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 夏休みが明け、新学期が始まる。桧原にとってはあまりにも腰が重い登校日。不登校から復帰し登校するようになったとはいえそれも一ヶ月前という今や遠い昔。補習には行っていたとはいえそれも一ヶ月近く前であり、生徒もほとんどいなかった状況。毎日教室を埋め尽くすクラスメイトたちと二学期丸々、約四ヶ月を過ごすと思うと今から気が重かった。とはいえここで休んではまただらだらと不登校生活が続いてしまう。そうなれば留年ももはや他人事ではない。せめて高校は卒業しなければ。漫画家にだってなれる保証などどこにもないのだから。楽しいことだけ、楽しいことだけ考えて、とまだ夏の暑さが残る街中を歩く。


 楽しいこと。楽しいことっていったって、学校にはそんなものはない。嫌なことばかり。楽しいことといえば漫画、アニメ、ゲーム、創作。すべて家にあるものばかり。それなのにわざわざ学校へ行く理由。楽しいことなんて……


 ふと、金田のあのヘラヘラ笑った馬鹿面が思い浮かんだ。そうして一瞬ふっと笑い、すぐさまぶんぶんと頭を振る。


 いや、そりゃ私が学校に行く理由というか、行って会いたい人間、友達、したいことなんてあいつとのおしゃべりくらいしかないけど、でもこんな、まるで……というかあんまりあいつにおんぶにだっこでべったりっていうのもなんかこう、重い気もするし。ガキっていうか、行くならちゃんと独り立ちしないとだし、第一あいつにだって友だちがいるわけだし。自分がその関係悪化させるのもわるいし、というか現にそうなってる感じあるし、でもあれはあくまであいつが自分の本当にしたいことしてるだけっていうかその結果で……などと悶々考える。


 ほんとに美術部とか入ろうかな……仲良くできるかわからないし仲間なんているのかわからないけど、でも来年はあいつとも別のクラスになるかもだし、ちゃんと話せる相手は必要だし……て言っても活動なんかするのかもわからないし、そもそも私は自分の漫画描くために家に帰るからほとんど行かないかもしれないけど……


 ともかくそうした可能性、予定も考えつつ、未だ慣れない教室に入るのだった。しかしそこで自分の前の席に金田がいるのを見ると、とたんにほっと落ち着く自分がいた。


「おはよ」


「おーおはよー桧原。ちゃんと来たんだな」


「そりゃね。あんた案外早いよね」


「いやー? 俺もさっき来たばっかだしよ。桧原朝苦手とか言ってたよな。んじゃ大変だなー」


「そうね。しかもまだ暑いし。ていうかメガネ」


「おー」


 と金田は笑いメガネをくいっと上げる。


「めんどくせーし金かかっからなー。夏休みもずっとこれだったしもうどうでもいーかーって思ってよ」


 などと話していると、金田の友人のレンも登校してくる。


「おおー!? なんだよお前それ!?」


「何ってメガネだけどー?」


「だよーじゃねーよ! ビビったわ! は、なに? 夏休み勉強しすぎで頭おかしくなった!?」


「おかしくなんなら頭じゃなくて目だろー。まー勉強しまくってなー。知的さにじみ出まくってんだろー?」


「ていうかなんかめっちゃオタクっぽいわw ダサッw」


「ひでーなー。まーっつーのは冗談でよー、言ったことなかったけど俺実はずっとコンタクトだったんだよ」


「は? え、マジで?」


「マジマジ」


「え、なんで言わなかったん?  てかなんで今さらメガネ?」


「だってよー、俺がメガネかけてたらお前らゼッテー『バカのくせにメガネとか』って笑うだろー?」


「あーそれは絶対バカにするわw だったらなおさらなんで今さらメガネなんだよ」


「いやーなんかめんどくさくなってなー。夏休みずっとメガネだったしよー。あれ地味にけっこー金かかんだぜー? なーんかもういいかなーって。メガネあんのにあほらしーし」


「そっか……いやー、でも似合わねーw 確かにちょっとだけ頭良さそうになってムカつくわw」


「なんでだよー。いーじゃねーか」


「いやーでもやっぱそのメガネすげーオタクっぽいって。もっとマシなメガネかけろよ」


「いいよ金ねーし」


「バイトしてんじゃん」


「んなことのために使いたくねーんだよ」


「確かになー。けどなんでお前目悪くなんだよ。勉強もしねーくせに」


「だからじゃねー? べんきょーしねーで漫画読んだりゲームばっかやってたからよー。あとはやっぱスマホだよなー。俺あんまスマホ見ねーほうだけどよー」


「スマホはでけーよなー。けどよー、なんか髪も色抜けてきてるし伸びてきてプリンになってきてるし、すげーダセーっつうかキマってねーわー。染め直したら?」


「いやーそれももうどーでもいいかなー」


「は? マジで?」


「まーなー。これだって元々お前らに言われてウケ狙いでやっただけだしよー。でも金もかかっしなー」


「あーそう……なーんか変わったなーお前」


「そっかー? 別に俺は俺のまんまだけどなー。逆にコンタクトとか髪とか今までが変わってただけだかんなー。元に戻っただけだろ。バカなのはそのままだけどよー、ってそれもちげーか。補習に追試で俺もいよいよバカ脱出だぜー」


「それはねーわw でも留年は回避できそうなん?」


「どうだかなー。まだ結果聞いてねーけどよー。でもさすがに追試も赤点はねーんじゃね? さすがに問題簡単だったしよー、俺も必死こいて勉強したかんなー」


「そりゃよかったわ。こっちもさすがにお前留年で後輩じゃ気ぃ使うしなー。んじゃようやく遊べんのか?」


「あーそれだけどよー、誘ってもらっといてほんとわりーんだけど、俺多分これからはそういうの付き合えねーわ」


「あー……なんとなくそんな気はしてたけどさ」


「そう?」


「まーなんとなくな。さすがに夏休み中ずっとだったし、補習とか追試終わってからもだったからな」


「そうだよなー。まーちょっとな、お前にはそのうち言うかもしんねーけどよー、俺も色々やることできたっつうかなー、やりたいことできてよー、そっちで忙しいし、バイトもあっかんなー。金も必要だしよー。だからわりーけど放課後とか休みに遊ぶとかちょっと無理そうだわー」


「そっか……あのよ」


 レンはそう言いちょいちょいと手招きし、金田と顔を近づけ声をひそめる。


「一応もっかいちゃんと聞いとくけど、お前ほんとに桧原とは付き合ってねーの?」


「付き合ってねーよ。彼氏彼女だろ?」


「そうそう」


「ねーねー」


「そっか……お前こういうのは嘘つかねーしな。そもそも全然嘘つかねーけど。そこがお前のいーとこだけどさ。あーでもよ、こっちも正直話すけど、お前桧原と関わるようになってからかなり付き合い悪くなったじゃん。やっぱなんか関係あんの?」


「まーそのへんも追々な。あるっちゃあるけど別にねーっていうか。まーでもあいつのおかげで気づいたみたいな部分はあっからなー」


「そっか……まー遊べねーのは残念だけどよ、てかさすがに週一月一くらいはよくね?」


「そん時次第だなー。マジでタイミングで。まーこっちも都合いい時は声かけっからよー。こっちの都合でわりーけどもしタイミングあったら遊び行こーぜ。俺もそろそろカラオケとかは行って大声で歌いてーからなー」


「おーいいな。やっぱそういうのは必要だよな。お前なんて夏休みなのに補習だなんだのやってたんだし。まーでもよ、こういうのもなんだけど、俺も俺たちっつうかあいつらも、桧原みたいなのとはかなり合わなそうだからさ。まー俺は自分からどうこうする気はねーし、誰と付き合おうとお前の勝手だから口出しするつもりはねーけど、まーなんだ。がんばれよ色々と」


「まーそういうのもわかっけどよー、イメージなんてたいがいイメージだぞ? 話してみりゃ案外そんなこともねーっつうかさー。俺だって最初はあれだったけどよー、話してみりゃ仲良くなれるしなー。自分から決めつけるもんじゃねーってよくわかったわー」


「そりゃお前が根っからのいいやつだからだろ。俺は自分がそうじゃねーのわかってっからな。合わねーやつとはとことん合わねーしそんなのに合わせるだけの根性も余裕もねーしよ。けど卒業して働き出たらそんなことも言ってらんねーんだけどさ。まーでも留年しねーといいなマジでw 中退中卒はマジキツすぎるっしょ」


「ほんとなー。これで終わりじゃねーのがきついわー。二学期も試験二回くらいあんだろ? マジごーもんだよなー」


 金田はそう言い、レンとともにヘラヘラと笑うのであった。



     *



 新学期になり、二人の生活も多少変わった。一番大きな点としては二人共美術部に入ったということだ。桧原には元々その考えはあった。自分だってさすがに「独り立ち」しなければいけない。金田にばかり頼ってはいられない。自分で友達も作らなければならない。それは万が一の金田のいない学校の時のことを考えてでもあったし、クラスが変わる来年以降の学校生活、さらには卒業後の生活のことも考えてであった。自分の性格はわかっている。自分のコミュニケーション能力はわかっている。まともに人付き合いできるようにならなければならない。いつまでも金田に助けられてばかりはいられないし、ちゃんと独り立ちしたいし、それに金田だっていつまでもいるわけではないのだ。何かの形で、いなくなってしまうのだ。人がそういうものであることは知っている。自分がそれを引き起こしてしまう可能性があることも、知っている。だから美術部にでも入って、少しくらいは同年代の、同性の友達を見つけなければ作らねばと。


 一方で金田はまったく異なる理由からであった。桧原にとってもそこまで寝耳に水というわけではなかったが、「マジだったんだ」といった具合。ついでに「あんた一緒じゃあんま意味ないじゃん。まあでも金田経由で友達増えればいいけど」程度の考え。ともかく、金田は桧原とは別に純粋に絵の練習のため、上達のため、その指導を受けられればということで美術部に入った。ないならないでまあ漫画について話せる友達増えるからいいだろ、と。


 そうして金田も美術部で絵の練習をするようになる。漫画の絵とは異なるとはいえ、デッサンなどの絵の基礎、立体をきちんと立体として捉えて描くことなどは当然基礎などない金田にとっては練習になった。美術部は女子(ついでにいえば「腐女子」)しかいなかったが、それでも金田は持ち前の異常なコミュニケーション能力と漫画、特にチャンプという共通点ですぐに彼女たちとも親しく話せるようになった。桧原も苦戦はしたとはいえ、同じ趣味を持つ者同士。相手の人間性にも助けられ最低限「友達」と呼べるレベルの相手は作れた。とはいえ、桧原の場合は作画はほぼ完全デジタルで自宅での作業が中心。ネームまでは美術室でもできるとはいえ元来一人を好み、一人でこそ集中力が発揮される人間。それでも色々と慣れなければ、人と関わらなければあ、といった思いに加え、美術部で作業している他の部員の様子からモチベーションをもらうためにもそこでの作業も増やした。どうしても一人で集中したい時は帰る。そうして金田と別行動になることも以前より増えた。金田のいない自室は静かで物寂しく感じられたが、元はと言えばこれが当然だったのだ。まあでもあいつだって、アイパッドでも買っちゃえばどこでも作業できるしもううちに来る必要だってないわけだから、いずれこうなるわけだったし……いやでも、あいつの場合はそれでも普通に来そうだけど、というか別に来ていいんだけど、でも私から言うことでもないし……


 でもまあ、できれば、いてほしいけど……


 などと桧原は悶々と考えつつも、自分の漫画を進めていた。次の漫画を。次の賞のため。漫画家への道を突き進むため。それは金田も一応同じで、基本は絵の練習をしつつも次なる漫画も描いていた。それは基本的に前回同様の思いつくままに描く妄想、楽しいからそのままに形にするというたぐいから始まるものであったが。



     *



 そうして夏休みが明けてから一ヶ月半ほど経った十月中旬。その夜桧原は自室で一人いつものように漫画を描いていた。するとスマートフォンに着信が届く。表示された名前は金田のもの。こんな時間に電話なんて珍しいと思いつつ、桧原は通話を押す。


「もしもし」


『お、おぉ、桧原、今、大丈夫だよな……』


 電話越しの金田はひどく呼吸が荒かった。


「あんたどうしたの? なんかすごい息してるけど」


『ちょっと、走ってよ……それよか、今、家、お前んちの前いるから、ちょっと、出てきてくれっかな』


「は? え、なんで?」


『とにかくよ、ちょっと、すぐに、こればっかりはさ、ぜってー桧原には直接話さなきゃいけないって思って、バイト終わって、走ってきてよ』


「は? え、そんなの、ていうかほんとに今家の前いるの?」


『あー。わりーな急に。行くにしても連絡くらいはしとくべきだったよなー』


「いいから、なんかしらないけどとりあえず下行くから」


 桧原はそれだけ言うと上着を羽織り、慌てて階段を降りる。あの金田がこんな夜遅くに、わざわざ走って家まで来る用事。想像もつかない。しかしその今までなかったことに胸騒ぎがする。何か悪いことじゃないといいけど。けどそもそも、三ヶ月くらい経った今だってあいつの行動なんてまったく読めないし……と玄関のドアを開け、門を開け、夜の道路に一人佇む金田の前に立つ。


「ほんとにいるし……どうしたの?」


「いやー、そのよー」


 金田はそう言い、抑えきれぬように、ニカーっと笑った。


「漫画、受賞だってよー!」


「――え、え?」


「漫画だよ漫画! 夏休み終わりにチャンプに送ったやつ! あれがよー、なんか努力賞? とかいうやつらしくってさ! なんか編集部から電話来てよ! 受賞だよ受賞! 俺たちのあの漫画がさ!」


 金田はそう言い、バーっと両手をあげる。


「うおおおおお! マジやったぜー桧原ー! おっしゃー!」


「あ、うん……」


 桧原はそう言い、困惑したまま両手ハイタッチを返す。


「おいおいなんだよー、テンション低いなー! 賞取ったんだぜ二人で描いた漫画がー!? そりゃ努力賞とかいう一番下の賞らしいけどよー、でも賞は賞だぞー! ちゃんと賞金ももらえっしよー! もっと喜べよなー!」


「いや、正直まだ実感ないというか、わかんないし……というかもう遅いし近所迷惑だから、ちょっと中入って」


「あーそうだなー。んじゃ玄関まで」


 そう言い、金田は桧原について行き玄関に入る。玄関に入ると桧原はそのままその段差に腰を下ろした。


「――えっと、まあ別に疑ってるとかじゃないしあんたが嘘つかないとかはわかってるけどさ、色々と事情っていうか、経緯? 聞かせてもらえる?」


「経緯っつうかなー。今日バイトでよー。終わったあと帰る途中に電話鳴ってなー。知らねー番号だったし遅かったけどよー、まーなーんかあったらあれだしなーって思ったらチャンプの編集の人でなー。マジビビったぜー。つーか詐欺だと思ったけどよー、まー知ってるのなんて数人しかいねーし。とにかくチャンプの編集でさー、八月の賞で俺たちのあの漫画が努力賞に選ばれましたとか言ってよー。マジかーって、嘘だろー!? って感じだったけどさ、まー話聞いてりゃマジっぽいしなー。それでとにかくよー、すぐに桧原に教えねーとって思ったけどこればっかはさすがに直接教えねーと思ってさー。電話じゃさすがにあれだろー。やっぱよー、直接顔見て一緒に喜びてーからな!」


「あ、そう……あんたらしいけど、でも明日でもよかったでしょ別に。時間遅いんだし」


「衝動だよしょーどー。んなこといちいち考えねーでよー、体が動いたっつうかな! 気づいたら走ってたわー! ていうかやばくね? マジで賞だぞ賞。マジでビビったしほんとずっと死ぬほど叫びてーくらい嬉しかったわー」


「そうだよね……まあ、正直私は、伝聞だから全然こう、実感ないし、せっかく来てもらったのにその、嬉しいとか、喜んだりしなくて悪いんだけど、ほんとただ驚いてるっていうか、それ以前に信じられなくて……もちろん別に疑ったりしてるわけじゃないけどさ」


「当然じゃねー? そーいうもんだろ多分。電話出た俺だってまだ半信半疑だしよー。夢でもみてんじゃねーかって感じだしなー。実際結果公表されるまではそんなんじゃねーかー?」


「え、公表されるの? ていうかそっか。あれ確か今月の末に本誌で結果発表されるんだっけ……そりゃ受賞者には普通先に前もって連絡いくか……」


「みたいだなー。俺もこんな先に電話来るなんて思ってなかったからさー。まーでも実際に本誌にさー、名前だの作品名だの絵だの出たらさすがにマジかーってなるよなー! まー努力賞なら絵は載らねーだろうけど記念に買っとかねーとなー」


「そりゃね……え、どんなこと話した?」


「どんななー。俺も興奮してたからあんま覚えてねーけどよー、まー努力賞って言ってたのは確かだろうし、面白かったっても言ってったと思うなー。あとはなんかメールするとか言ってたなー。一回会いましょうみたいなことも」


「え、ほんとに? 会うの? 担当つくってこと!?」


「それは知らねーけどよー。まだメール確認してねーし。メールなんかこのためにアカウント作ったけど普段使わねーから全然見ねーんだよなー。あーいうのLINEのアカウントじゃダメなのかよとかも思うけどよー。担当つくっていうのはなんなの?」


「まあ、早い話編集部の中に直接コンタクトとれる相手がいる、ってことかな……当たり前だけど連載とかなるにも、そこ目指すにも担当の編集者がいないと無理だし。普通は読み切りとか何本か描いて載せてさ、それから連載とかだけど、その前段階に行くにも担当の編集者は必須っていうか」


「へー。んじゃまースタートラインには立ったんだなー。てか努力賞って賞金いくら貰えんの?」


 金田はそう言いネットで検索する。


「五万かー。まーでももらえるだけ全然いっかー。んじゃ二万五千ずつだな」


「え、いやほんとに分けるつもりなの?」


「そりゃな。当然だろ。連名だし実際桧原が多分半分以上描いてんだしよー」


「そうだけど……じゃあ二万。私二万でいいからあんた三万。確かに私も描いたけどさ、でもこの漫画は、あんたが描かなかったらなかったんだし、あんたがいなかったら存在しなかった漫画なんだから」


「そうかー? んじゃ三万もらうわー」


「そうして。ていうかちょっとメール確認してみてよ。何か来てるかもでしょ」


「そうだなー。メールなー……使わねーからどこだか忘れるわ」


 金田はそう言ってスマホを操作し、なんとかメールアプリを開く。


「あー、これかー? 確かになんか来てるなー」


「どれ」


「これこれー。あー、マジだわー。ちゃんとメールにも努力賞って描いてあんなー。さすがにたしょーは実感出てきたわー」


「そうね……ていうかほんとにマジだったんだ……」


「なー。実際目にすっと違うなー。感想とかも詳しく書いてあんなー。あとやっぱできたら本社来てくれだってよー。いつにする桧原?」


「え? え、いや、私も一緒行く気してるの?」


「当然だろー。作画は二人でやってんだぜ? ペアでやってんのに片方だけなんて嫌だろー。第一よー、こんな折角のチャンス逃せねーじゃん。桧原もよー、行くついでに持ち込みでもなんでもして売り込もーぜー!」


「それは……まあそりゃ、これ以上ないチャンスだけど……」


「だろー? ていうか明日あたり桧原の方にも連絡くんじゃねー? したらダブル受賞だなー! まーこのメールもあとで桧原にも転送しとくわ。転送? まーコピペかスクショでさ。さすがにおせーからこれ以上ゆっくりしてらんねーしよー。続きはまた明日なー」


 金田はそう言って立ち上がる。


「あ、うん、そうだね……」


「いやーでも、ほんともっと嬉しいのかと思ってたけどよー、まだこれだけだとやっぱ実感とか出ねーもんなんだなー。やっぱチャンプの昭栄社行ったら一番テンション上がるしマジだったんだーって実感出っかなー? 楽しみだなーマジで」


「そうね……さすがにそれも想像できないし」


「だよなー。見たことねーし。でもよー、ほんとまさかだよなー。初めて描いた漫画が賞とかさー。まー確かにあれは面白かったけどよー、さすがにまだ信じらんねーつうか、なんかわかんねーよなーマジで。でもよー、やっぱ全部桧原のおかげだかんなー。マジであんがとな桧原。つっても半分以上は桧原の漫画なわけだけどよー」


「うん……でも、やっぱ誰が考えたかってのは重要だし、あれは間違いなくあんたが考えて描き始めたあんたの漫画だから」


「かもしんねーけどさー、みんなの漫画って考えたほうがおもしれーだろー。気分もいいしさー。んじゃま、昭栄社行くのほんと楽しみだなー。明日からそのへんの計画も立ててこーぜー。んじゃ夜中にいきなりでマジ悪かったな。どーしても桧原に直接会って教えたかったからよー」


「うん……まあさすがに事前に連絡くらいはしろって感じだけど、とにかく遅いし気をつけて帰ってね」


「そうだなー。コーフンしてっからなおさらなー。んじゃまたなー」


 金田はそれだけ言い、やはりはたから見るとどこまでもいつも通りの様子で帰っていくのであった。


 金田が帰るのを見届けたあと、桧原は一人両手で顔を覆い息をつく。気持ちが、感情が整理できない。落ち着くためにも外に散歩にでも出ようかとも思うが、さすがに遅すぎて不安がある。結局自室に戻り、ドアをしめ、一人大きく息をついた。


 まさか、金田が賞をとるなんて。あの金田が、初めて描いた漫画で。努力賞賞金五万とはいえ賞は賞。編集部に、編集者に認められたということ。漫画のプロに。そうしてそれは、プロの漫画家としてのスタートラインに立ったということ。


 まさか金田に先を越されるなんて……まさあの金田が先に、賞を取るなんて……あんな漫画で、あの漫画で。そりゃ、もちろん面白かったけど、でもそんな特別じゃなかったし、なにより絵が下手で。それなのに、あんなんのでも、だというのに自分は……


 いや、まだ決まったわけじゃない。自分が落ちたとか、そういうのは決まったわけじゃない。金田の言う通り、明日にでも連絡があるかもしれない。ただこっちのほうが少し遅れてるだけで。


 そうだ、だからまだ諦めるな。まだ決まったわけじゃない。私も描いたあれが努力賞なら、私だってそれくらいは、そこまでは。いけるだろ。いけるはずだ。だってあんなにがんばったじゃないか。あんなちゃんとしてて、うまいじゃないか。金田のあれが受賞なら、私のだって、絶対、大丈夫なはずで……



 しかしその後も、桧原のもとに編集部からの連絡が来ることはなかった。



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