08 御馳走の分配
結局、私はハリー君と2時間ほど実践稽古で戯れながら槍の使い方を教えた。そこで一度昼休憩にしようと言う事になり、私はその時点までの報酬、小銀貨二枚を受け取るとシャーロットと共に一度神殿に戻る事になった。体を水で拭いて神官服に着替えると昼の合同礼拝に参加し(休息日は免除されているが、神殿で昼食を食べるならば参加が推奨される)、いつもの通りの正餐…全粒粉のパンに豆と野菜のシチューに加増の干し肉…を食べて、少し午睡を取った後、再び稽古着に着替えて14時の鐘に間に合うように一人で神殿を出て冒険者ギルドの訓練場に向かった。
その後、さらに二時間ハリー君に指導をして、その日の教練は終了という事になった…ハリー君の体力が切れたので。で、午後の分の報酬の小銀貨2枚を受け取るときにエマさんがこんな事を言い出した。
「おかげで助かったよ、シンシア。今後ともよろしく…と言う事で心づけを兼ねて特別ボーナスを出そうじゃないか…豚肉をごちそうするよ」
まあ、豚肉なんてめったに口にできない身からすれば、逃しがたいお誘いであり…私はホイホイとついて行った。
と、いう訳でエマさんに先導され、城壁内の広場の屋台が集まっている一角にやってきた。
「親父、豚肉を1盛頼む」
「豚肉は敷パン付きで1盛、小銀貨1枚だ」
「はいよ」
「確かに」
…まあ、新鮮な家畜の肉が山盛りならそんなもんだろうが、いいお値段である。
そう思っていると、屋台のおじさんは成人男性の拳位の大きさの塊肉を焼き串に刺し、炭火であぶり始めた。それは色から判断するに、一度茹でてある様子であった。
少しすると肉塊は美味しそうな焼き色がついてきた。それを屋台のおじさんは包丁で一口大の削ぎ切りにしてトランショワール…パンで作った皿…に盛り付けていく。その後、磨り潰した乾燥ハーブが混ざっている様に見える塩らしきものを振りかけるとエマさんに差し出した。
「あいよ、豚肉一盛だ、温かいうちに食ってくれ」
「どうも…はい、シンシア、コレは全部、君へのボーナスだ」
「…こんなにいいんですか?報酬はちゃんといただいていますよ?」
「ああ、構わないとも、温かいうちに召し上がれ」
「…では、遠慮なく頂きます」
そうして、私は屋台で買った物を食べる為の席について、山盛りの豚肉を食べ始めた。
「…美味しい」
一切れ味わって食べるなり、私は思わずそう口にしていた。転生して7年間、新鮮な肉なんて謝肉祭の…年に一度の御馳走として少し食べられるだけであったし…配膳の都合で謝肉祭の肉は冷めていたのだから。
「フフ、それは良かった」
いつの間にか、エールが入っているらしいジョッキと干し肉を買ってきたらしいエマさんがそう言ってほほ笑み、私の向かいに座る…ハリー君はエマさんの隣に座った。
折角の御馳走をもきゅもきゅと味わって、しかし冷めないようにせっせと食べているとハリー君から視線を感じた…干し肉をガジガジと齧りながら私を羨ましそうに見つめている。
「食べます?ハリー君」
そう言って私は敷パンごと半分くらいに減った肉の山をハリー君とエマさんの方に差し出す。
「なっ!?」
「どうしました?あれだけ物欲しそうな顔で見つめていたんです、少しなら分けてあげますよ?」
「おまっ…何言いだすんだよ!」
なぜか顔を赤くしてあたふたするハリー君の姿に私が首を傾げていると、エマさんがクツクツと笑いながら口を開いた。
「シンシアは意外とおませさんなんだな。それに手も早い」
「へ?」
「自分を負かすような相手にそんな深い愛情を示されたらハリーみたいなお子ちゃまは戸惑うに決まっているさ」
「…ハイ?」
エマさんの言葉を理解できずにキョトンとしているとエマさんが私のした事について説明をしてくれた。
「まあ、育ちのいいシンシアは知らないのだろうけれども、この辺りの地域の庶民にとって、各人に分けられた御馳走…特に肉や魚を誰かと分け合う事は誕生月の月例祭の御馳走を分け合うのと同じ意味を持つんだよ」
暫し、私はきょとんとした後に思考が追い付いて来て、口を開く。
「つまり、私はハリー君にプロポーズしていた…と?」
「ああ、多分ハリーはそう解釈したんだと私は判断する」
エマさんの言葉にハリー君はぶんぶんと首を縦に振って同意を示す。
「…そこらへんで普通にこれと同じ類の肉料理を分け合っているようですが…?」
と、私は仕事帰りらしき職人たちがエール片手に同じ…あるいは似た肉料理を分け合っている様子を指し示す。
「アレは共通皿から分け合っている事になるからいいのさ。それに対してシンシアは全部シンシアのだ、って私が渡した肉をハリーに分けようとしたからプロポーズと取られても不思議ではないんだ」
「あーなるほど…スイマセン、ハリー君。そう言う事ならお肉は分けてあげられません」
「お、おう」
「ちなみに、その言い回し…貴方と肉を分けられない、は告白してきた相手を振る時に使う婉曲表現でもあるな」
「…勉強になります。知らない事がいっぱいですね…ごめんなさい、ハリー君」
「ま、その歳で三本指で食事をする様なしつけを受けている様なお嬢様なら知らなくても不思議はないさ」
「匙を使わないで食べるおかずは三本指で食べるものでは?」
「庶民は大体の場合、五本の指すべて使って食べるんだよ…下手したら手のひらを汚すような鷲掴みでね…本当に厳しくしつけられているね…さすがは生粋の神殿育ちって所かね」
「…あの、私、聖騎士様になれたらその後は暫く冒険者の人たちと遍歴しようと思っているんですが…もっとマナー崩したほうが良いですか?」
「いや?聖俗問わず、大体の騎士様が良い育ちってのはみんな知っている事だし、構わないんじゃないかい?庶民の流儀を知っておく必要はあるし、それに従う場合があるのは事実だろうけどね…特に旅や仕事の間は」
「まあ、覚悟はしていますが…装備を付けたまま外套にくるまって野宿とかも」
「ハッハッハ…それは心強いね…ま、今はせっかくの肉を食べちまいな。食事しながらしゃべるのも苦手なんだろう?」
「ええ、まあ神殿では食事中は私語禁止ですからね…では遠慮なく」
と言うようなやり取りをして、私は残りの肉を美味しく頂いた。
その後、肉を食べ終わった後のトランショワールを食べるという貴重な経験をした後、エマとハリー君と別れて私は帰路に就いた。
尚、本日の収入、事実上の初任給である小銀貨4枚は両親に見せた後、小銀貨1枚を神殿に寄進し、後日残り3枚で財布用の革製の丈夫なきんちゃく袋を購入する事となった。