愛する人の……すら食べられないなんて、それでよく愛してるなんて言えるよね!
知識は力だ。知識のおかげで、このちっぽけな泥棒をぶっ倒すことができたけど、やっぱりその後の処理が大事なんだよね。
俺は泥棒を縛り上げて、そいつのマスクを180度ぐるっと回してやった。そして衛兵局に連れてった時には、もう翌日になってたわけ。
「へへっ、お役に立てて光栄です……で、これ何ですか?」
「VIPエリアに侵入してきた小悪党だよ。強くはないけど、気をつけてね」
「おおっ……そりゃご苦労様。じゃあ、ちょっと事情聴取の記録頼むよ」
「簡単に言うと、仕事終わりに寝ようとしたらドタバタ騒ぎが聞こえてきて、気づいたらこいつが縛られて床に転がってたから、連れてきただけさ」
嘘はついてない。ただ、ちょっと省略しただけ。
「ご苦労様! でもさ、まだマスクつけたままじゃん?」
衛兵が泥棒のマスクを剥がそうと手を伸ばす。
「一般人が犯人の顔を知っちゃうのって、あんまりいいことじゃないよね?」
「確かに、確かに」
衛兵は一瞬迷って、手を下ろした。
完璧だ。この犯人は地下強制労働に送られて、壊した物の借金を返すことになるだろうね。仮にそいつが「俺を倒したのは覆面の……黒猫だ!」なんて言っても、誰も信じないだろう。頭おかしいと思われるだけ。いやぁ、完璧すぎる!
俺は職場に戻って、おばちゃんと合流してこの話をした。もちろん、情報はしっかりフィルターかけてね。そうすればおばちゃんも俺の味方になってくれるだろうし。
数日後、ニュース速報が流れてきた:
『大邸宅の窃盗犯、謎の死を遂げる? 解剖報告:犯人は脳に障害』
おばちゃんが心配そうな顔で俺に言う。
「会長があんたに会いたいってさ」
くそっ、まさか地下労働に誰も行かなくなったから、俺が代わりに行く羽目になるんじゃないだろうな。普通そんな展開ないよね?
不安は募るけど、ここは腹をくくって行くしかない。
俺は会長の邸宅に向かった。そこの衛兵はいつもより数が少なくて、装備もボロボロ。まるで大戦でもあったみたいだ。衛兵たちの顔には隠しきれない疲労がにじんでる。
あの任務、ほんとヤバかったんだな……俺、弱くてよかった。いや、まあそこまで強くはないんだけどさ。
ドアをノックして会議室に入ると、会長がいた。
会長は歴戦の冒険者だ。髭には白いものが混じってるけど、重大な事件が起きると自ら鎧を着て戦場に立つ。戦力はトップクラスじゃないけど、精神的な支柱として冒険者たちに慕われてる。体中に傷跡が溢れんばかりにあって、年月がその目を鋭く研ぎ澄ましてきた感じ。俺をじっと見つめてくるその視線、まるで食らいついて離さないみたいで、めっちゃ居心地悪い。
こういうプレッシャー面接、ほんと苦手だよ。面接じゃないけどさ。
「会長、お疲れ様です。俺は……」
「お前の名前なんて興味ない。スライムと何か関係あるのか」
「えっと、何かおっしゃってる意味が……」
「お前、スライム研究してるんじゃないのか?」
「まあ、そうなんですけど……」俺の専門はHなんだけどね。
「お前を対策研究員として雇う。重要な任務だ。断るなんて許さんぞ」
会長は一方的に言い放つと、机に雇用契約書と書類を置いて去っていった。
『新型スライム災害対策計画』
前回の任務で討伐隊が大失敗したらしい。原因は新型スライムに遭遇したのに準備不足だったこと。夜に冒険者たちが大幅に弱体化して、魔物に奇襲された結果だってさ。
雇用契約書を見ると、今の待遇の20倍くらい良くて、専用の研究室と予算までついてる。
これってラッキーじゃね? おばちゃんの心配そうな顔って、もしかして一緒に働く人がいなくなるのが嫌だっただけ?
でもさ、Hの研究がこの任務に役立つのかな?
まあいいや。「俺って学ぶ意欲あるよね!」ってことにしとこう。
***
やったぜ~! 最高だよ!
俺は自分の研究室で、スライムと一緒にのんびり本を読んで、新鮮なブドウをつまんでる。スライム研究員なんだから、研究室にスライムがいるのは当たり前だよね。
ここにはベッドもあるし、もう帰らないでここに住んじゃうよ。
スライムってあんまり喋らないけど、心が通じ合ってるから言葉なんてそんなに大事じゃない。
それにスライムの手話、めっちゃ可愛いんだから! 見てると自然と笑顔になっちゃう。
今だって、机のブドウをこっそり取って戻して、俺が気づいたかチラ見してる。いやぁ、可愛すぎる!
でもさ、あの時急に筋肉がついた理由、ちょっと研究したいな。
俺はスライムに腕に絡みついてもらって、あの日のスライム服に変身させた。
おお、筋肉あるじゃん。
「ちょっと中見てみるね」
スライム服の外側が剥がれて、中の筋肉が見えた。
スライムが筋肉を模倣してるんだ。しかも密度が普通の人間の数倍はある。
腕を振ってみると、筋肉の動きが感じられる。これが筋肉って感じか。鍛えなくても筋肉があるなんて最高だね!
「もうちょっとゴツくできる?」
スライムが頷いてから首を振る。
「できるけど良くない?」
すると腕の筋肉が2、3倍に膨張した。
……全然動かせねぇ。腕がガチガチに固まって、筋肉が俺の元の腕を圧迫してきて痛い。
「土台をちゃんとしないと使えないってこと? 今の俺にはこの量がベスト?」
スライムが頷いて、腕を元に戻してくれた。
ジム通いでも始めるか。
ため息をついて、机のブドウを口に放り込む。世の中に鍛えなくていい筋肉なんてないんだな。
ブドウが弾けてゼリーみたいになった。
「うまっ!」
ん? 俺はスライムを見て、ブドウを指差した。
スライムが手話で説明し始める。
うんうん、スライムって元々どんどん大きくなっちゃうのは、体に不要なものが溜まるからなんだね。今は俺が体にいらない部分を排出してるって。
って、これウンコじゃん?
でもこのウンコ、めっちゃ美味いぞ。
急いでバケツを用意して、スライムに言った。
「排泄するならちゃんと排泄用の場所でね」
美味いけど、さすがに食べ物と一緒には置きたくないよ。
スライムがバケツにしゃがみ込む。
「えっと、別のとこで出せない?」
スライムが首をかしげて俺を見る。排泄場所と排泄部位の違いが分かってないみたい。
「まぁいいや。誰も見てないし、どうでもいいか」
ふと思い出した言葉がある。
「愛する人のウンコも食べられないのに、愛してるなんて言えるか!」
うん、確かにね