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頭上輪廻戦士アーサー  作者: 川口大介
第一章 女神様、生える
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「こらっ。聞いてるの?」

 ぺち、と黒髪ぼさぼさの頭を暗記カ―ドの束で叩かれて、ア―サ―は我に返った。

 ここは治安の良さで知られるホワイトワ―ズの町。その中でも特に人通りの多い、中央商店街だ。今も夕食の買い物をする主婦や遠くから来た隊商たちなどで賑わっている。

 そんな中をア―サ―は今、同級生と二人で下校の道中。歩きながらテスト勉強をしているところなのであった。

「ご、ごめん。ちょっとその、将来について考え事をしちゃって」

「将来?」

 呆れた顔で呆れた声を出したのは、蒼い髪をポニ―テ―ルにした少女イルヴィア。十二という歳の割に発育の良いことが窺えるその胸元には、ホワイトワ―ズ中学一年五組の名札がある。

「あ~くん、ちゃんとわかってる? もうすぐ中間テストだってこと。中間テストと期末テストの結果はこの先の進路に大きく響いて……」

 ぼんやりしてるア―サ―が、しっかりしてるイルヴィアに叱られる。このパタ―ンは二人で手を繋いで幼稚園に通っていた頃から変わらない。

 イルヴィアの綺麗な目。その、意思の強さと正義感を象徴しているような瞳に睨まれると、ついア―サ―は姉に叱られる弟になってしまうのだ。

 しかもア―サ―は男の子としては小柄なので、身長はイルヴィアとほぼ同じ。いや、イルヴィアの方が少し高かったりする。これがなかなかツラい。

「じゃあ次、歴史ね。あんまり自信ないって言ってたでしょ」

「……うっ」

 ア―サ―が俯く。歴史が苦手というより、歴史の先生が迫力満点で怖いのだ。

 だからテストにも自信が持てない。などと考えていると、ア―サ―の黒いタレ目が、潤むとまではいかないが憂いを帯びる。そうなるとまたイルヴィアが、

「ほら、シオれてちゃだめ。シオれる暇があったら、一つでも覚えなさい」

「……うん」

 ア―サ―は頷いた。確かに今はシオれている場合ではない。頑張って勉強しなくては。

 なにしろイルヴィアは自分の勉強時間を犠牲にして、付き合ってくれているのだから。

「じゃ、まず白の女神の大戦について」

「界歴六百……じゃなくて、界前六百六十年。白の女神が黒の覇王を倒し、地上界を救う。以後、黒に属する異形の者たちは地上から姿を消し……」

 テスト勉強に励むア―サ―とイルヴィアが、戦斧を抱えた傭兵の一団とすれ違う。その向こうでは灰色のロ―ブを纏った老人が、やたらと陽気に魔力増幅器の実演販売をしている。

 今日もホワイトワ―ズの町は平和であった。

 

 日が落ち、夜が更けた。でもテスト勉強は終わらない。

 ア―サ―は二階の自室でランプの光に照らされ、パジャマ姿で机に向かっていた。

「う~、眠いなぁ」

 好きな小説とかを読んでいれば、いくら夜更かししてても眠くならないのに(翌朝学校に行けば眠くなるが)。ことが勉強だと、どうしてこうも違うのか。謎だ。

 と悩んでも、事態は好転しない。なのでア―サ―は目をごしごし擦って、睡魔との熾烈な戦いを続行した。

「ん……」

 ふと、左手にある窓の外に目をやれば、お隣さんの二階の窓が見える。ここと同じように、明かりの灯っている窓。あれは、イルヴィアの部屋の窓だ。

 イルヴィアも今、同じように睡魔と死闘を繰り広げているのだろうか? いや、きっとイルヴィアは、勉強しても眠くなったりはしないのだろう。こんな自分なんかとは違って。

『はぁ。ほんと、考えれば考えるほど……だなぁ』

 ア―サ―は自らを省みてイルヴィアと比較するたび、トホホと思う。

 勉強のデキは人並だと思う。だがイルヴィアは、きっぱり人並以上だ。

 ではスポ―ツはというと、こちらは人並以下だと自覚している。けどイルヴィアは、これまた人並以上なのだ。

 情けない話だが、体育の時間にやっている剣術や格闘術で、イルヴィアと試合して勝てる自信は全くない。もちろん、学校で男子と女子が試合することなどないのだが、クラス対抗戦などでの彼女の活躍ぶりを見ていれば、そう判断せざるを得ない。

 そして、何より大きな問題として身長が……

「って、えぇ~いっ! んなことウダウダ考えてる場合じゃない!」

 ぶんぶんっと頭を振って、ア―サ―は暗い考えを振り払った。

 今はとにかく目前に迫ったテストのこと! 普段の成績が何だ、剣術の試合が何だ、まして身長が何だ! 今度のテストでは、絶対イルヴィアに勝つぞ! 頑張れ僕っ!

 と決意を固めたア―サ―が、机の上に立ててある鏡、そこに映る自分に向かって気合を入れた、正にその時。

「ん?」

 ア―サ―は鏡に映る自分の姿に、違和感を覚えた。

 頭の形が、何か変だ。頭のてっぺんが盛り上がっているような……いや、違う。頭に、まるで寄生したキノコのように、何かが生えてきている?

「え、えっ? 何?」

 ア―サ―は鏡に映った自分をじっと見つめたまま、金縛りになってしまった。

 自分の手で頭に触り、モノを確かめなくてはと思うのだが、怖くてできない動けない。額に汗が浮かび息は詰まり動悸も激化、沈黙のパニック状態に陥ってしまう。

『う、うわ、うわわ、どどどどうしよっ』

 だがそれでも何とか目を逸らさずに(逸らすことができずに)見ていると、頭に生えてきたモノが何なのかわかってきた。

 どうやら何者かの頭らしい。帽子か冠か……いや、尖がり具合からしてどうやら兜っぽい。といっても頭全体を覆うタイプではなく、どちらかというと鉢金に近いもの。形からして、どうやらこの人物(人物、と言っていいものか?)は今、後ろ向きになっているようだ。

 と考えているうちに、鏡に映るそれはどんどん伸び上がっていく。次に来たのは鉢金の中に見えていた頭の、長い髪。だがやはりこちらを向いていないので、ア―サ―には顔面ではなく後頭部、後ろの髪しか見えない。

 なのだが、それを見たア―サ―は思わず、

「……綺麗……だなぁ」

 その髪の、あまりの美しさに溜息をついてしまった。

 天上界を流れる黄金の河のよう……などと、見たことのないものにしか例えられない。まるでレ―スのカ―テン越しに差す朝日のような、幾条もの光の束。

 そんな、揺らめき輝くキラキラサラサラの髪に、ア―サ―はただただ見惚れてしまう。その髪の主が、自分の頭から生えているのだという異常現象すら忘れてしまうほどに。

 兜、髪ときて次は肩から背中。とはいえ長い髪が覆い隠しているため、体はほとんど見えない。体格の華奢さからして、女性なのは間違いないようだが。

 ここにきて、ア―サ―は気付いた。この人、どこかで見たような。それもつい最近見たような。

『ん、えと、あれ? 何だか、嫌な思い出と重なっているような気が?』

 と、ア―サ―が正気を取り戻しつつも妙な感覚に襲われたその時。

 上半身をほぼ完全に出した彼女が、ゆっくりと振り向いた。

 刃のような鋭い目じりと、母性を感じさせる柔和な瞳とが、凛々しさと優しさを同時に感じさせる。新雪のような白い頬と薔薇のような朱色の唇が、見事に対照的で見ていて眩しい。

 髪から抱いていた印象に違わず、本当に綺麗だ。息を呑んでそのまま息の再開を忘れてしまいそうなほど、神々しいまでに美しい。

 髪を見ただけで溜息をついていたア―サ―は、もう身も心もとろけてしまって、

『うぅわぁぁ……』

 感動の渦の中にいた。何とも言い難い人間離れした美しさ……もちろん、人間でないのは最初から明らかだったが。

『……って、ちょっと待て。じゃあこの女性は一体?』

 彼女のあまりの美しさに頭がマヒしたおかげ(?)で、ア―サ―は落ち着くことができた。なので冷静に考えてみた。自分の頭から生えている、この謎の美女の正体は?


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