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ついさっきまで「雪山の奥で遭難して凍死寸前」な状態だったのが嘘のように。
ア―サ―は今、心も体も温められていた。それも、鏡メバンシ―戦の後の、手を握っていた時とは比べものにならないほどにだ。
だって、今イルヴィアは腕の中にいる。こうしていると、いろいろ実感することがある。
例えば身長こそアレだが、それでもやっぱり肩幅や体の厚みなんかは、僕の方があるなぁ……とか(今この時は自分だって女の子だが)。
思わず抱き締める腕に力が入ってしまう、胸に当たる柔らかくて温かい感触が……とか(今この時は自分だって女の子なのだが。そして結構な差があったりするが)。
昔、「お姫様だっこ」に挑戦して失敗した、あの幼かった頃とは違うんだなぁ僕もイルヴィアも……とか。つくづく思い知って。
そしてア―サ―は、そっとイルヴィアを放した。
まだ、戦いは終わっていないからだ。
「……イルヴィア、危ないから放れてて。僕ならもう大丈夫」
心身共に大幅に回復したからであろう、ラブラブレ―ドを杖にしてア―サ―は、何とか立ち上がることができた。
すると、まるでそれを待っていたかのように、
「ぬぐおおおおぉぉ――――――――っ!」
まるで幽霊のような、薄く透ける暴風リン(今度は本人の姿)が吠えた。その透き通った胸の辺りに、自らを象った首飾りがふよふよと浮いている。今はこれが、頼りないながらも彼の意識体の依代らしい。
よく見るとこの首飾り、ぜ~は~と口が動いている。今叫んだのは、どうやらこいつだ。
だが魂の方が点滅しながら波打っているところを見ると、やはり無理があるらしい。
「や、やってくれたな白の女神……見事な大逆転だ。もう、俺のこの意識体が消えるのも時間の問題だろう……だが!」
暴風リンが両手を上げる。と、いきなり空が暗雲に覆われた。
「こうなったら貴様を道連れにしてやる! まだ俺には神の力が宿っていることを忘れるな! 正真正銘、人間如きは絶対に及びもつかぬ、神の力がな!」
己の消滅が迫っているからか、暴風リンの殺気がケタ違いに鋭く、大きい。
だがア―サ―は怯まず、イルヴィアを背に庇う。
「心配しないで。僕は今、イルヴィアに元気を貰ったから。だから大丈夫」
ア―サ―は暴風リンと睨みあったまま、背後のイルヴィアに言う。
「さ、離れてて。僕は絶対、負けない」
「……はい」
イルヴィアは小さな声で返事をして、ア―サ―を見つめたまま校舎の方へと下がっていく。
ア―サ―が「元気を貰った」といったその時、イルヴィアはイルヴィアでいろいろと「実感」し、そして「確信」していた。
『あの子は、やっぱり女の子……ううん、誰が何て言っても、わたしは……』
充分に距離をとって、イルヴィアは立ち止まった。右側に女神二号、左側に暴風リン。その中央では二人の気迫がせめぎ合い、火花どころか業火となっている。
互いにダメ―ジは甚大、体はボロボロ。だからこそ闘気が極限まで高まっているようだ。
『神様、どうか……』
イルヴィアは祈った。暴風リンが亜空間で供物を捧げた邪神とは違う、こちらの世界の神に。
白い戦装束の戦士に勝利を、と。
「これが神の、本物の神の力だ! どんなにカッコ良く愛だ奇跡だと吠えたところで、人間が神の力に勝てる道理などな――――――――いっ!」
力一杯振り下ろされた暴風リンの両腕に合わせ、暗雲立ち込める空から、滝のような豪雨が降ってきた。
滝のような、というよりあまりの高密度で雨粒が確認できない、もはや水の塊だ。それが降ってきた、というより落ちてきた。
「うわっ……⁉」
強く速く、そして巨大なそれを、ア―サ―はかわしきれず飲み込まれてしまった。何の仕切りもない広い校庭の真ん中なのに、水の塊は崩れもせずにそのまま存在している。
透明なプ―ルの中で溺れているア―サ―を見ながら暴風リンは、
「どうだ! これぞ【台風で洪水で田畑が潰れて大凶作】! 続いて、」
両腕を大きく振り上げた。するとア―サ―を飲み込んだ水の塊が、天地逆転の滝となって上に向かって流れ始める。
何の手がかりもない水の中、じたばたしてもどうにもならずにア―サ―は流れ落ち、ではなく流れ上がっていく。
そして高く高く、校舎の屋上ぐらいまで上がったところで一気に急降下!
「落ちろぉぉっ! 【津波で市街が大崩壊、溺死者多数】だっ!」
水という手によって、猛獣使いの振るう鞭のような勢いで、ア―サ―は地面に叩きつけられた。跳ねて転がって、大量の水に押し流されて。
が、その水はすぐに跡形もなく消滅した。暴風リンが、パチンと指を鳴らしたからだ。
「どうだ! 森羅万象を意のままに振り回して荒れ狂う、これが神の力! 白も黒も超えた、至高の力だっ!」
校庭の隅まで転がっていってしまったア―サ―に向かって、暴風リンが大声で吠えた。
ア―サ―は、まだ倒れている。
「貴様ら人間は木を切り倒し水の流れを変え、多くの生き物たちを絶滅に追いやってきたが、それとて神の足元にも及ばんのだ!」
「……」
「なにしろ神は、人間という種族の誕生以前から、無数の生き物たちを絶滅させてきたのだからな! 善も悪も関係ない、圧倒的な力で! うわはははははっ!」
「……そういう神の力を借りた、か。でも、」
ぐぐっ、とア―サ―は立ち上がった。
その目には、この戦いが始まって以来始めての、勝利の確信が宿っている。
「僕は、勝てる」
重く力強い、ア―サ―の声。言葉。
暴風リンは我が耳を疑った。
「何だと?」
「今の僕なら、勝てる。勝ってみせる」
ア―サ―はラブラブレ―ドを構えている。
立ってはいるものの、膝ががくがくしている。ラブラブレ―ドも、両手で必死に握って、どうにかその重さを支えている様子だ。
「ふん。そんなザマで、何をほざくか」
暴風リンが天を指差した。
すると、そこだけ雲が裂けて眩しい青空が顔を出す。
「じっくりといたぶってやりたいところだが、俺にも時間がないんでな……」
雲の割れ目から、眩しい光が漏れている。
「いくぞ! 吹雪でも津波でもくたばらないなら、これだ! 【全てが干上がり全てがミイラ、猛暑熱射ビ――――ム】!」
その指を振り下ろし、びしっ! と暴風リンがア―サ―を指す。
今度は雲の割れ目から、日の光が降ってきた。だがそれは、生きとし生けるものを暖め育む陽光ではない。湖水を奪い河川を消し去り、全てを枯らせる熱の牙。
それが収束され、高められ、強烈な熱閃となってア―サ―を襲う。だがア―サ―はその場を一歩も動かず、
「――!」
熱閃が確かにア―サ―に命中し、大爆発が起こった。
もうもうと立ち込める煙が爆裂の威力を物語っている。その瞬間に発生した高熱も、相当なものだったに違いない。
なのに、それなのに。
「! な、何っ⁉」
煙の中に、立っている人影が見える。
確かめるまでもない。白の女神だ。
いや、何か違う。手に持っているものが……装束も何だか少し……?
暴風リンは目を凝らしてみた。徐々に晴れていく煙の中、その正体が明らかになっていく。
棒状のものを二本、交差させて持っている。どうやらそれで熱射ビ―ムを受け止めたらしい。
白く美しい刺繍つきの長手袋をはめた右手には、黄金の剣ラブラブレ―ド。
黒く痛そうな鋲つきの皮手袋をはめた左手には、漆黒の杖ドロドロッド。
「……?」




