3
翌日。学校についた金田はいつものように自分の席に座り窓の外を眺めながらあくびをしていた。
「よー金田。なんか久しぶりな感じすんなー」
と友人の「レン」に話しかけられる。
「はー? 昨日会ったばっかじゃん」
「そうだけど二日連続で放課後会ってねーからさー。今日こそはどっか行く?」
「今日はバイトだわー」
「マジかよ。まーバイトならしゃーねーな。金ねーと遊べねーし。それで昨日はどうだったん? というか毎日行って効果なんてあんの?」
「桧原のこと?」
「ヒバラ? 不登校のやつの名前?」
「あー、まあなー。けどガッコー来るっては行ってたぜー」
「マジで? やるなーお前。やったじゃんこれで留年回避w なんか脅したりしたの? 金とかで買収?」
「失礼だなー。ふつーに喋って仲良くなってでだっつーの」
「なになになんの話してんのー?」
と別のクラスの生徒である「グループ」の女子生徒らがやってくる。
「いやこいつがさ、なんか不登校のやつの家行ってるとか言ってたじゃん? 留年回避のための。それがなんか相手学校くるらしいんだってよ」
「マジで? やるじゃん金田w」
「不登校ってどんなやつ? クラス違うからわかんないわ」
「俺だって同じクラスだけど知らねーよ。多分見たことねーし。なんだっけ? ヒバラだっけ?」
「ヒバラ? ヒバラってもしかして桧原伊織? 女子の」
と女子生徒が尋ねる。
「あー? なにお前桧原のこと知ってんの?」
と金田。
「知ってる知ってる。去年同じクラスだったし。てか不登校って桧原だったんだw」
「てか女子じゃんw」
「はー? なにお前毎日女子んち行ってたの!? だからんなやる気だったのかよー。んだよおい。でどうなの? その桧原ってのかわいい? 不登校だからやっぱブス?」
「あのなー、お前らそういうこと言うなっつーの」
「桧原は顔だけはいいかんねー。ハーフだから」
「マジ!? え、ハーフなん!? それぜってーかわいいじゃん! やっぱそうかよー金田!」
「だからよー、つーか『ハーフ』っつーなよなー。そもそも桧原ハーフじゃねーしよー、そう言われんのも嫌がってんだし」
「は? そうなの? でもあいつハーフじゃん」
「だから違うんだっての。なんだっけなー……とにかくよー、親じゃなくておじいちゃん? が外国人とかでよー」
「ハーフと変わんないでしょそれw てかめっちゃ桧原について詳しいじゃんw」
「そりゃダチだかんなー。色々喋ったしよー」
「は? マジ? あいつあんな愛嬌あんだw」
「桧原さー、ハーフで顔はいいくせになーんか感じ悪かったよねー。お高く止まってるっていうか。うちら誘ってもすげー拒否ってくるし」
「ねー。やっぱ顔いいしハーフだから調子乗ってんじゃない? そのくせ漫画とか描いててさw 単にオタクでコミュ障だけじゃない? けど学校で漫画とかマジウケるよねw そりゃ不登校って感じw」
「はー? おいおいおいおいちょっと待てよお前ら。お前らなのか? 桧原に『ハーフのくせに漫画とかキモい』とか言っていじめてたやつらはよー」
「は? え、なにいきなり」
「いきなりじゃねーよ。お前らが今言ってたんじゃねーか。桧原が漫画描いてるとこ色々言ったんだろお前らが?」
「……言ったけど、どうしたのいきなり? んないじめとかたいしたことじゃないし」
「いじめるほうはたいていそう言うんだっつーの。でも言われた方はちげーんだぞおい。つーかお前らんないじめみてーなダセーことやってたのかよー。マジねーわー。人が好きでやってること茶々入れてよー、俺そういうのマジ無理だわー」
「……え、なにいきなり。あんたそういうんじゃないじゃん」
「うるせーなー。お前に俺の何がわかるっつーんだよ。俺そういうのマジで嫌なんだっつーの。だいたいお前らのせいであいつもガッコー来なくなったんじゃねーの? そういうの少しは考えろよなー。ったくよー、マジでシラけるわー。エンガチョだエンガチョ。いじめっこはマジ無理だぜ」
金田はそう言い、大きくため息をつき一人頬杖をついて窓の外を見るのであった。
「――おい、ほんとどうしたんだよお前。らしくねえじゃん」
と少し戸惑った様子で作り笑いを浮かべる友人のレン。
「知るかよらしさなんてよー。俺だってなー? バカだけどバカだからバカなりに普段は陽気にやってっけどよー、けどこういうのは違うだろ。自分がバカにされんのは実際バカだしまーいーけどさー、人がよー、しかも友達がどうこう言われてんのはさすがに我慢できねーわ。そんなやつと友達やってらんねーしよー」
「……いや、友達っつったってその桧原なんかたった二日だろ? こいつらはもっと長い仲じゃん。しょっちゅう一緒遊んでさ」
「友達に長さとか関係なくねーかー? いいやつか一緒いて面白いかってそれだけだろーが。俺はよー、とにかく今気分わりーんだよ。みんなで楽しくやってんのはいーけど他人バカにして笑ってんのは違くねーか?」
「……ダメだこいつ。わりーなシラけさせて。こいつも時間たちゃ機嫌治っと思うからさ、わりーけど今日はナシでな」
友人のレンはそう言って両手を合わせ「ほんとごめん」といった具合に女子生徒たちに軽く頭を下げる。女子生徒たちは顔を見合わせ、なにやら不服な様子をしながらも大人しく自分たちの教室へと引き上げていった。
「――ったくよー、ほんと今日はどうしたんだよお前」
「別にー。こういうのに今日とかねーだろ」
「いやだってさ、あんないきなり。――なに? そんな味方するくらいそのハーフの桧原ってかわいいわけ?」
「お前なー。人のこと言えねーけどお前もそーとーバカだよなー」
「お前よりははるかに頭いいっつうのw」
レンはそう言って笑う。
「そういうことじゃなくてよー……まあいいけど、けど桧原のことハーフって言うなよなーマジで。違うし本人が嫌がってんだからよー」
「はー? 別によくね? 芸能人だってみんなハーフハーフいって売り物にしてんじゃん」
「それとこれとは別っつうかよー……もういいわめんどくせえ」
金田はそう言い、一人ふて寝をするのであった。
*
漫画喫茶でのバイトを終え、自宅に帰ってきた金田。担任から念を押されたこともあり、追試に向けての勉強をしようと机に向かうが、バイトの疲労や昼間のこともあり当然身など入らない。それ以前に「俺みたいなバカが勉強してなんか意味あんのかなー。将来とか全然わかんねーけど役立つわけ? 大学なんて行けるわけねーし金もねーし。じゃーどーすんだ? どっか就職でもして働くのか? 今のバイトでもダラダラ続けんのか? わっかんねーし考えんのも疲れるよなー」などとため息をつき、気づけばいつものようにまた落書きをしていた。
(漫画ねー。漫画……桧原の漫画読んだせいでやっぱ色々思い浮かぶんだよなー。バイト中もずっとそんなんだったしよー。元々妄想なんていくらでもしてたけど、描かねーと忘れちまうし描くかー)
とノートに漫画を描き始める。描き始めれば、熱中していく。没頭していく。我を忘れていく。手が止まらない。次々浮かぶ。キャラが勝手に動く。おもしれー、おもしれーわー! と次を、続きをと描き進めていく。
それは現実逃避。補習や追試や留年といった見たくない現実から、考えたくない現実から逃げる行為。けれども、だからこそ筆は乗る。強い原動力が生まれる。
金田は深夜まで、一人そうして机に向かっていた。
*
翌朝。寝不足の影響であくびを噛み殺しながら教室に入る金田。そうして机に座り、「結局全然勉強しなかったなー。まー勉強は授業中にもできっけどよー。でも眠すぎっからまずは居眠りだなこりゃ。保健室行って寝てサボっかなー。けど昨日終わんなかったしやっぱ続きも描きてーよなー。ガッコーで描くのはさすがに誰かに見られっとうぜーからしたくねーけどよー」などと一人考えながら再びあくびを噛み殺す。そうして一人ボケっと外を眺めていると、何やら一瞬教室が騒がしくなった。反射的にそちらを見ると――桧原が教室に入ってきてこちらに向かって歩いてきていた。
「おおー! 桧原じゃん! マジガッコー来てんじゃんかー!」
「来ちゃ悪い?」
「悪くねーけどよー、でもなんも言ってなかったからビビったわー!」
「サプライズ」
「はは! いやーマジでびっくりだわ! てか制服着てんの初めて見たし!」
「そりゃね。それより私自分の席どこだか知らないんだけど」
「あー? そりゃそっか。なんとなー、お前の席は俺の後ろなんだよー! 一番うしろの窓際!」
と金田は自分の後ろの席をバンバン叩く。
「フトーコーだから一番うしろに追いやられてたのかもなー。俺もいつも後ろいねーなーってのはわかってたけどよー、まさか桧原だとは思ってもいなかったからなー」
「それ以前に知らなかったでしょ私のこと」
「まーなー。いやでもほんとに来るとは思ってなかったわー。大丈夫だった?」
「別に。全然平気だし」
「そっかー。まーじゃーこれからよろしくな! 俺も嬉しいわー」
「はっ。ほんとあんたって人のことなのにまるで自分のことみたいに喜ぶのね」
「そりゃなー。てか自分のことだしよー。まー色々喋ろーぜ!」
金田はそう言い、心底嬉しそうにケラケラ笑うのであった。
その放課後。担任に呼び出された金田は職員室にいた。
「おう金田」
「どーも」
「教師にその挨拶はねーだろ。なんべんも言わすな」
「はぁ。すいません」
「ったく。まあいいよ、今日は大目に見てやる。とりあえずご苦労だったな。まさかほんとにお前が桧原のこと学校に連れてくるとは思ってなかったわ」
「別に俺が連れてきたわけじゃないっすけど。あいつが自分で来ただけで」
「どっちだって同じだろ。お前があいつの家に行った結果こうなってるんだしな。まーよくやった」
「つーことは留年、」
「それはまー考慮する。つっても当然全部補習と追試次第だ。補習は当然全部出ろよ? 一回でも休んだら留年だと思え。とりあえず出ればいいだけなんだからこっちは楽だろ。あとは追試でよ、最低限とれよほんとに。そうじゃないかぎりこっちもかばいきれないからな」
「はあ。がんばります。俺もさすがに留年は嫌なんで」
「そうか。まーとにかく桧原の件はご苦労さまな。悪いがこれからも面倒見てやってくれよ。お前はバカだけど根はいいやつだし明るいからな。すぐに夏休みとはいえ、というかだからこそ夏休み明けにまた来るのは大変だろうからな」
「そうっすねー。まーあいつなら大丈夫だと思いますけど」
「そうか……参考程度に聞いておきたいんだが、お前どうやってあいつのこと説得したんだ?」
「別に説得とかしてないっすけどねー。ふつーに喋って仲良くなってガッコー来いよーってだけですし。あいつも別に来る気はあったぽいからただのタイミングじゃないっすか?」
「そういうもんか。まあいいわ。んじゃ、ちゃんと勉強しとけよ。マジでこの夏休みが勝負だからな。自分の首かかってると思ってちゃんと打ち込めよ」
担任にそれだけ釘を刺され、金田は職員室をあとにした。
職員室を出ると、そこでは桧原が待っていた。
「あれー。なに桧原わざわざ待ってたのかー?」
「そりゃね。私のことで呼び出されたんだろうし」
「いやー? まーそれもあっけど補習追試の念押しだしなー。お前のことも聞かれたけど別にてきとー言っといただけだしよー」
「そう……まあ悪かったわね。私のせいで時間とらせて」
「別にー。つーかこっちも丁度よかったわー。一緒帰ろうぜー」
「え?」
「まっすぐ帰んだろー? どうせ俺もお前んち行くしよー」
「あんた……なんか自分ちみたいに行ってない?」
「半分自分ちだろダチんちなんてよー。お前あれ独り占めする気かよ」
「はは、全然」
「だろー? お前だって今日復帰で友達もいないんだろうしよー、俺にゃわかんねーけど色々大変だったろうしなー」
「まあね……でもいいの? あんたも別に友達いるんでしょ」
「いいんじゃねー別にー? どうせたいしたことしねーしよー。俺いなくたって大丈夫だろうし。色々あって今はあんま喋りたくねーしなー。それによー、俺も桧原に見せてーもんあったしなー」
「は? なにそれ」
「秘密ー。家着いてのお楽しみだぜー」
金田はそう言って笑うのであった。
校門を出て駅へ向かう二人。初夏、というよりほとんど夏まっしぐらの日差しが二人を襲う。
「あちー……桧原も一番きつい時にガッコー出てきたよなー。あちーの大丈夫なの? あんな一日中冷房効いてる家ん中いてよー」
「……しんどい」
「だよなー。マジ気をつけろよー。俺がいりゃ対応できっけどよー。んでガッコー初日どうだったー?」
「初日ではないけどね。別に普通。あんたいたおかげで楽だったし。授業も一人でやってたとこ、というか自分のほうが先進んでたから問題なかったし。さすがに不登校明けだといきなり指されたりしないからね」
「そうだなー。けどすげーな授業より先進んでるとか。マジで一人でちゃんとやってたんだなー。桧原って頭いいの?」
「あんたと同じ学校って点でわかるじゃん」
「ハハ、だよなー! まー俺よりは断然いーんだろうけどよー。桧原はさー、なんか部活入るつもりとかはねーの? 漫画の部活とかあんのかは知らねーけど美術部とかは多分あんじゃん? したら新しく友達もできんじゃねー?」
「ああ……でも今更っていうか。もうすでにグループとかできてるとこに入るのもあれだし」
「そう? まーそういうのもあっかもなー。なんなら俺も一緒に入ってやるしよー」
「は? あんたが美術部入んの?」
「おー。いやー俺もさー、桧原の漫画読んで触発っつうかなー。俺もちゃんと描けるようになりてー漫画描けるようになりてーとか思うしよー」
「そう……でもあんたが美術部とかさすがに私よりキツそうだけどね」
「そうかー? なんでよ」
「いや、だっていかにも陽キャすぎるっていうか、めちゃくちゃ美術部みたいな根暗なオタクと相性悪そうだし」
「言うなー桧原も。でも今の美術部なんてそうでもなくね? 知らねーけど」
「そうね。私もイメージで言ってるし。あんただって話せば全然違うし自分たちの側だってわかるだろうから」
「そーそー。話せばわかるって。俺もよー、桧原と話してやっぱ趣味合う友達はいいなーって思ったしよー。まーでも美術部なんて女子多そうだし腐女子ばっかなイメージはあっけどなー」
「かもね……そうだとさすがに私もあんま合わなそうだけど」
「いいんじゃねー別に? 何読むにしたって描くのは描くで一緒だろー? それに『チャンプ』の話ならぜってーいけるって。『チャンプ』はみんなを繋ぐしよー」
「かもね。『チャンプ』なんていかにも腐女子のバイブルみたいなとこあるし」
そう言って桧原も笑うのであった。