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頭上輪廻戦士アーサー  作者: 川口大介
第三章 善き心、屈するとき
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 町で一番大きな本屋、ぶっくらんど。その屋根の上。

 そこに人間型の女性モンスタ―がいた。

「さぁて、どこにいるの? 白の女神さん」

 長い髪と薄いベ―ル、ドレスもヒ―ルも全てたっぷりと埃を被り、見事な灰色。体そのものは普通の人間だが、蛇のように二つに割れた長い舌が、シルシルと唇の隙間から出入りしている。

 他に印象的なのは、精気のない肌とは対照的にやたらとギラついている凶悪な目。額にも一つあるのと合わせて、合計三つある目だ。

 が、彼女の最大の特徴はベ―ルを突き破って脳天に生えている小さな鏡。鏡=デコロス=ミツメバンシ―。略して鏡メバンシ―である。

「案外、もう一段目にかかっているのかな。だったら街の連中もろともまとめて、二段目を仕掛ければ始末できるわね。落ち込み度を一気にアップ、で世を儚んで集団自殺、と」

「させるか――――――――っっ!」

 

 どこぉぉん!


 裏手にある金物屋の屋根から、お持ちかねの白の女神が飛来した。

 振り向く間もなく後頭部に喰らった強烈な跳び蹴り一発で、鏡メバンシ―は屋根から落とされて大通りに落下する。

 白の女神、ア―サ―も蹴った勢いそのままに鏡メバンシ―を追って着地した。

「エミアロ―ネさん! こいつをやっつければ、二段催眠とかいうの解けますよね?」

《ええ。あの鏡メバンシ―を倒して魔力の源を断てば、この落ち込み空間が解除されて、みんな元に戻るわ》

「よぉし!」

 ぐっ、とア―サ―が身構える。

 バカバカしいとばかり思っていたこの異常現象に、集団自殺なんてものが仕組まれていようとは。かくなる上は一刻も早く、こいつを倒して術を解かなくてはならない。

 鏡メバンシ―は、ゆらりと立ち上がって、

「……この辺にいる、としか判らなかったからなぁ。まだかかってなかったのね」

 力のない動きで、ゆっくりと振り向いて、

「まあいいわ。まだ子供みたいだし、覚醒も不完全みたいだしね。単純な落ち込みの術には耐性があるみたいだけど、それならそれで」

 右足を少し後ろに引き、トン、と爪先で地面を叩いた。

「切り開けば済むことだし」

 

 ぼこっ!


 突如、ア―サ―の目の前に鏡が生えた。

「わっ?」

 丁度、ア―サ―の全身が映るぐらいの大きな鏡だ。もちろんそこには白い戦装束の美少女、ア―サ―が映っている。

 だが、これが何だというのか。鏡よ鏡よ鏡さん、この世で一番美しいのはだ~れ? とでも言ってほしいのだろうか。

 などとア―サ―が考えたその時。

「……身長が……」

 鏡の中の虚像ア―サ―が勝手に動き出して喋り出した。

 自分の右手を広げて、頭の上にのっけて。ぽつりと。ぼそぼそと。

「身長が……欲しいなあ。もう少しでいいから。ぱっと見で少し差が判るだけでいいから」

「差が判る? って?」

 ア―サ―は思わず鏡に向かって聞いてしまった。だが虚像ア―サ―は本物とは視線を合わせず、まるで独り言のように答える。

 誰に対してでもなく、自分自身に言っているかのように。

「イルヴィアと並んだ時に、ほんの少し差があると判る程度でいいんだけどなあ」

「!」

「今のままじゃ、差が判るとしたって……むしろイルヴィアの方が……」

 ぴし、とア―サ―の心にヒビが入り、精神に傷口が開いた。

 胸の中で落ち込みム―ドが高まってくる。

《ア―サ―君! そんな奴の話、聞いちゃだめっ! 早く、その鏡から離れて!》

「……あっ。は、はい……」

 横に一歩、踏み出そうとしてア―サ―は気付いた。

 いつの間にか全身から力が抜けている。というか、体が重い。何か、ずっしりと重い物を担がされているような。

 とア―サ―がまごついている間に、虚像はまたぼそぼそと。

「何年生からだったかな……男子と女子の身体測定が別々になったの。おかげで身長がバレなくて済むって、ホッとしたなあ……」

「……うっ」

《ア―サ―君っ! 聞いちゃだめって言ってるでしょ! 早く逃げて!》

 エミアロ―ネの声が、もう遠い。

「身体測定が男女別々になったのは……」

 虚像が、ア―サ―の方に向き直って言った。

「そう、あの頃だったから……正にグッドタイミングだった……よなぁ?」

「……うん。あの頃、僕は自覚を……」

 今度はア―サ―の方が、虚像と視線を合わせようとしない。

「自覚を……した……僕の方が、イルヴィアより……」

「うんうん」

「背……が、ひく……」

 のしかかる重みは、身長差の重み。

 嗚呼、そういえばそういえば。今でこそ真面目に勉強していいとこに就職、なんて考えてるけど、昔はやっぱり、英雄に憧れていた。イルヴィアが男の子たちに混じって、一緒に泥んこになって遊んでいたあの頃……

《ア―サ―君っ! ア―サ―君ってば!》

 そりゃ、知識としてイルヴィアが女の子だってことは知ってた。だからイルヴィアに頼んで、憧れのお姫様だっこに挑戦してみた。けどできなかった。重かった。

 で宣言した。大きくなったら絶対、かっこ良くお姫様だっこしてみせるって。

 今なら、体力的には不可能ではないかもしれない。けど、できない。

 だって。差がないとかっこ悪い。

 いや、差はあるか。但し、逆の方に。

「ぎゃくのほうに……ぎゃくの……」

 ア―サ―は、突っ立って俯いてぶつぶつと。

《こらああああぁぁっ! 普通このテの術は、もっと深刻な、例えば不治の病で助けられなかった恋人とかそういう話題(?)で、かけられるものなのよ⁉》

 エミアロ―ネが叫ぶ叫ぶ。

《それを、たかが身長なの? 貴方はっ!》

「……エミアロ―ネさんは背高いですし……それに多分、この気持ちは女の人には解らないものですよ……男の子でないと……」

「そりゃ女には理解できないさ。男の子として、背が足りないことの深刻さは」

「うん……うんっ」

 鏡と向かい合って、ア―サ―は涙ぐむ。

《だ・か・ら! そんなことで涙ぐんでる場合じゃないっていってるのっ!》

「……そ、そんなこと、って……ひどい」

「辛いよなあ、切ないよなあ、見上げなきゃいけないってのは。夕陽に染まって頬染めて、せっかく目を瞑ってもらっても、見上げるんじゃなくて見下ろされてしまったんじゃ、絵にならないこと甚だしい」

「……う、うぐぅぅっ」 

 ア―サ―の心に開いた傷口が、どんどん大きくなっていく。


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