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三人の背後で、轟音と振動が一発轟いた。
巨大な机が天から降ってきたのか、それとも鏡か、とア―サ―が振り返る。イルヴィアとオデックも振り返る。
そこにあったものは……
「た、体育館が?」
訂正。そこになかったものは、体育館。たった今三人が出てきた体育館が、きれいさっぱりなくなっているのだ。
爆発して吹っ飛んだとかではない。煙も土埃も立っておらず、地面が抉れたりもしていない。とにかく体育館が消滅したのである。中にギッシリと詰まっていた七百人もろとも。
『……!』
「あっ、あ~くん⁉」
まだ貧血から回復しきってはいなかったが、ア―サ―は二人を振り解いて走った。
そして体育館があった場所まで来ると、そこに何もないのは解っていたが、中央に立って見渡してみる。
もちろん、何も見えない。
次に、何か手がかりがないかと思ってしゃがみ込み、地面に触れてみる。
それでも、何もない。
「やっぱり僕には何も解らないか……どう?」
下を向いたまま小声で、ア―サ―は聞いた。
にょこにょこ生えながら、上から回答がくる。
「あれとあれとあれとあれ、ね」
とエミアロ―ネが順番に指さしたのは、体育館の跡地の四隅に生えている、背の高いヒマワリ。一見、何てことのないヒマワリだ。
だが言われてみれば、あんな所にあんなものは生えていなかったはず、とア―サ―は気付く。
「あれのせいで、ここが転送魔術の結界になってるわ。ああいうのは作動の瞬間以外は殆ど魔力がないから、不覚にも気付かなかった」
悔しそうなエミロ―ネの説明をカユカが繋ぐ。
「じゃが来世よ。これほどの建造物、そしてあれほどの人数を瞬時に飛ばしたとなると、かなりの術者ということになるのう」
「ええ。今度はかなり、高位のデコロスモンスタ―みたいね。相当な魔力の持ち主だわ」
「そして、それこそがアダとなった」
「え?」
エミアロ―ネが上を向き、カユカが得意げに笑う。
「魔力の強さが災いして、目には見えずとも痕跡がはっきりと残っておるわ。どうやら行き先は敵の創った亜空間のようじゃが、追跡転移は可能じゃぞ」
「追跡転移って……できるの? そんな術を、貴女一人で?」
自信たっぷりに、カユカは頷く。
「ヨの、いや、我がジャゴックの真っ黒魔術をもってすれば造作も無い」
「本当に? それって凄いわよ、カユカちゃん」
エミアロ―ネは感服の声を上げた。白武術はその名の通り武術なので、専門は肉弾戦だ。こういうことには向いていない。まして追跡転移といえば、黒魔術の中でも最高レベルの難度を誇るものである。
そういえば昔はこういう時、仲間の黒魔術師さんたちに頼んでいたな……とエミアロ―ネは前世を思い出し、懐かしんだ。
『それが今度は、まさか来世に来て、自分の前世に頼むことになるなんてね』
これで、やるべきことは決まった。
ア―サ―が立ち上がる。
「よしっ。じゃあ早速、」
「あ~くんっ!」
慌ててア―サ―を追いかけてきたイルヴィアが、ア―サ―の腕を掴んだ。
「危ないでしょ、こんな所にいたら! 何があるかわからないのよ!」
気迫に満ちた声で、イルヴィアはア―サ―を怒鳴りつける。イルヴィアにしてみればこれは、最近立て続けに起こっている怪事件がまたしても……であるからア―サ―を心配するのは当然のことだ。
イルヴィアにこうされると、ア―サ―は逆らえない。
「あ、ご、ごめん」
「多分、またあのデコロスモンスタ―って奴の仕業よ。ほら、早くっ!」
イルヴィアは必死の形相で、体育館の跡地からア―サ―を引っ張り出した。
そこにはオデックがいる。
「う~むイルちゃん、その通り。こいつはまたまたデコロスさんの仕業だろう。が、」
ばっ、とオデックはいつも通り、白地に赤丸扇子を広げてみせる。
「みんなのことは心配無用。きっとまたまた我らの希望、我らの女神が来てくれるさ」
「女神二号さんが?」
「当然。だからここは、大人しく待っていよう。イルちゃんの言う通り、どこで何が起こるかわからないんだし」
オデックがア―サ―に、同意を求めて視線を向ける。
ア―サ―はすかさず、その視線を受け止めてイルヴィアに流した。
「そうだよイルヴィア。きっと女神二号さんは来てくれる。だからここで待っていよう。ね?」
ア―サ―はイルヴィアに考えるヒマを与えず、ぽんっ! と手を打った。
「あっ、そうだ! 僕ちょっと、その辺を探してくるよ。もしかしたら女神二号さん、道に迷ってたりするかもしれないし」
「迷うってあ~くん、女神二号さんは最初、この学校に来て……あれ? そういえばあの時、校舎から出てきたような気が」
「じゃ、じゃあそういうことで! オデっ君、イルヴィアと一緒にここで待っててねっ!」
ぴゅう、とア―サ―は駆け出した。
「あ、あ~くん?」
止めようとしたイルヴィアの手が空を掴む。
ア―サ―の姿は、校舎西側の山の中へと消えた。
学校の裏山、という言葉のイメ―ジ通り、この山はそれほど大きなものではない。山というより、丘といった方が適切だ。
それでもそれなりの高さはある。頂上まで来れば、足元に校舎と校庭が一望できる。
そんな裏山の頂上まで一気に登って来たア―サ―は、少し息を切らせながら体育館の跡地を見下ろし、確認する。
「こうして見ても、信じられないな。本当に体育館を丸ごと転移させたの?」
「うむ。それは間違いない」
と、カユカ。
「よく聞け来々世。先程も言うたが追跡転移の行き先は敵の創った亜空間。いわば敵の陣中、敵のナワバリじゃ。そんなところで戦うことになるのじゃから、決して油断するでないぞ」
「……うん」
ア―サ―は緊張した面持ちで頷く。
「では、ゆくぞ来々世」
「しっかりね、ア―サ―君」
カユカが、エミアロ―ネの中に引っ込む。
エミアロ―ネが、ア―サ―の中に降りる。
そしてア―サ―は、目を閉じる。
「……」
三度目なので、もう要領は掴めた。精神を集中させて、自分の中、心の奥、魂へと意識を向ける。
すぐに、両手の甲に光が灯った。【力】が発生した感覚。ア―サ―は少し目を開け、それを見てみた。
そこには、髑髏に毒蛇が絡んだ毒々しい紋章が描かれていた。おそらくこれが、ジャゴックの紋章なのだろう。白武術のそれとは全く対照的な、カユカには悪いがかなり不気味なデザインだ。
光と影。善と悪。白と黒。そういう両極端な力が今、前世・前々世としてア―サ―に宿っている。
そういう只事ではない状態を、今はっきりと実感させられた気分だ。
『……でもこれで、みんなを救える……いや、救わなきゃいけないっ!』
決意を込めて、ア―サ―は呼んだ。
「――前々世――!」




