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 一週間の補習授業、その後に行われた追試まではそのような日々を繰り返した。午前中、猛暑の中学校へ行く。クーラーが効いた教室で授業を受ける。終わると桧原の家に「帰っ」て昼食をとり、互いに自分の漫画を進める。桧原の助力、というよりほぼすべて桧原に任せたことでネームという大きすぎる壁を乗り越えた金田は下絵に入っていた。構図やポーズも一部桧原の「見本」があったのでそういう意味では比較的簡単な作業。とはいえ漫画初心者の金田にとっては何もかもが大変な作業だった。「わかんねー!」「うまくいかねー!」と嘆きながら何度も描き直す。もちろん原稿用紙にそのまま描くというわけにもいかず、まずはコピー用紙で試し書き。しかしその段階で何度も挫折する。


「桧原―、わりーけどまた助けてくんねー」


「今度は何?」


「いやーここの絵がよー、うまく描けなくて。ポーズっつーか体がなー。手本くれね?」


「あー、そこはこういう感じかな」


 と桧原はサラサラと描いていく。


「おー、すげー。ほんと何回見てもすげーよなー。なんでそんなすぐ描けんの?」


「そりゃ何度も描いてきたからね。あとこれはそんなちゃんと描いてないから。手癖っていうか割りと適当だし。だから細部は微妙かもしれないけど。なんとなくそれっぽく描いてるだけで」


「適当でこれかよー。でもこれだけですげーポーズわかっからありがてーわー。真似して描けばそれっぽくはなるしよー。ていうかさー、桧原は服とかシワどうやって描いてんの? なんで毎回あんな見ないでちゃんと描けてるわけ?」


「正直言うけどちゃんとじゃないからじゃない?」


「えー!? あれでちゃんとじゃねーの!?」


「そりゃ毎回ちゃんと服にどういうシワできるか見て描いてるわけじゃないからね。そういうう意味ではフィクションだから。だからといって適当に描いてるわけじゃないけど。服のシワっていうのもさ、ある程度決まったパターンがあるの。どういう服、素材だとどういうシワができるかっていうのと、あとはもちろんポーズ。動きや角度でどういう方向にどういうシワができるのかっていうのは多少決まってるから。それ研究っていうか勉強して、描いて、覚えてって感じ。その覚えたパターンをその場に合わせてくっつけてるだけ。もちろん自分でも写真とかとってある程度勉強したけどさ」


「マジかー。ほんとすげーなー。でもやっぱ勉強して覚えね―といけねーんだなー。そこはガッコーの勉強と一緒かー……俺もマジで美術部とか入ってちゃんと絵勉強しよっかなー」


「本気で? まあ美術部がどんなことしてるかなんて知らないけど、やろうっていうならいいんじゃない?」


「だろー? そん時は桧原も一緒に入ろーぜー!」


「私も? ……まあ考えとくけど」


「やりー。でよー、今こうやって下絵の下絵? やってっけどよー、それも桧原のおかげでもう少しで終わりそうだし、まーしたらまた桧原に見てもらってちょいちょい修正入れてもらわねーとだけど、それ終わったらいよいよ下絵本番に入るわけじゃん? けど漫画ってこのままこの普通の紙に描いていいの?」


「さすがにそれはね。規定でどうなってるかわからないけど礼儀としてもないだろうし、そもそも向いてないし」


「だよなー。じゃあやっぱ賞出すならちゃんとした漫画用の紙に描かねーといけねーわけだろ? そういう紙買ってさ。んでペン入れとかもしねーといけねーわけじゃん。したら買わねーとだからさー」


「そうね……私もずっとデジタルだけだからそういうの持ってないし。そりゃあんたもデジタルでやったほうが色々楽かもしれないけど私ずっと使ってるから貸せないしそんなの揃えるお金もないもんね。家にPCとかあるの?」


「ねーなー。さすがにんな何万も使う金ねーわー」


「だよね。スマホだけってことだもんね。そりゃスマホで漫画描いてる人もいるんだろうけど、そうなると下絵取り込んでスマホに送ってなんかアプリで作画……? それで何ページもかー……」


「というか個人的にはスマホではさすがにやりたくねーなー。画面ちっせーし疲れそうだしよー。なによりあんま漫画家っぽくねーからなー!」


「漫画家っぽくないって……まあでもそういう形から入るのも初心者には大事だしね。あと慣れてない人間がスマホなんかで描いたらめちゃくちゃ時間かかるし思い通りできなくて嫌になるだろうし。やっぱスムーズに描けるってだいじだからさ。でもそうなるとやっぱ紙しかないよね……あーでもトーンとか仕上げに写植……んー……」


「何一人で悩んでんださっきから」


「あんたのことで悩んでんでしょ。さすがに全部ペン入れするほど長く液タブ貸せないけどさ、トーンとかならギリギリいいかなって。トーンなんかも色々買うと結構かかるだろうし。あとは文字の写植とか。背景もデジタルでいければいいけどそんな長く描けないしね。私が多少手伝うにせよ、でもそんな全部やってちゃあんたの上達にも繋がんないし。でも今後のこと考えたら絶対デジタルっていうか、いつかはデジタルに移行してくわけだもんねぇ……」


「なんか色々考えてんな」


「そりゃ考えるでしょ。というか本来あんたが考えることなんだけど。あんた使えるお金はどれくらいあるの?」


「まー今すぐなら一万ちょっとじゃね?」


「それじゃ今すぐ環境整えるなんて無理だもんね……あんたはさ、将来的にアナログとデジタルどっちがいいの?」


「よく知らねーからなー。桧原はデジタル使ってて何がいーの?」


「一番は仕上げかな。当然ペン入れからそうだけどさ、ペンもインクも買わなくていいし紙もないし描き直しも楽だし。けどそれよりトーンと背景。ほんと楽。速いし簡単だし。一人でやるなら断然デジタルよね」


「じゃー俺もデジタルかなー」


「そんな簡単に決めていいの?」


「でも使ってる人間がそう言ってんだろー? じゃあデジタルじゃねえの?」


「まあ絶対そっちのほうがいいけど……となると、一番いいのはアイパッドとかタブレット買うのだろうけど画面大きいのとか高いだろうしなぁ……中古はちょっと怖いし、ていうかアイパッドの新品っていくら?」


 と独り言のようにつぶやきながら桧原はスマホを操作する。


「安くても五万か……一〇インチなら大丈夫かな。安く揃えるならやっぱ中古ノートPCに板タブ? だと、でも中古ノート一万くらいのでスペック的にはどうなんだろ……板タブは中古怖いし、液タブも中古はなあ……新品だと三万前後か。なら最初からアイパッドの方がいい気もするし……最安値ならノートPCと板タブ両方中古で二万には収まる……? でも中古はなー、どうなんだろ……」


「さっきから何一人でブツブツ言ってんの?」


「あんたの作業環境整えるの必死こいて考えてんでしょうが! あんたバイトってどれくらいやってるの? 時間っていうか収入だけど」


「月によっけどなー、まー平日は五千くらいで、休日一日やるときは八千、週三、四入ってまー少なくて二万、で月なら八万とか?」


「思ったより稼いでんのね」


「そうかー? まー付き合いとかあっから減るけどなー。あと親にも渡してるしよー。スマホ代とかもあるし。全部自由に使えるわけじゃねーからなー」


「家にも入れてるんだ……私が言うのもあれだけど結構大変なんだねあんたも」


「そっかー? 当たり前だからんな考えたことねーけどよー。まー夏休みだからバイト増やして稼ぐかーとかも思ったけど思わぬ目標できたかんなー。補習とかもあるしよー、むしろ減らして収入減るくらいだわ」


「そっか……どれくらい貯金できそ? とりあえう五万目標で」


「まーなんもなくて使うの我慢しまくりゃ二ヶ月じゃね?」


「じゃあとりあえず三ヶ月。漫画読むのも我慢して貯めてみて。読むのは私の読んでいいから。漫画の画材とか買う以外は無駄遣いなし。そうすれば最低限のデジタル環境は整えられると思うから」


「マジで!? そんなすぐいけんの?」


「すぐなのかは人によるけど、かもね。それでまーちゃんと聞いとくっていうか本人のことだからあんたの意見が何より重要だけど、あんたは新品と中古どっちがいい?」


「あー、そりゃまー新品の方がどう考えてもいいよなー。俺中古とか全然わかんねーしよー。でもあれだよなー。俺もバカっつうか飽き性だしよー、先のことわかんねーし。まー漫画のこといきなりぶん投げるなんてことはねーと思うけどあんま自分のこと信じてねーからなー。それ考えるといきなり新品のたけーの買うっつうのも怖いっつうかさー」


「そういうのもあるか……とりあえず今考えてるのはアイパッド、じゃなくて別のタブレットでもいいけど、私はアイパッドがベストだと思う。それなら他に機材いらない、ペンくらいだからかなり楽。場所取らないしどこでもできるし。ただ当然新品は高いし中古は不安。


 それ以外だとPCが必要だからノートPC買う。多分こっちのほうがアイパッドとかより中古が安心。正直スペック的にどうかわからないけど二万出せばいけると思う。PCは他の用途にも使えるからあれば便利だしね。それと描くための板タブか液タブ。どうせ買うなら液タブだけど新品は安くても三万くらいは考えといた方がいいし三万のがどういう性能か正直分からない。このへんも中古はちょっと怖いしね」


「んじゃ合わせて五万かー。イタタブってのは何?」


「そのまんま板みたいなタブレット。こっちの場合パソコンの画面見ながら描くことになるから紙に描くのとは感覚違いすぎて難しいし初心者が今からやることじゃないかな」


「じゃー液タブかー……話聞いてっとがんばって金貯めてアイパッド買うのがいいっぽい?」


「一概には言えないけどね……新品だと五万じゃ買えないし。ちょっと上のやつは平気で十万以上するし。ストレージも心配だけどそこはいざとなったら私の方に入れときゃいいし……ていうかそれ以前にそもそもそこまで本気でやるかだけど」


「だよなー。まあどの道今は金ねーしよー、絵の練習だってしなきゃいけねーんだし、金貯めながら続けてって金溜まった頃にもっかい本気で考えればいいんじゃね?」


「そうね……ていうかだいぶ脱線したけどそもそも今描いてるやつの仕上げの話だったもんね。ペン入れ以降。仕方ないからトーンと背景はある程度こっちでやってあげるか……ペン入れまで紙でやって、取り込んで仕上げ……そこから印刷するとさらに荒くなりそうだけどデータで入稿なら別か……とにかくトーンアナログでやるのは現実的じゃないしなー」


「じゃあ別にトーンなくてもいいんじゃね?」


「トーンなしが許されるのなんて鳥山明くらいだから」


「ドラゴンボールかー。じゃー俺には無理だなー」


「でしょ。線で表現するのだってできるわけじゃないんだし。それにどのみち背景アナログでもペンはいるわけだもんね……よし! そもそもあんたペン入れというかペンで描いたことなんてないよね?」


「そりゃねーよー。ペンってあれだろ? なんか先っぽ細くてさー、金属で、それでなんか習字の墨汁みたいなのつけて描くやつ」


「インクね。初心者でいきなりつけペン、Gペンとかそういうのはさすがに無理だしね。今後それがいいなら練習してけばいいけど、完全にデジタルでやってくならそれも別だし。今回は最初だしとにかく形を完成させるのが大事だから資金も考えてミリペン買えばいいかもね」


「ミリペンって?」


「わかりやすく言うとマジックみたいなの。ネームペンみたいな。インクがすでに入ってるやつ。ボールペンのほうがわかりやすいかな。実際は全然違うけど」


「そんなのあんのか。ならいーじゃん。インクつけてやるやつとは何が違うの?」


「当然インク内蔵だからいちいちインクつける必要がないのと、あとは当然ペン先。つけペンは一応金属だから硬いといえば硬いけどミリペンはマジックみたいに柔らかい感じだから」


「へー。でもそんなんならなんでみんなそのつけペンとかいうの使うの? 聞いてる限りめっちゃ使いにくそうなんだけどよ」


「一番はそっちのほうが狙った線引けるからじゃない? つけペンは線の細さとか変えやすいから。ミリペンは種類によってペン先の太さが決まってるから一本のペンで太さを大きく調整するってのができないの」


「なるほどねー。けど線の太さかー。シャーペンでしか描いてねーからいまいちわかんねーけど……でもあれか? 漫画読んでっと髪の先っちょとか細い気がすっけどああいうの?」


「かもね。あとは線の強弱。まあデジタルならそういうのも再現できるけど」


「マジかー。デジタルすげーなほんと。けどじゃあ買うのはそのミリペンってやつでよさそうだなー。マジックみたいってことはそんな高くねーよなー?」


「普通のペンよりは多少高いくらいじゃない? 一応細さは二種類くらいあったほうがいいかもね」


「あとは何必要?」


「それだけど、一応こっちの考え使えとくけどさ、やっぱトーンはデジタルでやったほうがいいと思うの。圧倒的に速いし楽だしお金もかからないから。この先デジタルでやるって言うならなおさらだし使わなくなるトーン買うのももったいないしさ。だから結局PCに取り込むことになるから漫画用の原稿用紙はいらないかな。そっちでも経費削減できるし」


「そりゃいいなー。ますます金貯まるな」


「微々たるものだけどね。ていうか私の考えだけどあんたはそれでいいの?」


「いいぜー。ししょーの言う事なら間違いないだろうしよー。俺も出費は抑えたいしなー。任せるわー」


「ったく……私が自分の使う時間削って自分の機材貸してあげんだからほんと感謝してよね」


「するするめっちゃしてるってマジで。というか冷房とかも散々借りてるしよー、さすがに少しは金払うぜー」


「別にいいけど。それも私のお金じゃないし……でもわかった。じゃあ出世払い」


「出世払い?」


「そ。あんたが賞とるなり漫画でお金稼いだときに返して。それでいいから」


「お、いいなーそういうの。先に目標あるってのはさー。またやる気出てくるぜー」


「はは、あんたは払う側なのに?」


「払うからこそだろー。なんていうの? あれだよ、なんか初めての給料で親になんか買ってあげるみたいなさー」


「私は親かい」


「ししょーだから似たようなもんだろー」


「師匠になったつもりもないけどね……まあでもいっか。こっちもお金もらえるなら教えがいあるし。じゃあ早速ネットショップ見てミリペン選ぼっか」


「えー? どうせなら見に行ったほうがよくねー?」


「見に行くってお店に?」


「そーそー。そーいう漫画専門の文房具屋? みてーなとこさー。せっかくだから行ってみてーじゃん。ぜってーテンション上がりそー!」


「確かに私もそういうとこ行ったことないけど……」


「桧原もねーの? じゃあなおさら丁度いいじゃねーか。せっかく夏休みなんだしよー、補習も追試も終わったんだしどっか遊び行って少しはパーッと発散しよーぜー! 桧原だってほとんど引きこもりみたいなもんなんだしよー」


「……まあ別にいいけど」


「おっしゃー! じゃあ決まりだなー! 早速明日だ明日! 俺もバイトねーからよー。桧原もどうせ用事なんもねーんだろ?」


「どうせって。まあないけど」


「よっしゃ! じゃあ明日だぜ! そうと決まりゃどこ行くかだなー」


「あ、それは私から提案というか、一応ずっと行ってみたかったとこがあって」


「マジで? どこどこ?」


「ここなんだけど……」


 と桧原はスマートフォンを操作し画面を見せる。


「ここ。世界堂」


「はー。すげーこんなとこあんだ。新宿かー、なら行きやすいな。他にも色々あるし。これビル丸ごとなの?」


「かはわかんないけど五階まであるみたい」


「やっべー。文房具だけでそんなあんのかよー」


「文房具っていうか画材屋でもあるしね。日本でも一番大きいくらいのとこだから、どうせならここがいいかなって」


「いーいー。すげー楽しそうじゃん。桧原がずっと行きたかったんだろ?」


「まあね」


「じゃあ行くしかねーだろー。いやー楽しみだぜ! テンション上がってきたー! こりゃ漫画もさっさと仕上げねーとなー! とりあえず下絵をよー!」


 金田はそう言い、天井に向かって拳を突き上げるのであった。




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