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頭上輪廻戦士アーサー  作者: 川口大介
第三章 善き心、屈するとき
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 誰かを殺したいほど憎む時がある。

 例えば恋敵を。例えば商売上のライバルを。あるいは自分に恥をかかせた者を。あるいは何となく気に食わない者を。時には友人でも。時には親兄弟でも。

 そんな気持ちが腹の中に積もり積もると、ドス黒いモノがドロドロと渦を巻く。渦を巻くと人々は、ある場所に集まってくる。

 ぶっ殺してやる、奪ってやる、壊してやる、潰してやる、火ィつけてやる、などなど。

「あそこへ行くぞ、俺は」

「あそこへ行けば、あたしは……」

 みんな集まる。ドス黒いのが集まってくる。

 悪しき思いの集う場所。

 黒い思いが溢れる時間。

 その名は、ジャゴック。

 

「う~っ……な、何なんだ……?」

 朝。いつもより少し早く、タヌキ柄パジャマのア―サ―は目を開けた。

 窓から差し込む朝陽が眩しい。今日もお日様はぽかぽか燦々、いい天気のようだ。

 が、そんな天気とは裏腹に何やら不吉な夢を見てしまった。不吉というか暗いというか不気味というか。

 ベッドの上で体を起こし、頭を振ってみる。目は醒めてきたが、どうも気が重い。

「おはよう、ア―サ―君」

 頭に、にょこ、と女神様がお生えになられた。もわもわ髪(寝ぐせ)なア―サ―と違い、こちらはキラキラサラサラ、いつもながらの見事な黄金の髪。白い戦装束ともども朝陽を浴びて、目映く輝いている。

 さすがは教科書に出てる白の女神、エミアロ―ネである。

「あ、おはようございます。あの……」

「ん?」

「なんだか、凄い夢を見たんです」

 エミアロ―ネの「にょこ」にはもう慣れたので、ア―サ―は動じない。律儀に挨拶を返してから、ひどく夢見が悪かったことを語った。自分が参加していたタイプではない、神の視点での夢だったのだが、その内容が尋常ではなかった。

「誰かを傷つけたいとか殺したいとか、そういうことを考えている人たちが集まって」

「物騒な話ね」

「三十人ほどいたかな。全員黒いロ―ブをすっぽりと被って、顔を隠してるんです」

「怪し過ぎるわね」

「暗い地下室で、いかにも邪神って感じの像を崇めてて。像の前には、これまたいかにも大神官って感じの人がいて。やっぱり顔は隠してるんですけど」

「どこまでいくの、その怪しげ話は」

「いえ、これだけです。大神官の人のセリフとか、みんなが祈りの後何をしたかとか、そういうのは覚えてなくて」

 一つ、はっきりと覚えているのは、そこが【ジャゴック】であること。殺すだの壊すだのと喚く人々の集まる場所、あるいは儀式、もしくはその教団(?)の名。それがジャゴック。

 邪神像に、そして大神官に、人々のドス黒い想念が濁流のように流れ込み集中していた。正しくあれこそ【悪しき思い】の聖地。そんな夢だった。

「妙に鮮明で、生々しい夢でした。僕の場合時期が時期ですし、予知夢か何かだったりしないかって不安なんですけど」

「なるほど。確かにその可能性はあるわね」

 エミアロ―ネは考える。

 一昨日の夜、エミアロ―ネは初めてア―サ―と会話をした。

 そして昨日、初めてア―サ―は前世の力、白の女神エミアロ―ネの力を引き出して戦った。

 それらを経ての今朝だ。一日二日で大幅に転生前の能力を覚醒させたア―サ―のこと、一時的に何か不思議な力を発揮してもおかしくない。その場合は、エミアロ―ネにない能力が発現することもあり得る。例えば予知夢とか。

 だが、だとしても【ジャゴック】とは?

「う~ん。全然、聞いたこともないわね」

「黒の覇王と関係は?」

「あったら思い出すわよ」

 それもそうだ。前大戦当時、おそらく世界中の誰よりも【黒の覇王】とその配下について詳しかったのは、最前線で最深部で戦い抜いた、白の女神エミアロ―ネに違いない。そのエミアロ―ネの記憶にないということは、やはり黒の覇王とは無関係なのだろう。

 ア―サ―は結論づけて笑顔になる。

「じゃ、ただの悪夢ですね。ふ~良かった」

「……」

「黒の覇王とは無関係の、新たな敵組織が出現、なんてことはないですよね。たった一回戦っただけで、そんなムチャクチャな。いくらなんでも。あはははは」

「……」

「……、じゃなくてぇえぇえ」

 ア―サ―のムリヤリな笑顔が壊れた。

「エミアロ~ネさんっ、お願いですから否定してくださいよおぉぉ」

 ア―サ―は、ほろほろと泣いた。

 だがエミアロ―ネは真剣な顔で言う。

「貴方がただの夢だと思えなかったのなら、多分その通りよ。貴方自身が言った通り、時期が時期だもの」

「ぅぐおおぉっ」

「でもねア―サ―君、考えてみて」

 トドメを刺されて泣き苦しむア―サ―を勇気づけるべく、エミアロ―ネは説明した。

「例えばその夢には続きがあるとか。地下室に誰かが乗り込んできて、そこの連中をやっつけちゃう、と。たまたま貴方が途中で目覚めちゃっただけで」

「は、はあ」

「本当は味方の存在を知るための夢だったのが、目覚めのタイミングのせいで敵だけ見たところで目を覚ましてしまったのよ」

 だとしたら、かなり役に立たない予知夢だ。

『けど、それぐらいが僕には分相応かな。役に立つ予知夢なんて、高望みか。ふっ』

 ア―サ―、いじいじ。

「あ。ア―サ―君今、イジけてるでしょ」

「イジけてませんよっ」

「嘘。イジけた顔してるわよ」

「イジけてませんてばっっ」

 胎児の時から見られているエミアロ―ネ相手にゴマかしても無駄なのだが、それでもア―サ―はゴマかした。

 男の子としての意地というやつである。


「あれ。どうしたのあ~くん? イジけた顔しちゃって」

 ずべしゃっ、と見事なまでにア―サ―はコケた。今朝はウナが朝練で早いため、イルヴィアと二人っきりの通学路。その出会い頭に言われてしまった。

 いい加減、自分が情けなくなってくる。

「べ、別に、イジけてなんか」

「そう? 何だかそんな感じなんだけど」

 赤ちゃんの時から一緒に遊んでたイルヴィア相手に以下同文。

「ウナちゃんに何か言われたとか、そういうことじゃないの?」

「違うっ。そんなことは何も、ないよっっ」

 ア―サ―は断固否定する。するとイルヴィアは、

「ねえ、あ~くん」

 たっ、とア―サ―の前に廻り込んで通せんぼした。

 そして、ア―サ―をじっと見つめる。

「昨日も言ったけど、今あ~くんが悩んでること、わたしに言えるようになったらいつでも言ってね」

「……う、うん」

 ア―サ―は曖昧に頷く。

「言いにくいことみたいだけど、わたし絶対、誰にも言わないから。もちろん、ウナちゃんにだって言わない」

「……ありがと」

 悩んでいるというか何というか。ウナに対しては怪しげな新興宗教疑惑を抱かれているだけのことで、これだけならむしろばかばかしい話だ。ウナも「おに―ちゃんは更正してくれる」という兄への信頼に基づき、一応秘密にしてくれているようだし。

 だが、「ア―サ―は前世野郎(?)だ」という噂が広まれば、どこで敵に嗅ぎつけられるかわからない。そうなればウナやイルヴィアが直接狙われる可能性がある。

 情けないんだか緊迫してるんだか、何とも複雑な状況だ。


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