬がいななき、両語族の面々はその場を立ち去った。


「……チッ、誰が王を……」

「俺の叔父をよくも殺したなァ……ッ!?」

 朱唇が怒鳴った。「叔父だと? 誰のことだ」

「ああ゙!? 宿屋で殺された男だ! 藍色の着物の!」

「……ああ。あれか。あれは弱くて殺しがいが無かった。軽く斬ったら簡単に死んだぞ。俺は忙しい。小娘、どけ」

「…………! 黙れ! 黙れ! 俺と戦え!!」

 怒りで手が震え、呼吸が荒くなる。


「馬鹿なのか? 小娘が小刀で遊ぶと怪我をして死ぬぞ」

「うるさい! うるさいうるさいうるさいッ!!」

「そんなに死にたいなら止めはしないが……あの世で後悔することだ――!」


 家臣の男は、強かった。

 朱唇も強かったが、冷静さを失った朱唇の刀さばきは、酷いものだった。

 朱唇の肩が、残酷に切り裂かれた。

 深くはない傷だが、朱唇は小刀を持つ手に力が入らなかった。


 朱唇が叫んだ。「何をやっているんだ!? 縫、お前、剣なんか使えないだろうが!」「そこまで使ったことはないが、子どもの頃に俺は大人を打ち負かしたことがある!」

「そんなもん、接待されてただけだろ! やめろ! 逃げろ! このッ、ばか!」


 肩を抑えて崩れ落ちた朱唇が言う。

 だんだんと、熱が冷めていく。身体が冷えていく。

 空からは雨が降る。もとより曇天模様の空は、薄暗く、まるで処刑刀のようないやな色をしている。



「……チッ。論永の坊やか。……恨むなよ!!」

 家臣が怒鳴った。



 そこからは激しかった。

 な、なんだよ。ひ弱な坊っちゃんかと思ってたが、ちゃんと、戦えてるじゃねえか、と朱唇はおっかなびっくりした。肩を着物の帯でぐるぐるに巻いて止血はしたが、もう自分は死ぬかもなぁと思いながら、二人が戦うのを見た。朱唇は、右手は右肩がやられて痛みで力が入らないが、左手は左肩を負傷していないのでまだ比較的簡単に――まったく本調子ではないが動かせることを確認した。


 そして一つの賭けをすることにした。それは、可愛い着物で王を騙して王を討ち取ることよりも、命を賭した大博打だった。



 瞳から、叔父を思う最後の涙がぽろりとこぼれたが。

 これは最後の涙だった。

 朱唇は気配を消し、殺意を消し、ただ、動く人形になった気分で――左手に小刀をきつく握りしめると、……ゆっくりゆっくりと刀と刀で押し合いをしている二人の男の後ろに近寄ると! 勢いよく刀で突進して、異変を察知して家臣の男が後ろを振り返ろうとした瞬間! ずぶりッ――と家臣の男の肋骨と肋骨の隙間に、刀を差し込んだ。



●  ●  ●  ●  ●  ●  ●  ●



「…………!」


 おかしい。さっきまで自分は、戦っていたはずだが。

 どこだ? ここは。


 まあ、よく考えたら、たしかに、百戦錬磨っぽいおっさんが、俺から不意打ちされて死ぬなんて、いくら上司の王が死んだからっておかしいもんな。動揺しすぎだった。ぜんぶ、夢なのか。ひょっとしたら、俺は肩から血を流しすぎて夢でも見ているのか……。


 じゃあ、俺はもう、おしまいなんだな……。

 もっと、世の中のいろんなものを見て回りたかった。文字も覚えたかったし、……でも、また叔父ちゃんに会えるなら。オッチャンが待っててくれるなら、死ぬのも悪くもないか。


 俺、いっぱい殺したからなぁ。

 落ちるなら地獄だなぁ。針で刺されたりするんだろうか。

 でも、俺ぁ鬼の血をひいて狼の魂を持ってるらしい。

 だから、きっとあの世でも獄卒に歓迎されて――。



 ん?

 なんか、おでこが冷たい……。


「なんだ、ここ。なんか、いい匂いだけど……」


「大丈夫か! 朱唇! 目が覚めたか!?」


「その子が朱唇ちゃんですか」

 よぼよぼのお爺さんが、背後に朝日を浴びながら立っていた。どこか質素な着物を着ているけど、神々しくて、赤色の目が、……なんだか、優しそうな感じがするなと思った。


「だれだこのじじい」

「お前ぁぁ!! すみません、すみません、この娘は少々、口が悪いというか、状況を理解していないというか!!」

「ぬい。なんだよそんなにかしこまって」朱唇が言う。

「気にしないでだいじょうぶですよ」

「うあああああ! 本当にッほんとうに申し訳ないッ」


 ヌイが申し訳無さそうに平服して言うのを、朱唇はおかしなこともあるものよと思ってから、よく考えたら、このおじいさん、どこか王と似ているような気がするな、はて。ふかしぎだなと思った所で。


 黙らせる目的で縫に口につっこまれた、卵粥をよそったさじ。そこからむしゃむしゃと食べながら、朱唇が栄養のまわった頭でふと、「王に似ているな」と言った。

「似ているでしょうねぇ。みかけは」とその老人が言うので、朱唇はまさかな、と顔を引きつらせた。



●  ●  ●  ●  ●  ●  ●  ●



 これは、全てが落ち着き始めた、それからの話。


 まず、首都に遠方に島流しにされていた水色みずいろという兄王が呼び戻されたことが、公式に発表されてから、1月後のこと。かつて兄王本人が本人の意志で「自分には見合わないですから。責任が重いのもいやですし」という理由で手放した王の位にふたたび即位した。


 悪逆の王の首は町で晒され、人々はそれを見て怒ったり泣いたり怖がったりしたが、そのうちみんな、王のことなど忘れていった。民家に飾られていた王の肖像画は破られ、みなが新たな兄王に期待し、しかし内心また悪政を敷かれるのでは、と恐怖していた。

 

 そして、即式の簡易裁判が行われた。

 裁判官が兄王の意志を読み上げた。


 いわく、朱唇は王を殺したが、慣習法によると身分違いの殺人は重罪であり、最下層の泥民による最上位層の神民の殺害は例外なく本来なら古来より続く由緒正しき慣習法では死刑である。よって求刑は死刑になるはずである。

 

 いわく、縫は王を殺す朱唇を手伝い、変装のために金を出し、また、冠位が中級であるにも関わらず、他の上位貴族の許可なく、みずからの護衛を宮中にみずからの目の届かない場所へ放った。なおかつその護衛が王殺しを行った。また、王の家臣の殺害をした。よって求刑はいくら彼が江民であれど、本来ならば『飢えと疫病の島』へ流され、一生涯その土地から出ることを許されないはずである。


 しかし!

 と、裁判官が言った。


 死んだ王は悪逆非道であり、誰かが止めねばならなかった。

 いずれ、お前たちがやらずとも誰かがやっていた。

 むしろ、国民がこれ以上飢え死に、意味もない殺害をされ、諸外国に火種をあれ以上ばらまくことが無くなったという点では、宮中のかつての王の家臣の中には二人を英雄と呼ぶものが居る。

 そして、国民による嘆願状と、家臣らによる嘆願状が来ている。

 

 よって、恩赦!

 しかし、無罪放免では問題がある。なにせ、悪魔のような男ではあったかもしれぬが、王は王である。よって、革命の首謀者は、兄王が許すまでは無期限での国外追放とす、と。


 また、その日、「私が死んだ後に、あらそいごとが起きぬように」と、兄王は国民と家臣の武人と貴族が参加する議会制を承認した。これにはみなが異議を唱え不満をこぼしたが、兄王は「私だけでは必ず民の声をどれもこれも聞きこぼしてしまう」と言いけっして譲らなかった。


 いっぽう。皆から騒動の間忘れ去られていた王の息子は、宿屋の屋根裏部屋にうずくまって震えていた所を見つかり保護されたのちに島流しになるが、そののち、水色王と議会に謀反をくわだてた罪で、処刑が決定。しかし、その前に毒のはいった酒を飲み自害した。



●  ●  ●  ●  ●  ●  ●  ●



「父ちゃん!」

 朱唇がぱぁぁぁっとお日様のように笑った。


「よぉ、朱唇。俺が居ねぇ間に、大変なことになっちまってたらしいなぁ! いやぁ、この国も様変わりしたな……」

「父ちゃん、この男は縫だ」

「誰だ? 友達か?」

「いや、将来の許嫁いいなずけだ!」


 朱唇の父は咳き込んだ。「父ちゃん!?」


 外国から帰還したばかりの葉根継はねつぐはしばらく、「どういう事だ朱唇!?」と言っていたが、それも縫の冷静な言葉のおかげで怒りが収まると、「お別れだなぁ」としみじみと娘に言った。


「俺もついていこうか」と父が言う。「朱唇、これからどうする。王の指は解散させられるそうだが」、と言うと、朱唇は「俺ぁもう決まってるよ。どうせほとぼりが収まるまでは10年やら20年単位で国外追放なんだろ。その時までこの国ってものがあるのかは分からねぇが、俺はいっそ、この機に乗じて外国ってやつをいろいろ見に行きたいね」と言う。


「手紙、出せよ」父が言う。

「うん、父ちゃん」娘が言う。



 ふたりを見送る人間には、群咲むらさきの姿もあった。


「ああ、良かった。よかった……生きていてくれて……」

 そして、群咲むらさきははっと顔を青くして、罪悪感に震えた声で「私のせいで貴女の叔父上が……」と朱唇に言いかけるが、朱唇は「人には寿命ってもんがありますし。最初からあの人は死ぬ運命だったんだ。恨んだりしてないですよ」と慣れない敬語で言うと、強がりの笑みを薄く浮かべ、さっさと出かける準備をした。


 珠のような美少女と、美青年は、自分たちの素性がバレるとまた狙われるといけないからという理由で、ひとつ嘘をつくことにした。縫と朱唇は、旅の都合でかりそめの夫婦めおとになることにしたのだ。


「なあ、赤い糸って知ってるかい?」

 朱唇がにこっと笑った。

「なんだよ。随分感傷的だねぇ。お前が言うこととは思えねぇな」

「あ? 俺が言ってるのは運命のことよ」

「……恋だの愛だのの話をお前がするとはな」

「ちげえよ! 俺にとっての運命の糸は、あそこで王を殺すことだったんだ。で、叔父ちゃんは、あそこで死ぬ運命だったんだ。赤い糸って残酷だよなぁ。……俺、自分のことを自分でほんとうに選んで生きてるのか、それとも天使様とやらに踊らされてるのか、わかんなくなってきたよ」


「なんだ。つまらねえ」

「あ゙? 俺はなぁ、真面目に……」

「俺のことを好きになっちゃったーとか、めおとになったのは運命だったんだーとか言ってくれるのかと期待したのによ」

「なんでだよ」

 ぎょっとした顔で朱唇が相手を見る。縫は、いたっていつも通りの、ちょっと意地悪で、ちょっとひんやりした冷ややかな表情をしているが、目が合うと、気まずそうに目を逸らした。

「お前が可愛いからだよ」

「顔が? 中身が? どこが?」

「知るか」

「えー。なんだよ……」


「俺に臆さず話しかけてくれる人なんて、おば様くらいだったしな。俺、孤独でな、ずっと子どもの頃はお前みたいに気楽に喋ってくれる友達とかが欲しかったんだ」

「じゃあ、俺はお前の夢を叶えてやったんだな!」と朱唇は笑った。

「はいはい、ソウデスネー」と縫も傲慢な美少女相手に呆れた笑顔を作るが、どこかニンマリしていると言うか、嬉しそうにも見えるので、朱唇はよく分からないが、まあ、コイツとめおとっていうのも、まあ、良いかなと思った。



 そして二人は、めおととして、旅にでた。


 嘘が、誠になるまでは。

 あと数年――。

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