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頭上輪廻戦士アーサー  作者: 川口大介
第三章 善き心、屈するとき
19/41

 

 鏡の牢獄をどうにか抜けたア―サ―が、死ぬような思いで走って走ってやっとイルヴィアを見つけた時。

 イルヴィアの前に鏡メバンシ―が立っていた。イルヴィアの両肩を掴み、顔を覗き込むようにして、三つの目を怪しく明滅させている。

 それをイルヴィアは、精気のない目で見つめていた。だらりと下げられた両腕、小さく開けられたまま何の言葉も出て来ない口……誰がどう見ても一目瞭然だ。

 イルヴィアは今、鏡メバンシ―に何かの術をかけられている!

「イルヴィアから離れろおおおおぉぉっ!」

 絶叫して突進しながら、ア―サ―は必殺の気迫を込めて拳を繰り出した。

 だが鏡メバンシ―はそれを大きく跳んでかわし、そのまますぐそばの家の屋根に立つ。

「逃がすかっ!」

 ア―サ―はすぐさま、鏡メバンシ―を追いかけようとした。が、その視界の隅に、今にも倒れそうなイルヴィアが映ったので、

「っ、と!」

 慌てて両肩を掴んで支えた。

「イルヴィア、大丈夫? 僕のこと判る? ほら、僕、ア―……じゃなくてその、女神二号だけど、」

「……」

「しっかりして、イルヴィアっ!」

「……」

 頼りなく虚ろな、朝もやのようにぼんやりとしたイルヴィアの瞳。だがア―サ―が肩を掴んで揺さぶり、呼びかけていく内に、だんだんとその瞳に色が戻ってきた。

「イルヴィア? イルヴィア、しっかりっ」

 イルヴィアは徐々に、その視線の焦点を目の前にいるア―サ―に合わせていく。

 やがて、それがア―サ―(女神二号)だと解ると、無言で右手を上げた。そして、


 ぱぁん!


 ア―サ―の頬に、平手打ちを一発。

「……わたしに触らないで」

 確かにイルヴィアには違いないが、イルヴィアとは思えないくらい、重く低い声。それで思わず固まってしまったア―サ―の手を、イルヴィアは肩を乱暴に振って払いのけた。まるで、汚らわしいものだと言わんばかりに。

 その目には冷たい憎しみが宿っている。

「イ、イルヴィア?」

 たじろぐア―サ―。だがこれは、エミアロ―ネにとっては予想通りのこと。

《まともに聞いちゃだめよ、ア―サ―君。イルヴィアちゃんはもう、》

「わたしは既に、鏡メバンシ―様の二段目の催眠術を受けたの」

 エミアロ―ネの言葉がア―サ―に届くのを阻むかのような、イルヴィアの視線と声。それはア―サ―の心を、冷たい刃で少しずつ斬りつけていく。

「どういうことか解る? わたしはもう、いつだって自殺でも何でもできるのよ」

「そ、そんなこと、僕がさせないっ!」

 ア―サ―は、余裕こいて屋根の上にいる鏡メバンシ―に跳びかかろうとする。だが、その肩をイルヴィアが掴んで止めた。

 そしてあくまでも冷たく、

「まだ解らないの? あなたは既に、わたしを護れなかったのよ」

 イルヴィアは言い切った。

 ア―サ―の動きが止まる。

「わたしはもう、いつ死んでもおかしくないの。既に殺されたと言ってもいいの。どうしてそうなったと思う?」

「だ、だからそれは、鏡メバンシ―の術で」

「その原因は? 誰かさんの心の中に、わたしが弱点として刻まれていたからよね?」

「……う」

「だからわたしは狙われた。なのにあなたは、わたしを護ってくれなかった……」

 イルヴィアの声のト―ンが落ちていく。

 ア―サ―の気持ちも落ちていく。

《さっきと同じパタ―ンよ、これ! ア―サ―君、もちろん解ってるわね? これはイルヴィアちゃんの本心の言葉じゃなくて、鏡メバンシ―の、》

「解ってます……けど、」

 ア―サ―の顔色が悪い。

「言ってることは正しいというか……反論できないというか……」

《だから! 反論なんかする必要はないの! さっきも言ったでしょ、あなたが憧れるべき、かっこいい英雄っていうのは、》

「ですから……僕は、」

 イルヴィアの視線に耐えきれず、ふらりと一歩、ア―サ―は後ずさる。

「何の取りえもなくたって、背が低くたって、護るべきものを護って戦うぞって……さっきは、そう決心したんです。でも結局……」

《悩んじゃだめっ! 今は、目前の敵のことだけ考えて! でないと、》

 スタッ、と音がして鏡メバンシ―がイルヴィアの背後に着地した。その三つの目が、イルヴィアの肩越しにア―サ―を見ている。

 そしてイルヴィアの背を、とん、と押す。押されてイルヴィアがア―サ―に近づく。

 近づきながら言葉を突き刺す。

「あなたはもう、わたしにとって、昨日までのあなたとは違う」

「……えっ……」

《聞いちゃだめっ! ア―サ―君!》

 イルヴィアの、トドメの一撃がきた。

「今わたしは、あなたのことが…………大っ嫌い」

「っっ!」


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