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「僕が必ず助けます! ですから、気をしっかり持って下さい!」
ア―サ―の声は、届いた者には届いた……が、届いていない者には届いていない。
自分の周りの数百人の呻き声が、あるいは自分自身の悲鳴が、ア―サ―の声を掻き消しているのだ。
依然、圧倒的大多数は何の変化もなく、苦悶の表情を浮かべて転がっている。
「くっ……み、みんな! 聞いて下さい!」
あと何人かでも、と思ってア―サ―は叫ぶ。
だが、二人がそれを止めた。
《もう充分じゃろう、来々世》
《カユカちゃんの言う通りよ、ア―サ―君。気持ちは解るけど早くしないと、その……》
ここにいるよりも、早く外に出て術者を倒した方がいい。それはア―サ―も解っている。
だが、今にも死にそうな悲鳴や呻き声を上げている人々が目の前に大勢いて、声さえ届けばそれが和らぐのだ。それを思えば、この場で叫ばずにはいられない。
そんなア―サ―が動けずにいると、
《来々世! 早うせねば、死なぬまでも精神に異常を来すものが出るぞ!》
エミアロ―ネが言い淀んだ言葉を、カユカが厳しい声で叩きつけた。
「っっ……わ、解った」
《ア―サ―君……》
ア―サ―は、歯噛みして歩きだそうとした。
その時、
「みんなああぁぁっ! このボク様の声を、聞けええぇぇぇぇ――――――――っっ!」
ア―サ―の背後から、びっ! と突き出されたのは白地に赤い丸印の扇子。
ア―サ―が振り向くと、そこにいたのはもちろん彼。自称・世界のお笑いをひっくり返す男、オデックだった。
「あの女神二号ちゃんが今、ここにいる! そしてそして、みんなを助けてくれようとしているぞおおぉぉ――――――――っ!」
オデックは日々の厳しい鍛錬によって、人間離れした声量をもつに到っている。その巨大な声は、全ての窓を破って吹き込んできた台風のように、体育館の全域に力強く広がった。
そして、館内にいる全ての人間の耳の奥の奥まで、ブチ込まれた。
「……た、たすけに、きてくれた……」
「あ、あ、あの、女神二号さん……が、ここに?」
劇的なまでの効果だった。もう、館内には悲鳴も呻き声も、殆ど聞こえない。
あるのはせいぜい、不安混じりのざわめきのみだ。
「疑っちゃ~だめだっ! 信じなきゃ~だめだっ! さぁみんなで呼ぼう、あの子を!」
せ―の、とオデックが音頭をとって、
「に・ご・おおおおぉぉぉぉ!」
大合唱。館内に充満していた幻術の魔力が、一気にヒビ割れていく。
地下拷問室が、人間屠殺場が、薄れていく。
「……オデっ君……」
ア―サ―(今日は黒い衣装を着てていつもより色っぽい、女神二号ちゃん)の、まっすぐな視線が、オデックに向けられた。
それに気付いて、オデックはちょっとポ―ズを決めたりする。
「ふっ。女神二号ちゃん、ここはこのボク様に任せていいよ」
そんなオデックに、ア―サ―は感動の溜息をついて応える。
「かっこいい……オデっ君、英雄してるよ今」
「え、そ、そう? いやはは、光栄だなぁ」
何だか随分本気っぽい、憧れの君からの誉め言葉を賜ったオデックは、ついつい事態を忘れて有頂天になってしまう。
しかしそれは束の間。照れ隠しも兼ねて、より一層元気に叫ぶ!
「ぃよぉ~し、みんな、どんどんいくぞっ! そぉれ、に・ご・お! に・ご・お!」
オデックが扇子を振って叫ぶたびに、二号コ―ルの参加人数はどんどん増えていく。
体育館全体が揺れ、屋根が吹っ飛びそうだ。
これならもう、何の心配もない。
「ありがとう、オデっ君! よ~し、僕もやるぞっ!」
ア―サ―は壁に向かって右手を大きく振り被った。手には何もないが、まるでボ―ルを投げるように。
と、その手に炎が灯って、
「メラメラボ――――――――ル!」
炎の塊がア―サ―の手から放たれて、命中、爆発! 壁に大きな穴が開いた。
「よし、待っててねみんな!」
ア―サ―は、怒涛のような二号コ―ルを背に受けながら外へ出た。
と、即座に壁の穴は埋まってしまう。
「あっ?」
《術者が閉じたのじゃ。当然じゃろう》
やはり、戦って倒さなくてはみんなを救えないということらしい。
壁が閉じてもその向こうから聞こえてくる、二号コ―ル。みんな今、信じて合唱して待っているのだ。
気を引き締め、ア―サ―は辺りを見渡す。空は一面の赤黒い雲が渦を巻いていて、太陽も見当たらず、いかにも異世界な雰囲気だ。
が、今立っているのはホワイトワ―ズ中学の校庭。小学校も裏山も見える。
空以外は普通の風景だ。空だけが……と思って見ていると、ア―サ―の目に体育館の屋根が映った。そこに立っている何者かの姿も。
「! あいつかっ!」
ア―サ―は身構える。
ア―サ―が気付いたことに向こうも気付いたらしい。その者、暴風リンが声をかけてきた。
「お前、何者だ? 確かにあの机ゴンを倒した奴と同じ顔だが……しかしその出で立ちも、今の黒魔術も、白の女神とは思えんが」
黒い白の女神? 何なんだその笑い話は。
だがそんな暴風リンの疑問に、もちろんア―サ―はつきあう気などない。
「どうでもいいだろ、そんな事! さっさと降りて来いっ!」
「ああ、それもそうだな」
暴風リンは考える。今さっき、足元(体育館の屋根)を揺るがす叫び声と同時に、体育館から立ち上る恐怖が激減した。よく聞いてみれば、その声は「に・ご・お」。机ゴンの時と同じ言葉だ。
そして今、魔術で壁を砕いて出てきたのは、衣装こそ違えど確かにあの時の少女。
「やはりお前は白の女神、か。ならばこの暴風リン様としては、倒すしかないな」
風を司る偉大なる最強モンスタ―暴風リン(自分)を象った首飾りを、ちょいと指でひと撫でして。
暴風リンは屋根を蹴って跳んだ。虹のように大きく弧を描きながら空中回転、グラウンドの中央に華麗に降り立って、ア―サ―を手招きする。
「さあ、来い。中にいる連中を巻き添えにしたくはないだろう? 俺とて、まだあいつらに死なれては困る。大切な供物だからな」
「……!」
ア―サ―が走った。走りながら虚空からドロドロッドを取り出して構える。
ロッドの先に象られた髑髏に、パリッ……と幾筋かの電撃が宿った。




