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そうしてやってきた桧原の家。金田にとっては都合三度目の訪問だったが、すでに実家のようなものであった。
「はー、生き返るわー。自分の部屋にクーラーあるとか最強だよなー。俺の部屋ねーからよー。そもそもそんなクーラー使えねえし」
「そう……まあありがたいよねほんと。冷たい飲み物くらいは出すけど、お茶でいい?」
「マジで? あんがとー助かるわー。マジで漫喫だなーここ」
「漫喫だったら自分で飲み物やってよね」
桧原はそう言って笑い、部屋を出る。一人残された金田は汗を拭き、うちわで扇ぎながら早速ノートを取り出す。当然勉強ではなく、昨日の漫画の続き。学習ノートにシャープペンで描いたもの。しかし描き方など、道具などはどうでもいい。関係ない。重要なのは楽しいということ。楽しいから描くだけ。ただ、それだけだった。
「お待たせ。うわっ、勉強してんの?」
「残念ながら違うんだよなー」
「いやしろし。絵? というか漫画?」
と桧原は覗き込む。
「まあなー。まだ見るなよー。もう少しで完成すっからよー」
「ふーん……さっき言ってた見せたいのってそれ?」
「そーそー。やっぱよー、いざ勉強しようとすっとどーしてもこっちいっちまうんだよなー。というかやらなきゃいけないことから逃げて読む漫画とか落書きのほうがめっちゃ面白くね?」
「それはね……さすがにダメなんだけどスパイスというか」
「それなー。もうめっちゃハマっちまってよー。結局全然勉強しねーで夜更かしして描いちまったわー。ほんと桧原の漫画見てよー、俺もやりてー! ってなったしなー。なんかあれからすげー頭ん中に色々湧いてきてさー」
「ふーん……じゃ、とりあえず飲み物ここ置いとくから気をつけてね」
「おー。マジあんがとなー。てか人んち来といていきなり漫画描いたりしててわりーなー。すぐ読ませてーからさー」
「いいよ別に。じゃあ私も、こっちでやってるから」
桧原はそう言い、一人パソコンの前に座るのであった。
静寂が、室内には広がっていた。
*
およそ二時間後。
「――できたー! やっと描き終えたわー!」
と金田は両手でノートを掲げる。
「終わったんだ。ていうかあんたすごい集中してたね」
「そっかー? 勉強じゃねーと集中できんだよなー俺も。思ったより時間かかっちまったけどよー。描くこと増えてくっていうか。まー見せる前に自分でも読み直してみるわ」
金田はそう言い、ページを最初からめくる。そうして読み始めるのだが、その表情はやはり豊かで、笑い、ニヤけ、感嘆する。その鮮やかな変化。改めて桧原は「こいつほんと楽しそうに漫画読むよね……」と思うのだった。
「――はーっ! おもしれー! おもしれーわやっぱ! 自分で描いたけどよー、あんま自分で描いた気しねーっつうの? 知ってるはずなのに笑えるしさー。やっぱいいわこれ!」
「すっごい自画自賛ねあんた」
「いやちげーんだよ。自分がどーこーじゃなくてさ、漫画がおもしれーの。別に自分がすげーとかは思わねーけどこれはおもしれーんだもん。とにかく読めって」
と金田はノートを差し出す。それは、自信とも異なるもの。あまりにも純粋な感情。漫画と自分が完全に切り離されている。自分が描いた、自分が作ったなどという思いはどこにもない。自負も自尊心もありえない。ただ楽しんで描いて、結果として面白いものができた。読んだら面白かった。ただそれだけの、子供の世界観。それを桧原は、羨ましいとも思う。でも、それも初めて漫画を描いたからというだけの話。誰でもはじめはそうというだけのことで。
「そこまでいうなら読むけど……」
桧原はノートを受け取り、読み始める。それは罫線のある学習ノートに描かれた、いかにも漫画素人が片手間に描いたようななり。コマ割りもあってないようなもの。絵も下手。下手というほどでないが、漫画として描けているものではない。
ポーズがない。ポーズの引き出しがないのがよくわかる。だから少し複雑なポーズをさせると明らかに絵が破綻している。だから同じ構図が多い。ポーズの幅がないのだから当然構図にも幅がない。どのコマも似たりよったりの絵。
が、面白い。そんなこととは関係なく、面白い。
セリフが面白い。汚い字だが、いちいちセリフが面白い。ギャグが面白い。ありえそうな言葉。真に迫る言葉。嘘偽り、かっこつけがない。純粋にその時その時のキャラクターの真の言葉と思えるもの。笑える。笑ってしまう。思わずクスリと、そしてブフッと噴き出してしまう。
キャラがいい。みないきいきとしている。みな一生懸命に生きている。確かに存在すると思わせる何か。かわいらしい。おもしろい。個性、というより個々のキャラにしっかり芯が通っている。一貫性がある。すべての言動に納得できる。このキャラはこう動くだろうと、こう言うだろうと、それがはっきりわかる。だからといって予定調和すぎない。期待は裏切らないが、すべてが予想通りではない。
それはラブコメ。コメディより、ギャグ主体のラブコメ。しかしきっちりラブもある。そしてなによりキャラへの愛がある。とくに女性キャラ。そのキャラをかわいく描きたい、そのキャラのかわいさをちゃんと見せたい。そういうのがはっきり伝わってくる。
全体としてはどこかで見たことあるようなもの。鉄板。そして時々ご都合主義。特別真新しいわけではない。しかし、だからこそ面白い。面白いの肝を掴んでいる。外さない。ありきたりだからこそ多くの読者が望むものがちゃんとある。奇をてらっていない。感情の波がある。そしてしっかり気持ちよく終わる。
とにかくキャラクター。キャラがよければなんとかなる、キャラの力で押し通せる、という見本のような漫画。たとえ絵が下手でも、その下手な絵には愛がある。想いがある。必死にかわいく描こうとしている。自分が思うかわいいを突き詰めている。外見や内面に特別新しいものがあるわけではない。しかしわかりやすい特徴。それでいて露骨すぎない、絶妙な差別化。作者の中にキャラが明確にいてはっきり動いているということがわかる。この短い漫画の中にも、確かにキャラの人生がある。
桧原は読み終えて、息をついた。感情がうまく整理できない。思うことは多々ある。しかしそれを、そのまま飲み込めない。そのまま認められない。おもしろい、けれども、だからこそ……
嫉妬。強烈に抱くそれ。これは、この拙い漫画は、自分がこれまで描いたどんな漫画よりも純粋に「面白い」と思う。ただ面白さだけがある。自分は、こんなもの描けなかった。描いてこなかった。ただシンプルに漫画の面白さだけで言えば、間違いなく自分の漫画より上のもの。
なんであんたが、こんなの描けんの? なんであんたみたいなバカが、初めて描いたようなやつが。私が描けないようなものを。なんであんたが、できんのよ。
「どうだったよ。読み終わったんだろ?」
と金田が声をかける。
「うん……まあ、悔しいけど、面白かった」
「だよなー!? てか悔しいけどってなんだよ!」
「そりゃまあ、自分も描く身としてはね……」
「そう? まーでもおもしれーならそれでいいわ! いやさー、ギャグがおもしれーよなー! んでやっぱキャラがかわいいしよー。ヒロインやばくね? なんかもうど真ん中タイプだよなー」
と笑っていう金田。そりゃ自分が描いたんだから当然でしょ、と思う桧原であったが、とうの金田には「自分で描いた」などという様子はまるでない。自賛などありえず、ただ本当に他人が描いた漫画を絶賛している様子。なんでそんなに自分から離れて、と桧原は妬ましさすら抱く。
「けどよー、やっぱ実際描いてみて全然でよー。コマ割りとかマジでどうすりゃいいのかわかんねーしなー。見様見真似でやってみたけどどうすりゃいいのか全然でさー。とりあえずはやってみたしそれで埋まったからいいけどよー。桧原ってコマ割りとかどうやってんの?」
「どうって、まあなんとなく頭の中に話はあって、それをとりあえず一ページに丁度よく収まるあたりで頭の中で切って、それを分割しながらコマ当てはめてって、コマによって見せたいサイズとかも違うし。それで流れとかも考えながら配置して。あとはネームだけど各コマごとに構図も、ある程度は頭の中で決まってるけどそれ実際描いてみてって」
「すげー。どうやったらそんなんできんの? 練習とかさ」
「練習はまあ、そんなしたってわけじゃないけど。でも勉強としては、漫画読む時ネームとかコマ割りとか意識して読むようにしてるからね。実際手動かして真似して描いてみるとすごいわかりやすいし」
「そういうかー。俺全然そういうの考えねーでただ読んでっからなー。やっぱもっと頭使って読まねーとダメかー。これからは意識しねーとなー」
「まあでも最初からいきなりなんて普通できないからね。だから最初はコンテみたいにとりあえず描く予定のコマ、描きたいコマ描いてってさ、それをあとから組み合わせる感じで」
「コンテって何?」
「えっと、映画とかアニメの設計図みたいな感じだけど、あんたのこれもある意味そのままコンテみたいなもんだからね。ちょっとこれ借りていい?」
と桧原は再び金田の漫画ノートを手に取る。
「これそのままにちゃんとコマ割ってくと……」
桧原はそういい、コピー用紙を机に広げ、その上に鉛筆でフリーハンドで線を引いていく。そうしてその中に、簡素に絵やフキダシ、セリフを入れていく。
「こういう感じで。一ページのコマ、内容はそのままだけどとりあえず配置だけ変えた感じ」
「おー! すっげー! マジでこれだけで一気に漫画っぽくなったわー! 読みやすいしよー。ほんとすげーなー! え、じゃあさ、これ桧原が描くならどんな感じになるの? やっぱ絵も下手だしポーズとかも全然だからさー、ほんと全然思ったとおりにならなくてよー。つっても描けねーからやっぱ描けるように描くしかなくなるし」
「そうね……じゃあとりあえず一ページだけだけど。ほんと軽くラフで描くけど」
と桧原は先程軽くコマを割りネーム程度の絵を描いた紙の上に、先程より濃くはっきり絵を描いていく。金田の絵をそのまま描くのではなく、ポーズを、構図を変え、より特徴的に。動きを与え。ダイナミックかつ効果的に。そうして最初の一ページが仕上がった。
「急ぎだけど私が描くならこんな感じ」
「うへー! マジすげーな桧原! 俺の漫画が完全にまともな漫画になってんじゃん! すっごー! これだよこれ! 俺の頭ん中にあったのよか何倍もいいしよー! すっげー! 完全に生まれ変わってんじゃんかこれー!」
とノートを掲げ目を輝かせる金田。
「そう? そこまで?」
「そこまで以上だろこりゃー! うわー、こうだったのかー。初めてこの漫画がどういう漫画だったのかわかった気がするわー。ほんと表現ってすげーなー。やり方変わるだけでこんなちげーんだもんなー!」
とひたすら感心する金田。
「なるほどねー。こりゃ俺も勉強しねーとなー。勉強して練習してさー。こんなよくなんの見せられたら自分でもやりてーって思っちまうわー。まーでさ、ついでだから感想教えてよ。他にも色々さ。桧原の意見すげー聞きてーから」
「あーうん……まあ、絵は当然下手よね。まだ全然。自分でも言ってたけどポーズが全然描けてないし。描けないし引出しないから同じようなポーズばっかで、だから同じような絵ばっかりで画面が単調で。当然コマ割りのせいもあるけど」
「ほんとなー。ポーズなー。いつも同じポーズとか顔ばっか描いてっからなー。やっぱ描ける絵ばっか描いてっからよー」
「そうね。だからもっとポーズ、構図、色んな角度から描く練習して。デッサン人形なんかあればいいんだけど今はネットで色んなポーズできる3Dモデルとかもあるからね。そういうのスマホで見ながら描けばいいし」
「だよなー。コウズっつーのはさ、ポーズとは何が違うの?」
「ポーズもそうだけど、ポーズって角度の部分もあるじゃん。同じポーズでも見る角度によって違うし。構図っていうのはわかりやすく言うとカメラでさ、あんたもスマホのカメラで撮ることはあるでしょ? ようするにそのフレームの中に何を入れるかって話で、どこにカメラを置くかってこと」
「はー……わりぃ、バカだからイマイチわかんねえわ」
「あ、そう……まあ実践した方がわかりやすいよね」
桧原はそういい、机の上にデッサン人形を二体並べる。
「スマホの画面見て。これが正面から撮ってる状態。これが漫画のコマとほとんど一緒なのはわかるよね?」
「そうだなー。四角で外に線があって」
「そういうこと。このカメラのフレームが漫画のコマの枠線みたいな感じ。もちろん漫画の枠線、コマはもっとサイズとか形とか比率とか自由に動かせるけど。で、この正面の状態のまま上から撮る、俯瞰するとこういう感じになる」
「あー、わかるわ。こういう上から見下ろしてるコマとかあるよなー」
「そういうこと。これ単純にカメラの位置動かしただけってのはわかるよね? デッサン人形とか被写体は動かしてなくて。でもカメラの位置動かしただけで見え方全然違うし印象も違うじゃん」
「そうだなー。それがカメラをどこに置くかってことか」
「そういうこと。次下から見上げる感じ。アオリ」
「おー。また全然印象違うな」
「でしょ? あとは高低差だけじゃなくて当然距離もあるし。カメラの場合はズームがあるけどさ、まあわかりやすくカメラの位置動かして」
と桧原はスマホを近づけたり遠ざけたりする。
「あー。アップかどうかってやつだなー」
「そ。これも全然印象違うじゃん。当然フレームの中に収まってる画、情報も全然違くて。遠いと背景がいっぱい入るけど近いと全然入らない」
「ほんとだなー。そういうことだったんだなあれって。カメラで見るとすげーよくわかるわ」
「でしょ? で、当然これが三六〇度、ていっても球だから正確には違うのか。とにかくあらゆる角度から撮れるわけじゃん。上下に左右に前後に背後からとか」
と桧原は移動しつつあらゆる角度からデッサン人形を撮る。
「まずこれが構図におけるカメラの位置。で、構図はこれだけじゃないってわかる? わかりやすくいうとカメラ以外にも動くものがある」
「あー……人?」
「そう。今はデッサン人形。こっちで動かさないと動かないけど人間とかは動くからね。で、まずはポーズだけど、あとは配置。配置は物のほうがわかりやすいかもね」
と桧原は机の上のデッサン人形のポーズを変え、互いに向き合わせ配置を変える。
「ポーズはともかくさっきと立ち位置が違うのわかるじゃん。これをこっちから撮るとこうだし、逆から撮るとこう」
「はー! また全然ちげーな!」
「そう。これが構図における『カメラの中に何を置くか。どう置くか』って話。構図は大まかにこの二つね。カメラをどこに置くかと、カメラの中に、フレームの中に何をどう置くか。カメラ、写真だとわかりやすいけどさ、簡単に言えば漫画はこれを絵で、頭の中でやるって感じかな」
「すげー! マジすげーな絵描く人って! いちいちそんなこと考えてやってんだろ!? うわすっげー! すげーなマジで!」
と金田はひたすら感心し、そしてどこか楽しそうに笑う。
「すげーよほんと! んなこと考えて読んだり描いたりしたことなかったわー! うわー、マジ感動。こうやって知るとほんとに漫画家ってすげーんだなってめっちゃわかるわ」
「だよね。構図は描ける人はほんとすごいし。構図だけでひたすらにかっこいいし見てられるし」
「なー。でも桧原だってめっちゃできてんじゃん」
「私なんか全然。まだ全然パターンでやってるだけだし。やっぱり知らないの、描いたことないのはうまく描けないしさ。そんなかっこよくて特徴あって一目で痺れるような構図は描けないし」
「でもこういうのって合ってるかが大事なんじゃねーの? 的確? つうかよー。ちゃんと表現できてるかっていうかさ」
「そうね……まあ基本はそうだし読んでる方からしたらそうだけど、でも自分の満足っていうかさ、表現っていうか、探求としてはまた別だろうし」
「そうだなー。実際描いてよくわかったけど自分が思ってる通りに描きてーもんなー」
「そうそう。でさ、まあ構図も含めて絵の話だったけど、上手い下手はともかくキャラはいいんじゃない? デザインとしてはやっぱりパクリっていうかよくある感じだけどさ、でもあんたがこれ描きたいんだなーっていうのはよくわかったし」
「マジ!? そうなんだよなー。やっぱほんとヒロインかわいく描きたかったしよー。でも全然画力足んねーんだよなー。ほんとはあんなんじゃないんだぜー? もっとめっちゃかわいいんだけどよー。がんばったけどまだまだだなー」
「まあでも気持ちは伝わってきたし。あとはやっぱりもう少し引き出し増やしてデザインで違い出せたらいいんじゃない? じゃなけりゃとにかくうまくなってかわいく描けるようにするとかさ。表情もパターン増やしてね。でもキャラは、ほんと良かったと思う。この漫画で一番いいとこっていうか、力あったし。エネルギーっていうか、ほんと好感持てるし特徴あって、そりゃ確かに全部どこかで見たことある感じで寄せ集め感はあったけどさ、だからこそっていうかちゃんとポイント抑えてて。魅力的なキャラに必要なポイントっていうのかな。そういうのがちゃんとしてて」
「だよなー。まー無意識だけどよー、やっぱ自分の好きなもん全部詰め込んだ感じっつうの? だから描いててもめっちゃ楽しかったしよー。いいよなーほんと。なんかさー、キャラが勝手に動くっていうの? そういう感じでよー、頭ん中で勝手に動いて喋ってなー。それがめっちゃいいから必死に描き写したっていうかさー」
「初めてのくせにすごいいっぱしのこと言うじゃん」
「初めてだからこそじゃねーの? そういう思いつきっつうか勢いのままっていうかさー。でもキャラがいいのはちゃんと伝わってよかったわー」
「うん。でまあ、話だけど、とりあえずギャグは面白い。笑った。さすがバカって感じ」
「だろー? バカはお笑いにはつえーんだよやっぱ」
「うん。ラブコメもさ、すごいコメディよりでおかしかったけど、でもちゃんと恋愛要素もあって。まあいい意味ですごくバカっぽくて、だから気楽に読めるし。バカだけどさ、ギャグだけど、でも全部ちゃんとキャラが本気で一生懸命やってるからこそ笑えるっていうか。笑いのための笑いじゃなくてね。そういうのは、うん、すごく良かったと思う」
「ベタ褒めじゃねーかー。めっちゃ嬉しいわー」
「いや、でもそれで終わりじゃないからね? そりゃギャグは面白かったけどさ、でも全体の話、流れとしてはやっぱありきたりだし。全体的にどこかでみたことあるものの寄せ集めだし。ただでも、そういうのもちゃんといい部分の寄せ集めで鉄板王道だからこそ面白いっていうか、期待を裏切らないって部分があって、そういうとこは軽く読む上でもすごい良かったと思う」
「なるほどねー。やっぱ色々読んでっからなー。意識してなくてもそういうの勝手に引っ張ってきて真似して描いてんのかもなー。やっぱ知ってることしか描けねーもんだよなー。馴染みあることしかさー」
「かもね。でも変にこねくり回すよりは全然いいんじゃない? なにより勢いあったしさ。ほんと読んでて、すごい楽しんで描いてるっていうか、勢いでノリノリで描いてるっていうのはわかったから。それが作品に力与えてたし」
「そうだなー。マジ勢いだけだった気はするしよー。けどよー、聞いてる限り絵というか漫画部分以外はかなりよかったってことか?」
「……そうね。それはほんと、正直に」
「マジかー。すげー嬉しいわ。でも不思議とそうだよなーって感じするよなー」
「そうだよなって?」
「自分が描いたとか別にしてよー、ほんと読んで単純におもしかったしさー。そりゃなるべく他人として読んでも絵とかは全然だけどよー、でもおもしれーのは事実だったしなー。そんで基本読んだ感想が桧原と同じだったからよかったわ。やっぱそうだよなって感じでさ。やっぱ趣味っていうか意見合うよなー俺ら」
「かもね……でもまあ、あれは単純な面白さならちゃんと万人共通だと思うけど」
「マジで? ならすげーよかったわ。なんかさー、改めて漫画は絵が下手でもおもしろいもんはおもしれーってわかった気がするわ。自分の漫画でんなこと言ってんのもバカらしいけどよー」
「そんなことないでしょ。それでいいってわかったんだし、なら絵を、漫画を良くすればもっと良くなるってことでもあるんだしさ」
「そうだなー。でもほんと描いてよかったわー。描いて読んでもらってよー。自分で描いて楽しくて読んでもおもしれーとか一石二鳥じゃね? 自家発電つーの? お得だよなー」
と呑気に笑う金田。
「けどよー、こうやって描いてみっとやっぱもっとちゃんとこれ完成させてやりてーっては思うよなー」
「完成って?」
「いやさー、このままじゃマジで子供の落書きと変わんねーじゃん? 実際そうなんだけどよー、そうじゃなくてこう、もっとちゃんと漫画らしくっつうかなー。なんかこのままじゃさすがにかわいそうっつうかさー、作品もキャラもそうだけど、なんかこうちゃーんとしてやりてえってのは思うよなー」
「ああ……いいんじゃない? そんなノートじゃなくてちゃんと原稿用紙に描いて絵も丁寧に描いてペン入れもして、ってことでしょ?」
「そーそー! もっとこうちゃんとさ、漫画っぽくして。じゃねーと責任っつうかさー、結局俺がやらねーとこの漫画もそーならねーわけじゃん? なんかそういうのすげーもったいねーっていうかよー、実際これすげーおもしれーかんな。したらもっとみんなにも読んでほしーけど、さすがにこのままじゃダメじゃん。だからさー」
「まあそれはいいと思う。そうやってちゃんと目標あって、目指す形持ってやったほうが練習にもなると思うし、うまくなるとも思うから」
「やっぱ? お前もそう思う?」
「まあね」
「よっしゃー! じゃあやっかー! なんかそう思うとすげー愛着湧いてくんな! 今までもそうだけどよー、これちゃんと描き直して完成させたらもっと愛着わきそうだよなー! そういうのってなんかすげーよさそうじゃね?」
「実際そうだと思うしやっぱり愛着は湧くからね」
「やっぱ? 経験者は語るだなー。いやさ、俺も今までこういうふうに自分の手でなんか作ったこととかなかったしよ。でも自分の手で作っとほんとやるぜーとか俺がなんとかしねーととか思うよな! なんか子供に対する責任とかそういう感じ? 知らねーけどさ。自分でよー、こんななんかちゃんと作ってよー、気持ち込めてっていうか……そういうの全然なかったからほんとこういうのいいな! 漫画家ってこういう気分だったんだな!」
「すでに漫画家気取りじゃん……」
「そりゃな! 気分だけなら誰でも自由だしよー。よーし、んじゃ夏休み中にがっつり完成させっぞー! 時間は山ほどあっからなー。桧原もやっぱ夏休み中はバリバリ漫画描くの?」
「予定ではね。賞とか持ち込み、できれば」
「おー! マジじゃねーかー! さすがだな! やっぱ本気で目指してるやつはちげーなー! よーし、んじゃ俺もその賞目指すぜ!」
「え? あんたも賞出すの?」
「こういうのってちゃんと目標あったほうがいいだろ多分? ちゃんと人に見せるって意識できるしよー。目標あったほうがなんか楽しそうだしな! 俺そういうの今まで全然やってこなかったからさー。それにもし賞とって金とかもらえたらサイコーじゃん!」
金田はそう言ってヘラヘラ笑う。そこにはあまりにも真剣味がなく、「どこまで本気なんだか、ナメ過ぎじゃない? ある意味うらやましいけど、ほんとにバカっていうか……」と呆れる桧原であった。
「まーでも確かに目標はちゃんとあったほうがいいもんね。ただ漫然とやってるよりは全然。けどあんたそんなことばっかしてる暇あるの? 勉強しないといけないんじゃない?」
「あー、それもあったか……ちくしょー! ほんとむかつよなー勉強とかガッコーとかよー! けど留年はしてらんねーしなー。つっても勉強なんかする気起きねーしよー……桧原勉強教えてくんない?」
「は?」
「いーだろーついでだし! どうせ毎日ここ来んだしよー!」
「は? あんた毎日来る気してんの?」
「ダメ? 家で一人とかぜってー勉強できねえし。漫画描くにもししょーがいたほうがよくね? すぐ色々聞けるし」
「……図書館とか行ったら?」
「やだよんなの! なんかマジでガリ勉みてーじゃん! あんなとこで勉強できねーし漫画描けねーだろ! 知ってるやつに見られたらめんどくせーしよー。だいたい誰かいねーとつまんねーじゃねーか。どうせお前んち行くなら移動の時間もったいねーしよー。お前んち涼しいしちょうどよくね?」
「人んちの冷房あてにしないでよ……というかそこまでやるなら金とるし」
「えー。まーいいけど。当然っちゃ当然だしな」
「はぁ……まあうち来るのは別にいいけどさ、言っとくけど私だってそんな勉強なんか教えられないからね? そんなできるわけでもないし頭いいわけでもないし」
「でも俺よりはできんだろ?」
「知らないけどさすがに留年しそうなやつよりはね」
「じゃー大丈夫だろ。俺だって別に留年しない程度ならそれで十分だしよ。お前だって家で勉強もすんだろうしちょうどよくね? 一石二鳥」
「こっちは一鳥も得てないんだけど」
「そうか? ……でも毎日ダチと一緒で楽しくね? 漫画見せあえるしよー、お互い意見言い合えるじゃねーか。漫画の感想だって話せるしさー」
「あんたはほんとなんていうか……羨ましいほど楽観的ね。いいことしか思いつかない頭で」
「そりゃそっちのほうが断然いいだろー。別になんも考えてねーけどよー。そこはバカで得だよなー。んじゃま、夏休みは勉強に漫画にがんばろーぜ! 俺なんてすぐ怠けっからバッチリ監視して尻叩いてくれよな!」
「めっちゃ他力本願……でもあんたのためにはそれがいいのかもね……こっちもようやく学校行ったのにそのきっかけになった人間が留年で来年からいないんじゃあれだし」
「だろー? 桧原のためにもなんだって絶対ー」
「どんな根拠よそれ……」
「ならね? 実際。それでよー、まー賞目指すぜーとか言ったけど俺全然しろーとじゃん? だからやっぱししょーの桧原にも手助けしてほしいからさー。色々教えてくんね?」
「……こっちだって忙しいんだけど」
「そこを頼むよー! 夏休みなら一日中暇だろー!? こっちは勉強にバイトもあんだしよー。それにこういうのって人に教えると自分もうまくなるとか言うじゃねーかー!」
「……はあ、ほんと……いいけど少しだけだからね。あんたの言うことも実際あるだろうし。でも結局自分でちゃんと練習して努力しないとなんの意味もないんだから」
「わーってるってそれは。それも桧原んちでめっちゃやっからな! 練習するにしたってよ、やっぱししょーに色々教わりながらの方がいいしこっちのが色々あんだろ? デッサン人形とかさ」
「それは確かにそうだけど……あんたもちろん教本なんかも何もないもんね」
「キョーホンって?」
「絵の練習のための教科書。こういうの」
桧原はそう言って本棚から一冊の本を取ってきてペラペラと開く。中には様々な人体のポーズや絵の練習法が描かれていた。
「おー! すげー! こういうのもあんのかー! やっぱマジで勉強してんだなー桧原は!」
「そりゃね。ネットにもこういうのはあるけど、でもやっぱり本のほうがちゃんとしてるし」
「なるほどなー。こういうのでちゃんとやってりゃそりゃあんだけうまくなるかー。やっぱこういうのあるほうがよー、ちゃんと練習できてうまくなんだろ? 勉強だって教科書もなしじゃ一人でできねーからなー」
「全然勉強しないあんたが何言ってんのよ」
「しねーからこそ言えんじゃねーかー。バカだからこそよー、答えもなんもなしじゃ全然わかんねーわけで。いやーでもワクワクしてきたな! こんなちゃんとやることある夏休みなんか初めてだわ! やっぱ目標があるっていいなー! めっちゃやる気出てきたぜー!」
金田はそう言い、一人拳を突き上げるのであった。