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電車に乗り、走り、桧原の家にたどり着く。寒さはもう感じない。走りすぎて汗すらかいていた。今が何時なのかもわからない。しかし躊躇などなく金田はチャイムを押した。インターホンに出たのは大人の女性だった。
『はい』
「あ、夜分遅く? にすみません。金田です。桧原さん、伊織さんの友達の」
『ああ、金田くん……ちょっと待っててね』
相手はそう言い、インターホンを切る。しばらくして玄関のドアがあき、一人の女性が出てきた。
「こんばんは。お久しぶりね」
「はい。ほんと遅くに急にすみません。ご迷惑でしたよね」
「そんなことないわよ。伊織に会いに来てくれたなら全然。会えるかはわからないけど、でもせっかく来たんだし無理やりでも会わせるから」
桧原の母はそう言い金田を中に通す。そうして二階に、桧原の部屋の前まで行く。
「伊織、金田くんが来てくれたわよ。あんたが拒否しても中に入ってもらうからね」
桧原の母はそう言い、ドアを開ける。桧原の部屋には鍵などない。中は、電気もついておらず暗い。桧原の母が電気をつけると、ベッドの上で布団がこんもり高くなっているのが見えた。
「じゃあごゆっくり。何かあったらいつでも言って」
桧原の母はそれだけ言いドアを閉める。桧原独りの部屋に、金田が帰ってきた。
「おー桧原久しぶり。寝てんの? 寝てても起こすけどよー」
金田がそう言っても反応はない。
「てかよー、お前まだ今週のチャンプ読んでねーだろ? 俺買ってきたからさ、マジ読めって! あのな、新人の読み切りがマジですげーんだよ! 俺もー感動してさ、立ち読みしながら号泣しかけたかんな! ほんとマジさ、これだけはぜってーお前にも読んでもらわねーとと思ったからよ! 俺なんもしゃべんねーし邪魔だったら外いっからよ、とにかくこれだけは読めって!」
金田はそう言い、チャンプを桧原の頭の横に置く。
「――気分じゃない」
「起きてんじゃん。気分じゃねーかもしんねーけどよ、これだけはほんと、読まねーとマジで後悔すっぞ!? マジでヤベーからさ! とにかくもう読めって! 読むだけでいいから!」
「……それになんの意味があんの?」
「そりゃ意味しかねーよ! 読めばわかっから!」
「……読まない。意味ないし」
「なんでだよ。てか意味ってなんだよ」
「意味は意味でしょ。全部。漫画なんてさ、描いたって読んだって、なんの意味もないじゃん」
「そんなことねーだろ。実際俺はこれ読んでめちゃくちゃ感動してぜってー桧原にも読ませねーとって走ってきたんだからさ!」
「……それが意味ないじゃん。私読まないし、私が読んだって意味なんかないし」
「ねーわけねーだろ。それはお前が一番よくわかってんじゃねーか」
「そうよ。私が一番よくわかってんの」
桧原はそう言い、上体を起こした。
「私が一番、よくわかってるの。ずっと漫画だけ読んできて、漫画だけ描いてきた私が一番、よくわかってんの。自分の人生だから。そんなことしててもなんの意味もなかったって」
「……なんでだよ。んなことねーだろ」
「ないでしょ。なんの意味があんの? 必死に描いてきて、これしかないって描いてきて――でもわかったのは、自分にはそれすらなかったってことだけ。全部ふりだった。ただの真似だった。自分も漫画が描けると思い込んでただけ。信じてただけ。でもほんとは何も描いてなかったし、何も描けなかった。自分が描いてたものにはなんの意味もなかったってようやく気づいたの。全部無意味だったって」
「……なんでだよ」
「なんでって、そんなのわかるでしょ。私には、なんにも描くことなんてない。描けることなんてない。言いたいことなんて、描きたいことなんてほんとはなんにもなかったの。描けることなんてさ。だって空っぽだから。なにもないから。ただのひきこもりで、不登校で、友達もいなくて、ろくに人とも関われなくて。だからなんの経験もなくて、思いもなくて、持ってるものなんて何もなくて、空っぽで……
でももういいから全部。よくわかったし。私もう漫画なんて描かないし」
「……わかんねー! ていうかなんでいきなりそんななってんの!? 飛躍しすぎじゃね!?」
「……あんたみたいなバカにはわからないでしょ一生」
「わかんねーよバカだから! だから教えてくれよマジで! バカだから言ってもらわねーとわかんねーんだよ俺は!」
「全部あんたのせいじゃない!」
桧原は、赤くなった眼で金田を見る。
「全部、全部あんたのせいじゃん! あんたが、あんたがいたせいで、あんたが来たせいで……あんたが、あんたさえいなければ……」
「……俺バカだからマジでわかんねーんだけどさ、俺桧原に何しちまったんだよ。ほんとわりーけどさ、バカで無知で想像力もねーからよ、ほんとわかんねーんだよ。教えてくれよ頼むから」
「……あんたに言ったって、絶対わかんないわよ」
「かもしんねーけどよ! 俺だって知らねーと諦めもつかねーんだよ! 嫌だと思うけど頼むよ!」
「……別に、あんたは何もしてないし、あんたは何も悪くないから……全部私の問題で、こっちが勝手に人のせいにしてるだけで……」
「だとしてもお前にはなんかあんだろ? それ話してくれよ。教えてくれよ。共有させてくれよ頼むから。俺も一緒に考えてーんだよ。一緒に背負いてーんだよ。だから頼む!」
金田はそう言い、頭を下げる。
「……私は、あんたが妬ましい」
「ねた、ってなに?」
「……嫉妬」
「あー嫉妬……嫉妬? お前が? 俺に? え、なにが?」
「わかんないの?」
「……全然わかんねーマジで。いや、だって俺みてーなバカに桧原が嫉妬とか、ありえねーだろ」
「だからよ。そういうとこも含めて、全部。あんたが全部、持ってるから。私にないものを。私が欲しい物を、全部」
「……わりい、こればっかはマジで俺がバカとか関係なくわかんねーわ。いや、だってよ、俺が持ってるって何を? 俺なんも持ってねーだろ。バカだし金だってねーしよー」
「……そういうのじゃないわよ。そういうのは、関係ないし……ていうか、あんたは賞もらったじゃん」
「あー……それはまあ、唯一っちゃ唯一の功績っつうか、成功だな」
「その唯一が、私にとっては、大きすぎんの」
「……なんでだよ。そりゃ確かに努力賞とかはもらったけどさ、でもそんなのまだ全然一回だし、それでなんかなったわけでもねーし、賞金だってたいしたことねーし」
「そうじゃないじゃん! そういうことじゃなくて、あんたは、たった一回で、初めて描いて、あんな初めて、ただ気分だけで描いたくせに、なのに、そんなのであんな面白くて、賞までとって、あんな褒められて……私は、ずっと漫画だけ描いてきて、それしかなくて、ずっとほんとに漫画家になりたくて、それだけで……それだけで、ずっと頑張ってきたのに、なのになんであんたがそんな簡単に私が欲しい物を手に入れるの!? 手に入れられるの!? 私は、私のほうが、絶対それが欲しいのに、それが欲しくてたまらなくて、がんばってきたのに……なのになんであんたなのよ……あんたみたいな、バカで、不真面目で、漫画だって適当で、別に漫画家になりたかったわけでもないのに、それなのにそんな、不公平でしょそんなの……」
桧原はそう言い、布団に顔を埋める。
「……嫉妬ってのはそれ?」
「……そうよ。それが妬ましかったの私は。すごく憎らしかった。認めたくなかった。あんな絵も下手なのに、私のほうが絶対うまいのに。だいたい、あれだってほとんど私が描いたのに」
「だから一緒に出して一緒に賞もらったんじゃねーか」
「けどあれは私の漫画じゃないじゃん!」
桧原はそう言い、金田を睨みつける。
「あれは私の漫画じゃないでしょ!? 私はただ手伝っただけ! ほとんどアシスタントと一緒! あの漫画がよかったのは、認められたのは、全部あんたが描いたからじゃん! あんたが描いた、あんたが考えた部分じゃん!」
「……それはまーそうだけどよ……お前の嫉妬とか、そういうのも一応わかったけど、まーわかってはいねーだろーけど、でもよ、俺が言うことでもねーと思うけど、だったら自分も描くだけじゃねーか。自分もがんばってよ、また描いて、そんでおもしれー漫画描いて、そうやって何度も挑戦する以外ねーだろどう考えても」
「……そんなの、わかってるわよ……だからがんばったんじゃん……がんばって……でも、がんばって、自分には何もないってわかっただけで……」
「……何もないなんてことはねーだろ」
「何もなかったのよ、実際。私だって、あんたが賞もらったの見て、すごくむかついたし、すごく嫉妬して、負けてられないって、なんであんたがって、私だってって、がんばったのよ。すごくがんばって、考えて、精一杯描いて……でもそんな漫画だって、『言いたいことが何もない』って言われて……不登校だから経験がないんだろうって、感情がないって。そういうこと言われて……なら私はどうすればいいの? だってしかたないじゃん。不登校だったのは事実だし、友達いないし、経験なんか全然ないし。人付き合いとか苦手て、嫌なことは苦手で、ただ自分でいるだけで人から色々言われて……そういうのが嫌だから逃げて、でもそれって私が悪いの? 私のせいなの? そういう人間は漫画なんて描けないの? 漫画描いちゃいけないの? それしかないのに、それしかなかったのに、それだけだったせいで漫画も描けないなんて、そんなの、そんなのどうすりゃいいのよ……」
桧原はそう言い、また布団に顔を埋める。
「……まあ、俺はお前が実際何言われたかなんてわかんねーしさ、あっちも悪気があったわけじゃねーだろーし、実際お前は絵うめーし、漫画もうめーからそれを活かすためにも、もっと面白いストーリー作れるようになるためってアドバイスのつもりで言ったんだと思うけどよ……でもまあ、あっちだって初対面でお前のことよく知らなかったわけで、それ言ったら俺だって全然わかってなかったけどさ……とりあえずまあ、それで実際お前が傷ついて、傷ついてって言うかな、やっぱ漫画好きだからこそ本気で捉えてよ、それでまあ、一人で背負って、いろいろ辛くなっちまって……そういうのはあるだろーし、しょうがねーだろうし、俺もちゃんと気づけなくて悪かったよマジで。お前がおかしいっていうか、落ち込んでんのはわかってたのにな。もっとできることあったと思うし」
「……ないわよあんたには」
「かもしんねーけどよ、俺の気持ちっつうか、反省としてな。でもさ、別に不登校だったっつったって、今まで経験がないっつったって、漫画は描けんじゃん。面白い漫画は描けんだろ。経験がねーならこれから経験してけばいいしよ。俺がいくらでも付き合うしどこにでも連れてくかんな」
「……そういうのが、きついのよ……あんたに気遣われんのも、そもそもあんたが近くにいんのも……あんたがいると、どうしたって考えちゃうし、比べて……あんたが呑気に、ただ純粋に、自分の楽しいだけで漫画描いてるの見ると、そのくせにすごい面白い漫画描くの見ると、むかつくの……すごい嫉妬するの。妬ましくて、憎たらしいの。あんたは何も悪くないのに。でも私はそういう人間で、子供で、醜くて……そういうのがすごく嫌なの。そんなこと思うのも嫌だし、そんなこと思っちゃう自分も嫌だし、それを見るのも、考えるのも嫌だし……あんたといると、辛いのよ……あんたは何も悪くなのに、だからこそ、こっちがどんどん辛くなんのよ……違いを思い知らされて。私には、なんにもないんだって。なんであんたばっかって……そんなこと思いたくなのに、あんたは何も悪くないのに、あんたのせいにして、嫌いになりそうになって……だからあんたとも、会いたくないの……」
桧原は、布団に顔を埋めたまま、嗚咽を漏らしながら、そう言った。
「……ごめん。ほんとにごめん。全部悪いのは私。私が悪くて、私がどうしようもない人間だってだけだから。あんたはほんとにいいやつで、いつも優しくて、私なんかと仲良くしてくれたのに……でも私は、こういう人間だから。金田だってさ、こんなやつ嫌でしょ。私みたいなのとは関わらないほうがいいよ。ほんとに自分勝手で、わがままで、幼稚で……平気で人のこと傷つけて……私なんかとは一緒にいないほうが絶対いいし……だからもう、来なくていいよ。元に戻るだけ。私は元から一人だから。最初に戻るだけだから。全部、よくわかったから。自分がどういう人間なのかって。ほんとに、あんたには合わせる顔もないし……だから帰って、ほんとに悪いけど、せっかく来てもらったのに……全部、私のせいだから……」
室内に、静寂が広がる。その中で桧原の押し殺した嗚咽だけが、わずかに漏れ聞こえてくる。
金田は、すっかり色が落ちた頭をワシワシと掻いた。
「――まぁ、俺バカだからよくわかんねーんだけどさ」
そう言い、一つ息をつく。
「俺はよー、たとえお前がそういう人間だろーとお前のこと好きだけどなー」
「――え?」
「いやさ、そりゃー人間なんだから色々あんだろ。性格なんか色々あるしよー、他人同士なんだから人と関わってりゃ色々思うし色々あるじゃん? でもそーいうのがふつーだしさー、だいたいそういうもん全部ひっくるめて人間だしそいつなわけだろ? 欠点だろうと嫌なとこだろーとよー、それも全部含めてそいつじゃねーか。そーいうとこも全部受け入れんのが友達じゃねーの? そんなんさ、最初から相手が完璧だとも思ってねーし全部自分の思いどーりになるなんて思ってねーだろ。俺は思わねーしよー。そういう部分だって全部そいつの特徴だし良さじゃねーか。そういうの含めて桧原って人間なわけだろ? そんならさ、それ全部受け入れるだけだろこっちは。んなえらそーにこれいいけどこれはだめなんて取捨選択して選ばねーっつうの。だいたいそれだってお前の一部でしかなくて全部じゃねーじゃねーか。お前にはお前のいいとこいっぱいあんじゃん。俺はそれめっちゃ知ってるぜ? だから桧原んこと好きになって仲良くなりてーって友達になったんじゃねーか。一緒にいて楽しいしよー、喋ってておもしれーし。漫画描けるとことかすげー尊敬するし、俺が色々聞いてもいちいちちゃんと教えてくれるとことかすげー助かるしめちゃくちゃ優しいしよ。それも全部お前じゃねーの? というか俺にとって桧原はそーいうやつなんだけど。お前が言ってる自分じゃなくてさ。
だからよー、そりゃお前が俺と一緒にいるとつれーっつうなら俺もつれーし、俺もお前にはつれー思いしてほしくねーし、お前がどうしても無理っつーならもう来ねーけど……いやーでもやっぱそんな簡単に諦めらんねーな。お前の言うことも気持ちもよくわかっけどよー、いやわかっちゃいねーけど、でも俺だってんな簡単にお前のこと諦めらんねーよ。せっかく運良く会ってよー、そんで仲良くなって、すげー楽しかったし。お前みたいなほんとに趣味合って色々話せる友達初めてだったしよ、お前のおかげで俺も漫画描けたし、漫画っつう目標もできたからな。
だからほんとにさ、すげー感謝してるし、これからもずっと仲良くしてーしよ。だからそんな、お前に言われもこっちだって簡単にはいそーですかそれじゃーなんて言えねーんだよ。俺ももう桧原がいねー頃になんか、桧原のこと知らなかった頃になんか戻れねーんだしよ。
お前はさ、今色々言ったじゃん。でも少なくとも俺の方はお前のこと嫌いになるとか嫌にいなるとか、一緒にいたくねーとかは全然ねーんだよ。むしろ一緒いてーんだからさ。少なくともよ、それが俺の気持ちだよ。バカだからこそのさ、自分勝手な俺の気持ち。
それでも、お前がどーしても俺のこと無理っていうか、俺のせいで自分のこと嫌いになったりさ、漫画描けなくなったとか、漫画のこと嫌いになったとかなら、この先もずっとそうなら、それは俺も嫌だからな。俺はよ、俺の気持ちなんかよりお前のほうが大事だし。だからその時は、ほんとに、しょうがねえから身ー引くし、というか漫画だって描くのやめるし、ってのもダメだなー。それだとまたお前も自分のせいで俺が漫画やめたとか自分のこと責めちまうしよー。あーもう、どうすりゃいいんだろうなー……」
金田はそう言い、頭をガリガリとかく。
「ちくしょー! ほんとよー、こういう時なんで俺はバカなんだって心底思うよ! 悔しいつうかよー、むかつくしさー! 頭いーやつはこんなことで悩まねーだろーし簡単に答えも出せんだろーけどよー! でも俺ほんとバカだから! バカだからわかんねーんだよマジで! 自分の気持ちしかさ!
とにかくさ! 俺はお前にそんなことは思ってほしくねーわけよ! お前がそんなこと思う必要はねーし、全部間違ってると思うしさー! お前は全然そんな人間じゃねーし! でもやっぱ俺のせいでそうなるっつうなら俺は自分のできることしねーとって思うし!
でも俺もバカだしガキだしワガママだからやっぱそう簡単に諦めらんねーんだよ! お前と会いてーし話してーし一緒に笑いてーんだよ! だからチャンプだって走って持ってきたんだよ! この感動をお前と共有してーってよ! 一緒に読んで、感動して、それで目―かっぴらきながらコーフンしながら一緒に語りてーってさ!
お前と一緒がいーんだよ俺は! だからよー! どっちもだ! どっちも取るぞ俺は!」
金田はそう言い、桧原を指さした。
「どっちも諦めねーぞ! お前に嫌な思いはさせねーし、でもお前とはずっと友だちでいる! お前にもお前の考えとか思いとかあんだろーけどそれが俺の答えだ! だからよ! バカなりに死ぬ気で考えてくるわ! その方法を! どーやったらまた前みたいにお前と一緒にいられんのか! お前が悩まなくて、辛い思いしなくてすむよーにできんのか! また漫画好きに戻って、漫画描いて、それ全部楽しく笑ってできるよーになんのか! それをよ! 俺バカだけど死ぬ気で考えてくっから! だから待ってろよ桧原! お前がもうそんな泣かずにすむよーに俺がしてみせっから! お前が笑えるよーによ! 俺がぜってーしてやっから! だから待ってろ桧原! 約束だぜ! 俺の魂の誓いだこんちくしょー! やってやるぜ俺は!」
金田はそう言い、自分が持ってきたチャンプを再び手に取る。
「だからお前は漫画読んで待ってろ! 漫画はいつだって味方だかんな! 今週のチャンプ読んでよ、来週も楽しみだなーって待ってろよ! したらそのうちまた俺来っからさ!」
金田はそう言い、桧原の胸元にチャンプを押し付け足早に出口へ向かう。
「そうだ! それ今週の読み切りだけはマジでぜってー読んどけよ! マジでヤベーし、それ読んだせいで俺はここにいんだしこんなんなってんだからよ!」
金田はそう言い、ビシッと桧原を指さした。
「俺バカだけどよ、そーいうのはちゃんとわかんだぜ! じゃあちゃんと飯食って外出て日光当たれよ!」
金田はそれだけいい、ドアを閉めた。
金田は走る。再び走る。走れ、走れ、走れ。考えろ。考えるんだ。バカでも走れる。バカでも考えられる。バカでも答えは出せる。
バカだろうと、あいつを助けることはできんじゃねーか!
なんだ。どうすればいい。どうすりゃいいんだ。わっかんねー。わけわかんねーよ全部。なんでこんなんなってんだよ。わかんねーよマジで。ちくしょー、マジわけわかんねー! こんなん初めてだっつうーの! どーすりゃいいんだよおい! 俺に何ができんだよ! 俺にできることってなんだよ! どーすりゃ桧原の助けになれんだよ! バカだから、バカでも、バカな俺にできること……
んなの、漫画描く以外にねーじゃねーか!
バカだから俺なんて漫画描く以外なんもできねーだろ! 考えたって答えなんか出せねーだろ! バカだからろくにしゃべれねーだろ! ちゃんと思ったこと言葉にすることもできねーだろ!
でも漫画なら、漫画ならそれもできんじゃねーか!
漫画だ、漫画。考えてみりゃ最初から答えなんて出てた。全部それで始まったじゃねーか。最初からそうだったじゃねーか。俺と桧原を繋いだのは、俺と桧原を繋ぐもんは、最初からいつだって漫画だったじゃねーか!
俺にできること。人を感動させられるもの。人の心を動かせるもの。
世界を、変えられるもの。
漫画だ。漫画。全部漫画だ。漫画を描くぞ。漫画を描くんだ。描くだけだ。
それ以外に、俺にできることなんかねーじゃねーか!
金田は走る。家路を走る。ただひたすらに走る。帰り着くため。一刻も早く、漫画を描くため。
その頭の中では、ずっと漫画が、うごめいていた。