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そうして訪れた一学期最終日。暑さも日差しも空もすっかり夏本番のそれになっている。チャイムを合図にしたかのように、夏休みの到来を待ち望んでいた生徒たちの歓喜と安堵の声で学校中が包まれた。
「おっしゃー夏休みだぜー! 金田ー! ぱーっとどっか打ち上げいこうぜー!」
と金田の友人、レンが声をかける。
「わりー、俺用事あっからパスだわー」
「はー!? またかよおいー! 今日は夏休みの計画立てる作戦会議だぞ!?」
「それなー。わりーけど俺夏休みも色々忙しいんだわー。勉強やったりバイトやったりよー」
「はー!? バイトはわかっけど勉強ってなんだよおい!」
「ベンキョーはベンキょーだろー。言っとっけど俺まだ留年崖っぷちなんだぜー? 夏休みの間に補習だの追試だのあるしよー。それが最終通告だとかいいやがるしこっちだって必死だっつーの。俺もさすがに留年はしてらんねーからなー。親にもんなことなったら中退で働けーとか言われちまったしよー」
「マジかよー……まー中退はさすがにきつすぎっけどさ……」
「そういうわけだからわりーけどこの夏はんな遊んでらんねーからさー。留年中退じゃ遊ぶもやってらんねーからよー。まーたまには行けっかもしんねーから気が向いたら声かけてくれよ」
金田はそう言って立ち上がる。そうして教室を出ていこうとしている桧原に気づき、
「あー! おい待てよ桧原ー! 何先行ってんだよ一緒帰ろーぜー!」
と慌ててあとを追いかけるのであった。
「……あいつ最近桧原にべったりだよなー……」
とレンはもうひとりの友人に話しかける。
「なー。マジで桧原のこと狙ってんのあいつ?」
「知らねー。あいつ今まで女関係とかマジゼロだったかんなー。普通にモテんのに」
「まー確かに桧原は顔めっちゃいいけどさー。さすがハーフって感じで」
「確かになー。それいや金田も上玉狙いすぎっしょ。あいつそんな面食いだったんだな」
「洋物でしか抜けないとかじゃね?w まーでも桧原はなー、顔はいいけど正直ねーよなー」
「なー。不登校だったしよ、なんか暗いっつうか、冷たくね? ユウカたちがお高くとまってるとかいうのもわかるよなー。見下してる感じつうかさー」
「陰キャだよなー。コミュニケーション能力ねーっつうか。でも金田は普通に話してるよな」
「あいつバカだしめっちゃ陽キャだからそのへんはさすがだよな。でもなんかいつもわけわかんねー話ばっかしてね? 漫画の話っつうかさー」
「あーしてるな多分。あいつ『バンピ』好きだったけどそんなマジで好きだったんだなっつう。話題程度かと思ってたわ。なんかオタクくせーつうかさー」
「それな。他にもわけわかんねー話してるしよー。けど俺たちと話してる時よりなーんか楽しそうなんだよなー」
「なー。なーんかむかつくよなーそういうの……めちゃくちゃ付き合い悪くなったしよー。あいつのせいであいついる時ユウカたち呼べねーし。なんかめっちゃキレてたよなー。ユウカたちが桧原のこといじめてたとかでよー」
「ほんとな。めんどくせーよなマジで。全然仲直りしねーし。でも金田いねーならユウカたちも来れっからいいんじゃね?」
「そうだな! まーバカがいねーのもつまんねーけど女子いねーほうがつまんねーしよ。別にいっか! ポジティブに考えてかねーとな! んじゃ早速あいつらに声かけねーと」
友人らはそう言い、スマートフォンを取り出すのであった。
一方その頃、金田は廊下で桧原に追いついていた。
「桧原ー。何先行ってんだよ待っててくれてもいいじゃねーかー」
「いや、あんた友達と話してたし」
「んなのすぐ終わんだから待ってりゃよくねー? つか声かけてくれりゃいいしよー」
「……私そういうの苦手だから。ああいう感じの人達もちょっとあれだし」
「あー、まあそっかー。あいつらも見た目はあんなんだしなー。まーわりーやつではねーけどよー。苦手なやつは苦手かもなー」
「へー。あんた友達なのに普通に言うのね」
「それは別に関係なくね? ダチだろうといい部分はいいし悪い部分はわりーだろ。あいつらもデリカシーねー部分あっからなー」
「はっ、あんたがそれ言う?」
と桧原は言う。
「でもいいの? 最近いつもこっちばっかいるじゃん。友達と遊ばなくてさ。今日だってようやく夏休みってハメ外せるんだろうし、夏休みだってずっとさ」
「はー? 何言ってんだよお前ー。俺の夏休みの計画知ってんだろー? 遊んでる暇なんてねーっつーの。マジで目標あんだからよー」
「そう……あんたがそれでいいならいいけど」
「いいに決まってんじゃねーか! もうバリバリやるぜ俺は! やる気だかんなー!」
「そ。別にいいけどその前に補習だのあること忘れてんじゃない?」
「うわー、マジクソだー。俺の夏休みまだじゃねーかー……こんな暑い中夏休みなのにガッコーなんか来てらんねーっつうの。クソー、泣きてーぜマジで……」
「……あの、黙ってたけど私も一応補習で学校来るから」
「はー!? え、なんで!?」
「そりゃ不登校っていうか、出席日数の関係で……」
「あーやっぱあんだなーそれも。けどなんで今まで言わなかったんだよ」
「いやまあ、まだ不確定だったっていうか、絶対じゃなかったし……出たほうがよかったんし成績では問題なかったんだけど、でも一応出といたほうがよくて。担任からは二学期以降休まなきゃ一応なんとかなるから無理はしなくていいとは言われてたけど、でも間あけると不安だしどうせなら人いないときのほうがいいからね」
「なるほどなー。まー実際毎日外出たほうがいいからなー。けどこっちも助かるわー。知らねーやつばっかのとこで一人でとかキツかったしよー。桧原が一緒ならなんとかなりそうだわー」
金田はそう言って心底嬉しそうに笑うのであった。
「あんたって……ほんといつも本気で嬉しそうに言うよね」
「実際嬉しいからなー。毎日桧原と一緒とかそりゃ楽しいだろー」
「……あんたそういうのさ、自分で言っててなんとも思わないの?」
「何が?」
「何がって……いい。あんたに言っても全部無駄だろうから」
桧原はそう言ってため息をつく。そのうつむき加減の顔には、たしかに微笑が浮かんでいた。
*
夏休み初日。ギラギラに照りつける太陽の中、金田は朝から学校へ向かい補習授業を受ける。補習授業は赤点をとった学年屈指のバカの集まりであり、故に出席率も悪い。そもそも夏休み初日から真面目に補習授業に来るような人間ははじめから赤点などとらない。真面目に勉強をしている。真面目かつ赤点を取るような人間は、一部の部活動に熱心で勉強をする余裕がない者くらい。そういう者たちは当然部活のため、大会のために補習に出ざるを得ない。だから金田のような不真面目かつ赤点の者は例外。そのくせ補習にちゃんと出る人間は例外。さらにいえば桧原のような者も例外。もちろん桧原以外にも不登校の者はいたが、不登校なのだから当然学校になど来やしない。
そのように教室で顔を合わせた二人であったが、金田の「変化」に桧原は一瞬眉をしかめる。
「おー桧原おはよー。マジでちゃんと来たんだなー」
「そっちこそね。ていうかメガネ」
「あー? そうだなー。俺普段コンタクトって言ったっけ?」
「聞いた気がするけど初めて見た。コンタクトないの?」
「いやー? めんどくせーしよー、金もかかるしなー。夏休みだしメガネあんのにいちいちつけてんのもバカらしいかんなー。メガネでいいわーって思ってよー」
「そう。さすがに印象少し違うね」
「そっかー? どんなふうにー?」
「なんか少しオタクっぽい。というかメガネがいかにもオタクっぽい」
「ははー! まーそうかもなー! メガネなんて見えりゃーいいからよー、適当に安いの買ったかんなー。まー一応そういうのもあっけどよー、バカのくせにメガネしてっと色々うっせーからなー。似合わねーとかダセーとかあるしよー。めんどくせーからコンタクトにしてなー。それもめんどくせーけど。まーこの頭にはあんま似合ってねーだろ?」
と金田はパッと明るい笑顔で金髪を指す。
「……逆に似合ってんじゃない?」
「マジ?」
「ギャップっていうか意外性で。キャラ付けできてんじゃん。あと少しはバカじゃなさそう」
「おー! ならいっかー! まーでも夏は確かにメガネじゃねー方がいいかもなー。暑いのにこんなんつけてるとさらに暑いわー。まー金とめんどくささ考えたらこっちだけどよー」
金田はそう言って眠そうにあくびをするのであった。
そうしてようやく午前一杯の補習も終え、金田たちのもとに夏休みの「放課後」が訪れた。
「はー、ようやく終わったー……まーじ疲れたぜー……」
とうなだれる金田。
「さすがのあんたも勉強のあとは意気消沈すんのね」
「イキショーチン? わかんねーけど疲れるぜーマジで。一番苦手なことだからよー。でも終わったからには元気出てきたぜー!」
とすかさずテンションが上がる金田。
「ほんとあんたって単純っていうか、お手軽でいいわね……」
「そうかー? まー切り替えていかねーともったいねーだろ。これから楽しいことが待ってんだし夏休みなんだしよー」
「そうだけど。でもあんた結構真面目に授業受けてたね」
「そりゃなー。留年かかってんだからこっちだってさすがに本気だっつーの。クーラーのおかげで逆に気持ちよくて寝そうだったけどよー。けどがんばったからめっちゃ腹減ったよなー。飯食ってく?」
「いや、私ご飯持ってきてないし」
「マジかー。じゃあ帰ってからだなー。帰るつってもお前んちだけどよー」
「ほんと自分ち感覚ね……まだ数週間しか経ってないのに」
そう言って呆れつつも笑う桧原であった。
猛暑の中ようやく桧原宅にたどり着き、クーラーの涼しい風を浴びる二人。
「涼しー。てかあちー。夏は移動のたびに汗だくだからきちーよなー」
「ほんと。マジ死ぬ」
「死ぬよなーマジで。そーいやよー、お前んちいつ来ても誰もいねーよなー」
「は? 親?」
「あー」
「そりゃ夏休みなんて子供だけなんだから平日の昼間から親がいるわけないじゃん。仕事なんだし」
「そうだけどよー。そういや土日に来たことまだねーもんなー。俺もバイトあるし」
「土日まで一日中いられるのはさすがにね」
「そこはさすがに俺でも遠慮すっかなー。俺でも遠慮くらいはさすがにわかっからよー」
「思いっきり人んちでご飯食べようとしてる人間がよく言う」
桧原はそう言ってもはや慣れた様子で笑うのであった。
昼食も食べ終え二人はいつも通り二回の桧原の部屋に移動する。桧原はPC、液晶タブレットに向かって。金田はローテーブルでそれぞれ自分の漫画の作業にあたる。
「――かーっ! わっかんねー! ネームマジむじー! やっぱ頭使うのはだめだわ俺!」
とお手上げといった具合に両手をあげる金田。
「うまくいかねーとか以前にわかんねーわー。桧原わりーけどちょっと見てくんない?」
「いいけど」
「大きさとか配置とかよー、マジで全然わかんねーわ。パズルみてーでよー。頭使ってっとめっちゃ疲れるし。向いてなさすぎんだろ俺ー」
「こういうのも向いてるとかないでしょ別に。結局経験だし。まあ最初っからいきなりとかは難しいだろうけど。はっきり正解があるってもんでもないしね」
「だろー? 正解ある勉強だって苦手なのによー、正解ねーもんとか無理すぎんじゃねーかー」
「それでもやらないとうまくならないじゃん。でも確かにこれは……ほとんど何も変わってないかもね」
「だろー? 助けてくれよー。ここで詰まってちゃ一生先行けねーじゃねーか」
「まあ今回はページ数とかもあるしね……いきなり最初からだとさすがにあれか。これ私の一ページ目の手本見ながらやってるんでしょ?」
「一応なー。でもなんつーかよー、大事なコマっつったら全部大事じゃん? それ選んでさー、サイズとか配置考えて、それだけでもパズルでめっちゃむずいのに流れとかまであるわけだろ? マジなにをどうすりゃいいのか全然わかんねーわー。マジでわりーけど手本見せてくれねー? お前も自分ので忙しいとこほんとわりーんだけどよー」
「そうね……ちょっとこれ借りていい?」
「もちろん」
「ちょっと時間かかるけど。その間あんたは勉強でもしてて」
「えー? 勉強かよー。もう散々午前中やったじゃねーか」
「人が自分の時間使ってあんたのためにやってあげてる間に遊んでる方がありえなくない?」
「まーそうだけどよー……でも勉強なら漫画の勉強にしてくれよなーせめて」
「……じゃあこれ読んでて」
と桧原は本棚から本を取って渡す。それは漫画のネームづくりのための教本だった。
「中に色々課題とかもあるからそれもちゃんとやりなよ」
「おー! こういうのあんなら先に言えよなー! やるやる! 漫画のべんきょーならぜってー楽しいからなー! よっしゃやってやるぜー!」
金田はそう言い早速鼻歌交じりに教本を読み始めるのであった。そのある種の素直さ、単純さに「学校の勉強もこれくらい楽しんでやれればいいんだけどね……まあこれだけ単純ならちゃんとやることやれば伸びるとは思うけど」と思いつつ自分も机に向かうのであった。
それから数時間後。
「おまたせ。とりあえず元のなるべくそのままにページ数も考えて全部ネーム描いてみた」
「マジで!? ほんとすげーな桧原! てかはやっ!」
「元の漫画があるからね。言ってみれば分解してまた組み立てただけだし。あんたも練習で描いたんでしょ? 見せてよ」
「あー。でもやっぱ教科書ありながらだとわかりやすいなー。そういうことかーって感じだしなんかできた気になるしよー」
「それもそれで危ないけどね。自分でできた気になってても客観的に見たら全然とかいうこともあるし」
「なるほどなー。んじゃ俺もあの漫画がどんなふうに生まれ変わったか楽しみだわー」
そう言って桧原から紙を受け取り読み始める。読みながらひたすらに「おー!」「すげー!」
「マジかー!」などと感嘆の声を上げる。
「すげー! マジで生まれ変わってんじゃん! ネームだけでこんな変わんだなー!」
「そりゃね。漫画の九割はネームでしょ。漫画だって結局は空間なんだし、ネームで空間操作して時間も操作しなきゃ」
「は? 何言ってんのお前」
「漫画は空間でしょ! こう、この中に絵とか情報詰め込んでさ! その空間をうまくコントロールすんの! そうすると読者の読む時間、読み方もある程度コントロールできるわけ! 絵とかコマ数とか文字数めちゃくちゃ多い漫画は読むの時間かかるでしょ!? 漫画は空間と時間が密接に関係してんの!」
「あー、そういうなー。『ショーナン探偵団』とか文字多すぎてめっちゃ時間かかんもんな」
「そういうこと。漫画読むにも適切な時間配分ってあるでしょ。漫画なんてしょせん暇つぶしなんだから大抵の人はそんな時間使わないんだし。娯楽だってたくさんあるんだからそんな漫画にばっか使ってられないんだしさ。プロでもなく人気もない新人なんてなおさらじゃん。自分の漫画は読んでもらえないって前提で描くのも重要なの」
「はー、そんなことまで考えて描いてんのか。ほんとすげーな」
「そ。漫画は取捨選択。連載でもなんでもなくプロでもない賞に応募する新人なんかなおさら。それをネームできちんとやっとくの。そりゃできるだけ全部入れたいのが当然だけどそんなことしてて読まれないんじゃ元も子もないしね。相手は自分の漫画になんて興味ないんだから」
「はー、厳しい現実だなー。でもシュシャセンタクって何? センタクは多分わかっけどさ」
「何を取るか捨てるか。いるものいらないもの、必要なもの不必要なもの。その選択。あんた漫画描く前にもう少し国語の勉強もしないとダメでしょ。ていうか漫画読んでるのに言葉知らなすぎじゃない?」
「なんとなくで読んでっからなー。でもそうだよなー。これからは漫画でも知らねー言葉あったら調べねーと」
「漫画家が聞いたら泣く言葉よね、なんとなく読んでるって。まあそれを選べないしそれすら自分の責任っていうのが漫画家なんだろうけど……。まー流れで言うけどさ、もちろんページ数っていうのもあるけどやっぱあんたの漫画も取捨選択はまだまだ今ひとつだったからね。やっぱり描きたいって気持ちが多いから情報量多くなるし。でもそれが本当にこの短編の中に必要なのかって話。どれだけ思い入れがあってもね。自分の描きたいこと、必要なものにちゃんと優先順位つけてさ。それでなくてもいいものは泣く泣く削ってくの。それこそキャラ丸々一人分とかね。私が描いたネームと自分の漫画見比べてみなよ。勝手にだけど結構削ってるから。その取捨選択はこっちで勝手に選んだけど、でも描いた人間じゃないからこそ、読者だからこそそれができるわけでもあるしさ」
「そこまでやってんだ。読んだだけだと気づかなかったわ。んじゃ読み比べてみっけどよー」
と金田は桧原のネームと自分の漫画を並べて読み比べてみる。
「――はー、マジでぜんぜん違うなー。いや、ほとんど同じなんだけどよー。ほとんどっていうか根っこ? 大事なとこっつうかさー。こうやって見っと俺のはほんと無駄多かったんだなー。でもちゃんとおもしれーギャグは残ってるしよー、流れはむしろスムーズだし。描きたかったことっていうか一番大事な部分はちゃんと残ってるしむしろ強調されてるしなー。漫画ってマジですげーなほんと。こんなん変わるのかー」
「そうね。だからまあ、できれば時間おいてなるべく客観的に、一読者として読み直す、読めるようにってのはネームでは大事なんじゃない? 読者として読めばこれなくてもいいなーとかよくわかるし。読者として目をつけたポイントだけ残すっていうかさ。ちゃんと抜き出して」
「読者としてなー。確かに読者なんて厳しいもんなー。描いた方の気持ちとか関係ねーしよー。いやでもさ、これ完璧すぎじゃね? 何も俺考えねーでこれそのまま使ったほうがよくね?」
「それだとあんた全然成長しないでしょ」
「でももったいねーじゃん! 俺だって勉強すっけどよー、でも最初なんだしさー! だって俺のネーム見てみろよ。というかその練習ネームどう?」
「まあ三十点。がんばろうといしてるのはわかる」
「だろー? そのままやってても間に合わねーじゃねーか! ずっとネームばっかやってても楽しくねーしよー。やっぱ楽しくねーと続かねーじゃねーか」
「あんたほんとねぇ……」
「経験だよ経験。バカで勉強挫折した身としてはよー。でも好きな漫画でそんなのは嫌だからさー。このネームだってどうやって作ってんのか教えてくれりゃ俺の勉強にはなるしよー。解説っつーの? どうやってんのか教えてくれよ」
「はぁ……じゃあ教えるけど、ちゃんとメモでもなんでもとって覚えようとしてよね? 全部あんたのためなんだから」
「了解! 任せとけってー!」
「あと漫画読む時も適当になんとなく読まないこと。とにかくネーム意識して。ネームに構図。絵もしっかり見る。あとはネームというかコマを分解してみるとかさ」
「分解?」
「そ。既存の漫画をね、一話分コマだけ全部抜き取って、それを自分で再配置し直すの。もちろん漫画は見ないでね。コマも全部同じサイズで抜き出して、それをサイズとか変えつつ自分なりに再配置する。単語カードみたいな同じサイズの小さい紙に描いたほうがやりやすいだろうけど。もっといいのはネームとして分解ね。絵はほとんど描かないでセリフだけ。もしくは文章で書く。誰がいるかだけ。その状態から構図まで含めてネームを組み立て直す。分解と再構築。ゼロから作るよりはやりやすいしこれでも練習にはなるでしょ。初心者なら特に。好きな漫画なら楽しんでできるだろうしさ、好きな漫画家の漫画のこともよく知れるし。それでできたのを正解、元の漫画と見比べてどこが違うのか何が違うのか探して知ろうとする。そうすると目に見える形ではっきり自分のどこが悪いのかもわかるじゃん」
「……すげー……桧原そんなことまでやってきたの?」
「そりゃね。私だって最初からできたわけじゃないしネームは多分一番苦手な部分だったから。苦手だけど一番大事だってのもわかってたし。基礎よ基礎。漫画の基礎。国語と同じだし足し算引き算九九みたいなもの。それができないと始まらないっていう」
「マジかー……いやーでもそうやってやり方まで教わるとなんかできる気がしてくるし俺もやってみてーって思えるからいいな! 実際早速やってみてーしよ!」
「ほんと単純っていうか、でも得よねその性格」
「だろー? やっぱバカは得だよなー!」
「バカはさすがになりたくないけどね……じゃあとりあえず、あんたの元の漫画見ながらどうやって分解再構築、取捨選択してったか教えるからちゃんと聞いててよね」
と桧原によるネーム講座が始まるのであった。