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その翌日。登校した金田は早速と言った具合に友人から声をかけられる。
「金田ーどうだったよ昨日は」
「あー? 昨日ー?」
「不登校がどうこうとかいうやつ。マジで行ったの?」
「そりゃなー。こっちも留年かかってんだしよー」
「マジかよw それでどうだったよ」
「いやー? 普通にめっちゃいいやつだったぜー? 話してよー。あんまフトーコーとかいう感じしなかったし」
「マジで? それお前にビビってるだけじゃねえの?」
「ねーだろんなの。俺こんな頭だけどマジで陽気ないいやつだぜー?」
「ははは! 陽気っつうか金田はマジバカなだけだけどな! でどうするよ今日は。昨日の分までどっか遊び行こうぜ」
「いやーわりーけど俺はパスだわー」
「は? マジ?」
「今日もあいつんち行くからよー。留年なんとかなるまではさすがになー」
「マジかよー。てかお前そんなマジだったの?」
「マジだろそりゃー。お前らは他人事かもしんないけどよー、さすがに留年はねーぞー? 親にだって何言われっかわかんねーしよー、金だってかかるし。必死だよよこっちも」
「マジかよー。でもしゃあねえなさすがに。お前じゃ試験とかで挽回とかも無理だろうからよ。こういうとこで稼いどかねえとw」
「そうなんだよなー。マジでゴミ拾いでもなんでもやって認めてもらうしかねーんだよ俺はー」
金田はそう言い、ヘラヘラ笑うのであった。
その放課後。再び桧原の家にやってきた金田。前もってLINEで連絡を取っていたので桧原の在宅は確認済みだった。
「おー桧原! ひさしぶりー!」
「久しぶりって、昨日の今日じゃん。てかほんとに来たんだ」
「そりゃ来るだろー。約束したんだしよー」
「約束って……まあいいけど」
そう言い桧原は家の中に、そして昨日同様地下室に案内する。
「うわー、やっぱ何回見ても壮観だなー」
「そ。私は見慣れちゃったからね。逆にあんたの反応も新鮮だけど」
「これ見慣れるなんて贅沢だなー。つってもさすがに読んでばっかじゃただ漫画読みに来てるだけみてーで悪いしよー」
「違うの? というか悪いとかあんたあったんだ」
「そりゃ最低限の常識くらいはあるっつーのバカだけど。一応はお前のことガッコー連れてくために来てるわけじゃん? こっちも留年かかってっからなー」
「そう……それ私が学校行かなきゃあんた留年するってこと?」
「いや? さすがにそれはねーんじゃねーの? センセーだってそこまで横暴っつうか自分勝手じゃねーだろー。まーそん時はこっちでなんとかするしなー。追試でも補習でもボランティアでもゴミ拾いでもなんでもやってよー、必死こいて頭下げて頼むわー」
「そう……というかそもそもちゃんと勉強してればよかっただけじゃん」
「それなー。でも俺ほんと勉強苦手なんだよなー。わかんねーしできねーしよー」
「でも高校は受かったんでしょ」
「なー。奇跡だよマジで。まーほとんど落ちねえみたいだったからなー。よそ行ったやつも結構いるみたいだし。けど高校はさー、マジ意味わかんねーわ。中一ぐらいまではギリギリ小学校の内容だったけどよー。てかそういうお前の方こそ留年とかやべーんじゃねーの? ガッコー行ってねーんだしよー」
「まあ一応試験は受けてるから」
「そうなん? じゃーいーのか? てかお前普段ガッコー行かねーで家で何やってんの? 勉強してるってこと?」
「そりゃね。やらなきゃマズイでしょ」
「自主的にやるなんてすげーな。それなら別にガッコー来てもよくね?」
「いいでしょ別に。気が向いたら行くし」
「そっかー。でも一日中家にいんのもいーよなー。お前んちなんか漫画読み放題だし。一日中ベンキョーしてるわけじゃねーんだろ? やっぱ漫画読んだりしてんの?」
「まあ、漫画とかアニメとかゲームとか……」
「マジかー。いいなーその生活。てか漫画って別にこことかばっかじゃないんだろ? お前の部屋には何置いてあんだよ。やっぱ自分の一番好きなの厳選して置いてあんの? めっちゃ見てーわ」
「は? それ私の部屋入るってこと?」
「ああ。めっちゃ興味あるわ。こんだけ趣味合うやつの部屋がどんなんだかさー。なんかもーすげーオタク部屋想像してんだけど!」
「別にそんなんじゃないけど……というか一応言っとくけど私女なんだけど」
「そりゃ見ればわかんだろ」
「……いや、まともに話して二日目の女子の部屋に普通入ろうとする?」
「え、関係なくね? ダチの部屋に女とか関係あんの? 俺いつもフツーに入ってっけど」
「あ、そう……なんかあんたならそうかもね……なんかあんた相手にそんなの気にしてんのもアホらしいし別にいっか」
桧原はそう言うとため息をつき地下室の出口に向かった。
「いいよ、入れてあげる。別に減るもんじゃないし困るようなこともないから」
「やったー! あんがとなー桧原。すげー楽しみ」
「そんな?」
「そりゃなー。オタクの友達の部屋に入るのなんて初めてだからさー。みんなフツーのやつばっかで漫画もゲームもねーような部屋ばっかだからよー」
「そう……あんたなんでそんな趣味合わない人と付き合ってるの?」
「えー? そりゃまー、ダチだからなー。流れっつーかノリっつーか、やっぱなんだかんだ俺のこと好いてくれてる感じだからじゃねー?」
「へぇ……まあいいけど」
桧原はそう言い、二階に上がり奥の部屋の扉を開ける。
「どうぞ」
「おー! てかひれー! 本棚すげー!」
桧原の部屋は、一軒家ということを差し引いても高校生の部屋としてはそれなりに広いものだった。大きな勉強机に、それとは別にパソコンデスクも。PCのディスプレイの周囲にはゲーム機。壁側には大きな本棚。もちろん漫画などで埋め尽くされている。ベッドもマットレスがしっかりした高価そうなものであり、家の外観から想像つくものであったがそれなりに裕福なことは確実な部屋であった。
「すげーなマジで! 高級漫喫じゃん!」
「漫喫って。まあ確かに似たようなもんかもね」
「だろ? ベッドに漫画にPCにゲームでさー。すげーなほんと。自分の部屋にこんなデカい本棚あるやつ初めて見たわ。本棚あるだけでなんかすげーイカスな」
「そんな? あんただって漫画読むならあんじゃないの?」
「ねーよ俺は。そんなスペースも金もねーしよー。ダンボールとかプラスチックケースみたいなのに詰めてるわ。だから読みてーってなった時結構面倒でよー。そもそもそんな置けねーから売るしかねーし」
「そっか……そういうのもあるんだ」
「だなー。けどよー、確かにこんな部屋いたらガッコーなんか通うのバカらしくなってくるわなー。もったいねーっつうかよー。俺だってこんな部屋だったらガッコー行かねーでずっとここいるわ」
「それもそれでどうかと思うけどね」
「そう? 自分のPCまであんだからいいなー。いやーこんなんたまんねーわー。こんなん知っちまったら毎日でも通いてーわ桧原んち」
「それはさすがに勘弁」
「俺スマホでしかネット見れねーからこんなでけー画面あってマジ羨ましいわー。たまに漫喫で見るしかねーからさー。てかこれあれじゃね? もしかして液タブってやつ?」
「あ」
と桧原は思わず声を漏らす。
「だよなー? 実物見んのは初めてだけどさー。あれだろ? 絵とか描けるやつ。やっぱ桧原も絵とか描くの?」
「……まあ、少しだけど……」
「へー! すげーなー。マジでオタクの部屋に来たって感じだわー。どんなの描くの? マジ見てーんだけど。てかやっぱ漫画も描くん?」
「……あんたってこういう時ほんと遠慮もなにもないのね。前提の会話がなかったら完全にオタクにウザ絡みしてるだけの陽キャだし」
「あー、そーいうのなー。確かにあっけど俺はそういうのはやんねーよさすがに。やっぱわりーしよー。オタクだろーとなんだろーと好きなもんバカにされんのは嫌だろうからなー」
「そういう気遣いはできんのもほんと謎だよね……」
「そーか? そういうのはさすがに頭の良さ関係ねーからさー。俺だってさすがに誰にでもいきなり聞いたりしねーしよー。それでやっぱ漫画描いてんの?」
「……少しね」
「おー! マジすげーな桧原! え、ちょー見たい! 頼む! お願い!」
「……絶対誰にも言わないでよ」
「言わないって! 言う相手もいねーし! 実際さ、こんな漫画好きで趣味合うやつがどんなの描いてんのかとかめっちゃ見たくね? 逆の立場だったら桧原もぜってーそうじゃん?」
「それはさすがにね……ほんと、あんただから見せんだからね? 絶対誰かに教えたりしないでよ!?」
「しねーって。俺バカだけど嘘はつかねえし口もかてーんだぜ!」
「まったく信用できないんだけど……まあそれ言ったら家入れた時点で全部こっちの責任だけどね……じゃあ、ちょっと待って」
桧原はそう言い、パソコンの前に座って操作する。そうしてディスプレイにネットのサイトを表示する。
「めんどくさいからこれ。絵とか漫画とかあげてるアカウント。これならそっちのスマホでも見れるでしょ」
「おー! ネットにまであげてんのかー! マジあれじゃん! クリエーター! すげー!」
「別にこんなの誰でもやってるし。ネットなんてすごい人ばっかなんだから」
「いやいややってる時点ですげーじゃんか。てかうまくね!? すご! めっちゃうまいじゃん!」
「これくらい普通だって。私なんか全然で」
「んなこたねーって! めっちゃうめーじゃん! これフォロワーは多いの?」
「……まあ中の下くらいじゃない?」
「ならもうちょい増やせば中の中じゃん」
「確かにそうだけど、ほんとあんたって超絶ポジティブよね……」
「いやー、カラーもすげーしよ。漫画もあんだなー。これ多分ソシャゲの二次創作だよな」
「そ。やってる?」
「いや、俺ソシャゲはあんまやんねーからさー。二次創作の漫画は見てっけど。すげーふつーに漫画じゃん。漫画は二次創作しか描かねーの?」
「ネットはやっぱり二次創作の方が圧倒的にアクセスいいから。オリジナルはまあちょっと。ほんと短めの」
「へー。本格的なっていうかさ、そういうオリジナルのは描いてねーの?」
「……賞に出すつもりのやつとかは、まあ」
「マジで!? 賞って『チャンプ』とか!? シエスタの『月大賞』!?」
「……一応チャンプに」
「マジかー! すげーな! マジ漫画家目指してんじゃん!」
「そんなたいしたことじゃないって。まだ出そうって考えてるだけだし。漫画家目指すっていうのだって、そうなったらいいな程度でそこまで真剣に進路として考えてるわけじゃないし」
「だとしてもすげーじゃん! 同い年でこんなんやってるやつ初めて見たわー。出そうってだけですげーじゃん。つーか描いてるだけでもすげーんだしよ。え、それは見せてもらえんの?」
「あんたほんと遠慮とかないのね……」
「だって見てーじゃん! そこまで言われて読めねーとか酷すぎんだろー。なんだっけあれ、蛇殺し?」
「蛇の生殺しね。まー確かにここまで情報出しといて見せないのはあれだけど……まあ、私も正直に言うけどさ、これはまだ誰にも見せてないし、だから他人にとってはどうなのかとかほんと全然わからないからさ。自信はあるけど、ないっていうか、それ以前にわからない感じで。だからその、まあ、読んでもらって、感想とかもらえればありがたいといえばありがたいけど……」
「読む読む! マジで読む! ちょー真剣に読んでちょー真面目に感想言うからさ! だから頼む!」
と両手を合わせ懇願する金田。
「……じゃあ読ますけど、これこそ絶対誰にも言わないでよね!? 絶対ここだけの秘密!」
「当たり前だって! 絶対絶対約束すっから!」
「……じゃあ、ちょっと待ってて……」
桧原はそう言うと再びパソコンを操作し、マンガ原稿が入ったフォルダを開き画像を表示する。画面に現れたのは、まごうことなき「漫画の原稿」である画像だった。
「おー! すげーマジで漫画だ!」
「そりゃね」
「なんかソフトとか使うとこういう漫画っぽいの作れんだよな!?」
「まあそういう感じかな」
「へー。すげーなほんと。これ全部液タブでデジタルでやってんの?」
「一応ね。ネームとかは紙で考えることもあるけど、どのみちデジタルで描くし」
「ネーム! 知ってる知ってる! あれでしょ? 漫画の設計図とかいうやつ!」
「まあそう言われてるけど。コマ割りとかセリフとか人物とか配置とかをものすごく簡潔に描く漫画の土台も土台みたいな感じ」
「すげー。マジ漫画家じゃん」
「そんな大袈裟なもんじゃないって。ネーム描かないと描けないってだけの話だし。まあ、座っていいよ」
「お、あんがとなー。じゃあ早速読ませてっと、読む前に聞いといたほうがいいかもしんねーから一応聞いとくけどさー、これじっくり読んだほうがいい感じ?」
「別に好きに読んでいいけど」
「そう? いやー人の描いた漫画本人の前で読むなんて初めてだからさー、礼儀的にもちゃんとゆっくりしっかり読んだほうがいいとかとも思うじゃん? でもやっぱ普段自分が読んでるペースの方が漫画読むには合うんだろうし感想もちゃんと出っかなーとか思うしさー」
「そうね……いつも通りのほうがいいでしょ。他の漫画いつも読んでるスピードのほうが。それがあんたの漫画のテンポなんだし」
「じゃあそう読むわ」
金田はそれだけ言い、早速漫画を読み進めていく。画面に視線、クリック、クリック。そうした金田の横顔を桧原は固唾をのんで見守っていた。表情の変化。時たま漏れる「おー」「あー」などという感嘆の声。それらはある意味「バカ」である金田の感想を言葉より如実に語っている。
そうして金田は、ページをめくり終えた。
「すげーすげー! マジ漫画じゃん! びっくりだわ! え、普通みんな高二でこんな描けるもんなの?」
「ぶっちゃけうまい人はもっとうまいし面白い人はもっと面白いからもっと上が山ほどいる」
「マジかー。でもオカっちが賞取った『バンデット』描いたのって高校の時だっけ? それ考えっと確かに漫画家なる人なんて高校の時からやべーんだなー。でも別に漫画は他人との比較でも競争でもねーからなー。そこが漫画のいいとこだしよー。これさ、印刷はしてねーの?」
「まだね。賞の応募要項ちゃんと確認し直さないとだけど紙なら印刷しないとだし。データで送れるならこのまま」
「そっか。いや俺漫画は紙派だからさー、紙で読んだら印象も違うのかなーって思ってよー」
「まーそういうのもあるかもね……それで、どうだった? 感想、ちゃんと聞かせてもらいたいんだけど」
「えー? まーそういう約束だしなー。それさー、どんくらいマジで言えばいい感じ?」
「それはもちろん、本気よ。思ったことだけ。あんた散々漫画読んでるでしょ? ならわかるっていうか、比べてわかるじゃん色々」
「そうだなー。俺あんまそういうの得意じゃねーんだよなー……」
「何今更。見せたんだから対価はきっちり払ってよ。じゃないとこっちだって見せた意味ないんだし。こう編集者みたいにさ、本気で指摘してほしいのこっちは。素直に。人に見せんのなんて初めてなんだし」
「そう? じゃーまー言うけどよー、ふつーにすげーと思ったぜ? それはマジ。こんだけ描けてりゃ十分じゃんつーかさー。絵うめーし。背景もよー、これやっぱデジタルなん? なんか資料とか使ってさ。一人でこんだけ描けんだからすげー時代だよなー。『AKIRA』の背景みたいなのもよー、デジタルなら一人で描けたりしちまうわけだろ? すげーよなやっぱ」
「それはほんとに助かってる。ていうか感想」
「あー、いやほんとよー、俺バカだからそういう考えとか? うまく言葉にすんのとか苦手なんだけどよー、なんつーのかなー、いつも読んでる漫画とかと比べるとさー、なんかフツーっつかなー」
「……続けてよ」
「そのよー、やっぱ一応色々読んでっからよー、そういうのと比べるとこうフツーっつうか、特徴がねーっつうの? 個性っていうのかなーこういうのは。絵もよー、うめーけどフツーつうか、キャラクターに今ひとつインパクトがなくてそこまで好きになれねーし、デザインだけじゃなくてキャラがなー、性格っつうか、まー読み切りで短いっつうのもあるけどあんま特徴ねーし言動もなー。どっかで見た感じっつうかさー。話もそうだけどよー、そりゃうまいしまとまってるっつうの? 出来はいいけどよー、なーんかフツーつうか、どこにでもある感じでさー。こう、読んでてそんなワクワクしねえっつうか、没頭しねえっつうか。そりゃどんな気持ちで描いたかなんて知らねーけどうまくやろうとしすぎて好きが足りねーんじゃねーのって感じでよー」
「ボロクソじゃん!」
「しゃーねーだろそっちが本気で素直にとか言うんだから! バカだけど俺なりに素直に本気で言葉にしたんだっつーの!」
「それにしたってでしょ!」
「ちゃんと褒めもしたじゃねーか! 絵はうまいし漫画はうまいしよー! 読みやすかったぜフツーに! それはすげーじゃん! やっぱ絵が下手で読みにくいだけで漫画って敬遠すんだろ? そこはフツーに合格だろ!」
「なによ偉そうに!」
「知らねーよそれが素直な感想なんだから! お前が言ったんじゃん!」
「そうだけど……というかそうなんだけど……うー、でも……」
と頭を掻きむしる桧原。
「……悪かったよ俺も。こういうの初めてだしバカだからうまく言えねーし」
「……こっちこそごめん。自分で人に頼んどいてキレるとかガキだし……」
「いやーでもそういうもんじゃね? 自分で必死こいて描いたもんだしよー。漫画家なんてそういうもんじゃねーの? 自信もあんだろうし」
「……自信は、正直そんななかったけど。というかわからないし……でも大丈夫。落ち着いてから、時間置いて見れば、多分ちゃんと咀嚼して意見受け入れられるだろうし……」
「そういうのあるよなー。でもよー、俺なんてほんとど素人だしなー。そりゃ漫画読んでっけどただ読んでるだけだしよー。そんな評価とか感想とか考えて読んだことねーし。でもそうやって読んだほうがもっとよくわかんのかもな。全然頭使ってなかったし言葉になんかしねーで読んでたし」
「でもそれが普通の読み方じゃん。読者なんてたいていさ。漫画なんてなんだかんだただの暇つぶしなんだし。読んで面白ければそれでいいんだし。実際読んで面白くなかったんでしょ?」
「いやー、まー……ちょい面白いくらい?」
「じゃあダメでしょ。少なくとも商業レベルにはいってないってことじゃん」
「そりゃ普段読んでる売ってるのと比べりゃなー。でもまだこっからだろ? まだ高二なんだしよー。やってりゃどんどん面白くなるって! 桧原こんだけ読んでんだしよ!」
「はあ……あんたのそのポジティブシンキングほんと羨ましいわ……」
「桧原だってもっとバカになりゃいーんじゃねーの? 実際絵はふつーにプロでもやってけんでしょ。漫画だってよー。マジうめーと思うし。どんだけ練習してんの?」
「……まあ小さい頃から絵描いてて練習とかもたくさんしたけど」
「やっぱそうだよなー。絵ー描けんならあとは面白くするだけなんだから大丈夫だろー。俺もさー、絵ー描くけど全然だぜー?」
「え? あんたも描くの?」
「描くぜー。まー落書きみてーなもんだけどなー。つーかさー、これ一回液タブで描かせてくんない? やってみたかったんだよなー俺も。一回でいいからどんなもんなのかさー」
「そう……まあ読んでもらったしね。別にいいけど、でも壊さないでよね」
と桧原は液晶タブレットを操作する。
「これで描ける。ペン。普通にこういう線でいい?」
「おーおー。あんがとなーほんと。――おーすげー! ほんとに線引けるわ!」
「そりゃね」
「うわー、こりゃ楽しいわー! けどむずいなーやっぱ。角度あるしよー」
などと言いながらも、鼻歌交じりにふんふんとごきげんに描いていく金田。
「できたー! どうよ! 『一〇〇万分の恋人』の百花ちゃん!」
とご機嫌に画面を見せる。
「へー……思ったより描けてる」
「マジで!? 桧原がそう言うならそうなんだろうなー。でもやっぱ液タブはむずいなー。紙に描いたほうがもっとうまく描けんだけどよー」
「そういうのはあるよね。でもまあ、一応絵は描けるオタク程度はっていうか……好きなの? 『ヒャッコイ』の百花」
「そりゃなー。やっぱラブコメだよなー。女の子がかわいいのが一番だしよー。やっぱかわいい女の子描けるようになりてーしかわいい女の子描いてたほうが楽しーじゃん?」
「そういうのは絵描くうえでは大事よね。金田も練習とかしてるの?」
「てわけでもねーけどなー。俺もさー、バカだけどさすがに勉強はしねーとってのはあるしわかっらかよー、一応やろうとはするわけよ。でもできねーし全然集中できねーし、そういう時に絵ばっか描いててさー。漫画見て真似してなー。やってっとすげー楽しいし手動かしてっとなんか勉強した気になっからさー」
「してないじゃん」
「そうなんだよなー。でも楽しーからハマるしよー、気づいたら時間経ってて勉強とかしてる時間もねーし」
「現実逃避でやるほうがなんか楽しいもんね……まあ逃避なんだけど。漫画は描くの?」
「漫画はなー。んな漫画らしい漫画なんて描けねーよ。せいぜい四コマみてーのじゃねーの? 二次創作でよー。妄想っつーか思いついたもん忘れっとあれだからとりあえず形にしとくっつーかなー。まーでも絵はいいよなー。絵にはバカとかねーし。俺昔っからバカで勉強できなかったけどよー、でも図工とか絵だけはけっこー褒められたからなー。数少ないできることだしよー、やっぱできることのほうが楽しいし、楽しいしできるからやりたいしよー。まーそんなんだな」
「そっか……そいういうのは大事だもんね」
「ほんとなー。でもまーほんと読ませてくれてあんがとな! 俺マジ桧原のこと応援するわ! こんな漫画描いて漫画家目指してるやつなんか初めてだしよー。俺もやる気出てくるよなー! なんかやっぱすげー漫画とか描きたくなってくるわ!」
「そう? ならよかったけど。ある意味漫画家冥利に尽きるってやつね」
「ミョウリかー。それ知らねーわ」
「はは、ほんとバカ。漫画描いててよかったってこと」
「ならよかったわ。やっぱ漫画は漫画家と読者どっちもいてだもんなー。けど桧原がバリバリ漫画描いててよかったわ」
「え?」
「いやーフトーコーつーから引きこもってなんもしてねーのとか想像してたからよー。でもガッコーとか勉強じゃなくてもこーやって自分のしてーこと自分の夢追っかけてんなら全然いいと思うしなー。したらそんな無理言って学校行こーぜとか言えねーしよー」
「……まあ、別に学校行ってもいいけど」
「マジで!? え、どーしたんだよいきなり」
「別に、いつまでも不登校はやってられないとは思ってたし、今も、漫画読んでもらってさ、やっぱ学校とか行ったりしてなんか経験しないとわからないこととか、面白い漫画描けないとかもあるのかもしれないし……それに嫌なものがあったほうが、その分好きなことっていうか、現実逃避で漫画にももっと情熱的に打ち込めるのかもしれないし……」
「そういうなー。まー確かにあっかもなー。試してみねーとわかんねーし」
「そうね……あとまあ、丁度いいっていうか、いいきっかけだし……金田いるなら、悪くもないかもしれないから……」
「だろー? やっぱダチいるかいないかは違うよなー。まーぶっちゃけ俺もガッコーそんなおもしれーって思って行ってねーけどよー。でもダチいんなら違うよなーやっぱ」
と金田はケラケラ笑っていう。
「そういえばだけどよー、お前なんで学校行ってねーの? なんか行かなくなるようになった理由とかあるわけ?」
「……まあ、あんたになら別に話していいけど……」
と桧原は一つ息をつく。
「学校でさ、絵とか漫画描いてて。そしたら『桧原さんハーフのくせに漫画とか描くんだオタクじゃんダサー』とか言われて……そういうのがすごくウザくて」
「マジで!? え、ていうか桧原ってハーフだったの!?」
「違うし。クォーター。ハーフって言わないで。その言い方嫌いだし間違ってるから」
「あーそう。クォーターってのはなんなの?」
「親じゃなくて親の親、うちは祖父が外国人」
「そういうなー。でもそうだったんだなー……え、いやそれ漫画描くのとなんか関係あんの? 親が外国人なのと漫画なんも関係なくね?」
「知らない。あるわけないじゃん。そいつらに聞いてよ」
「だよなー。関係ねーよなーなんも。誰だろうと漫画描いたってそいつの好きにすりゃいいだけだしよー。てか人が好きでやってることにいちいち口出すなって感じだよなー。けどんな好きなこと他人にどうこう言われたらそりゃガッコー行きたくなくなっかー」
「そうね……でもそれで逃げてる自分もガキだと思うし、態度で言えば私にも悪いところはあったから。一応はあっちから色々誘われたりもしてたけど、でもかなり拒絶してたし。まあ絶対合わなかったしあっちも私が『ハーフ』だから、グループの権威付けみたいな感じで誘ってたのもミエミエだったけど」
「あー、女子はなー。ツラいーやつがいりゃでけー態度取れるみたいなのはあるっぽいしなー。けどんならガッコー来んのもあれかー」
「……いや、行く。こっちも負けてらんないし」
「マジで?」
「うん。さすがにいきなり明日からとかは難しいけど、ちゃんと決心して、固まったら」
「そっかー。でももうすぐ夏休みじゃん? どうせなら夏休み明けのがいいんじゃね?」
「夏休み前のほうがいいでしょ。なんかあってもすぐ休みだし」
「はは、まあそうかもなー。いーんじゃね? それは桧原が決めることだしなー。お前が行くっつーなら行けばいいと思うしよー。俺はダチとして一緒いるだけだしなー」
「……うん。ありがと。でもほんとまさかね。あの金田と友達になって、金田に説得されて学校行くことになるなんて」
「そうだなー。人生何あっかわかんねーよなー」
金田はそう言い、桧原とともに笑うのであった。