07 シンシアの初仕事
「おや、シャーロットちゃん、おはよう。今日は早いね…その子は今日の教練相手かい?見ない顔だが…?」
整備された広場のような場所にやってきた私達…と言うかシャーロットに30代くらいのおじさんが声をかけてきた。
「おはようございます、トムさん。この子は私の同僚でシンシアちゃんです」
「同僚…って事は従士かい!?こんな小さい子が!?」
「初めまして、ライタウン神殿、神殿騎士団従士のシンシア・オータムムーンと申します。トムさんでよろしいですか?」
私は内心不快に思いつつも、それを隠して神殿式の礼を取る。
「あ、ああ。俺はトム、この訓練場の管理人をやっている…オータムムーンで従士って事はオータムムーン高司祭様の娘さんであの未来の英雄様か…噂には聞いていたがこんな顔していたのか…」
「ええ、こんな顔しています。母譲りで美人でしょう?」
「ハッハッハ…まあ、将来が楽しみな顔しているが、まだお嬢ちゃんって顔だな。それで今日は何の御用だい?」
「ええ、この度教練師登録をしまして…お客さん探しって所ですね。呼び込みしても大丈夫ですか?」
「ああ、構わないよ。でもしつこく勧誘して邪魔しないように。それと入場する前に教練師の登録証をみせてもらえるかな?ああ、入るならシャーロットちゃんもね」
「はい、どうぞ」
「はい、トムさん」
そう答えて、私達は羊皮紙の書類を提示する。
「うん、確かに。じゃあ、気を付けてね」
「「ありがとうございます、トムさん」」
と、いう訳で軽く呼び込みをしてみたが反応は良くない。考えてみれば、そりゃあそうだ。自主練している見習い達にとっては小銀貨一枚の報酬は気軽に払えるものではないし、ギルドの正式メンバーにとってはレベル5の私は同格か、格下である。その他は既に教練師かPTの先輩に面倒を見てもらっている。
「…ダメだね、コレは」
「私はそろそろギルドに戻って今日の教練相手と合流する時間だけど…シンシアちゃんはどうする?」
そんな会話をしていると、私に声をかけてくる人がいた。
「さっきから呼び込みをしているお嬢ちゃんにうちの見習いの教練を頼みたいんだけれども、頼めるかい?」
そう声をかけて来たのは質の良い皮鎧を身に着けた軽戦士風の女性であった。
「もちろんかまいませんが、私でいいんですか?」
「かまわないとも!というか、うちの見習いは戦士志望なんだけれども、私は軽戦士でさぁ…基本的な武器の使い方の指導や実践稽古の相手はしてやれるけれども、戦士と軽戦士じゃスタイルが全然違うだろう?
本当なら、うちのPTの戦士の奴に任せるはずだったんだけれども、あのバカ、二日酔いでダウンしていてさ…お願いできるかい?」
その女性は快活に笑いながらそう言った。
「了解しました、教練内容は戦士としての戦い方、でいいんですか?」
「ああ、戦士としての槍での戦闘と…できれば剣も見てやって欲しい。報酬は戦士レベル5なら一時間を目安に小銀貨1枚でいいかい?」
「はい、構いませんよ」
「あと、聖印をぶら下げているって事はお嬢ちゃん、神官戦士か聖騎士の見習いの従士さんって所だろ?実践稽古の時は魔導無しで頼むよ…うちの見習いにゃまだ早い」
「了解しました。私、密偵の心得と錬体師の心得もあるんですが、そっちはどうしましょう」
「んー使った方がやりやすければ使っても良いけれど報酬は同じ」
「ならば、必要に応じて使わせて頂きます。えっと、そう言えばお名前は?」
「ああ、すまない。私はエマだ。漆黒の番犬というパーティーを率いている。面倒を見てもらいたい見習いはあそこで伸びているハリーだ。ほら、何時までもくたばってないで従士殿に挨拶しろ!」
エマさんがそう叫ぶとハリーと呼ばれた少年がよろよろと立ち上がり、こちらにやってきた。
「ハリーだ、よろしく」
「よろしくお願いします、エマさん、ハリー君。改めまして、私はシンシア・オータムムーン、ライタウン神殿の神殿騎士団で従士をしています」
「じゃ、挨拶も済んだ所で、ギルドで契約して訓練と行こうか!ハリー、アンタはここで待っていな。水でも飲んでしっかり休んで従士殿との時間を無駄にしないようにするんだよ!」
と、いう訳でシャーロットとエマさんと共に冒険者ギルドに戻り、アンナさんの前で口頭で契約を結んで戻ってきた。シャーロットとは一旦冒険者ギルドで別れた。
そして、訓練場に戻ってきた私は皮鎧を装備し、ハリー君と短槍に見立てた訓練用の棒を持って向き合っていた。
「ではまず、ハリー君の実力をみせてもらいます」
「それは構わねぇけどさ…そのハリー君ってのやめてくれないか?」
「呼び捨ての方が良いですか?年長者にそれはどうかと思ったのですが」
「さん付けでいいだろ!あんた7,8歳ぐらいだし、俺、11歳だぞ!?」
「でも、私、教える側の人間ですし…ま、君が今日の稽古の間に私に一撃を入れられたなら、さん付けにしましょうか…おいで、ハリー君!」
と、正直どうでもいい条件を付けて挑発する。
「くっ!舐めやがって!」
ばっちり挑発に乗ったハリー君は訓練用の棒で襲い掛かってくる。
「ほう…思ったよりは早いですね、ですがまだまだ」
私は直情的なハリー君の攻撃を自身の棒でいなすとハリー君の腕を棒で払う様に打ち、それで出来た隙を利用して布を巻いた棒の先…穂先でハリー君のおでこをのけぞるくらいの力加減で突いた。
「はい、コレで一回死亡。安い挑発に乗らないように。仕切り直しますよ、ハリー君」
「…はい」
その後、5分程打ち合ったが、ワンサイドゲームであった。ハリー君、技量自体はちゃんと見習いの基準に達しているのだが、駆け引きが下手すぎる。
「槍は大体わかりました。次は剣にいきましょうか…休憩いります?」
肩で息をしているハリー君に私はそう問うた。
「…何で、アンタはそんなに余裕なんだよ」
「そりゃあ鍛え方が違います…って言うのもありますが、ハリー君、常に全力で動いているでしょう?それじゃあすぐに息切れして当然ですよ?」
「…でも、格上に食らいつくにはこうするしかないんだろう?」
「エマさん位の格上を相手に少しでも持たせようとしたら確かにそうするしかありませんが…でも私とハリー君の技量差…レベル5とレベル3ならそこまでしなくても、本来はもう少し拮抗するんですよ。ハリー君の駆け引きがへたっび何で私が圧勝しましたが。どこで誰に戦いを教わりました?」
「…村で自警団の人たちに教えてもらった」
「アー成程…それでですか。私も実体験ではないのですが、自警団が相手にするような動物系の…オオカミやイノシシの普通種とかはぐれゴブリン数匹くらいであれば、基本的に駆け引きもへったくれもない…数で囲んで槍で突けばいいんですが…上を目指すなら駆け引きは必須ですよ?というか、パーティーの先輩方に指摘されませんでした?」
「…武器の使い方とか基本的な型とかは習ったけれど、実践稽古は今日が初めてで…」
「で、エマさんにボコボコにされていた所に私が来た、と」
「…うん」
「エマさん?」
私はジト目で私達の訓練を見学していたエマさんに声をかける。
「いやぁ…悪い悪い、シンシアを見くびっていたようだ。正直、実力の近い格上相手との戦いの中で気づいてくれれば…と思っていたんだけれども、シンシア、君は想定よりも立派な指導者だった。ハリーをきちんと指導してくれているようで助かるよ」
「…まあ、構いませんけれど…さ、おしゃべりして体力も回復したでしょうから、次は剣に行きますよ、ハリー君」
「お、おう」
そして…
「…もういいです、村の自警団では主に槍の扱いを習っていたならば上出来って所でしょうか。ハリー君、殆ど剣の経験ないでしょう?」
「あ、ああ」
実質、数分間のリンチであった。大分手加減したのだが、ハリー君の剣の実力は槍以下である。
「村ではほぼ槍だけ、ライタウンに出てきて、漆黒の番犬で面倒見てもらうようになって初めて剣を握った、に近いレベルですね」
「おう…よくわかったな」
「…今日は時間いっぱい槍を訓練する事にして、剣の実践稽古はもう少し打ち込み訓練や基本型を身に着けてからにした方が良いようですね…それでいいでしょうか、エマさん?」
「ああ、それでいい。任せるよ」
と、言う事になり、私は時間いっぱいハリー君に槍の手ほどきをするのであった。
小ネタとして、訓練の時間は管理小屋に砂時計があって10分ごとに一本ずつ小旗を足して行き、一時間たつと全ての旗を仕舞う、という仕組みがあるので大体一時間がわかるようになっているとかいう設定。
エマさん
軽戦士9、斥候9、錬体師5、位の強さを想定している。
ハリー君
現時点で、戦士3、斥候1を想定している。実は戦士の才能・中と斥候の才能・小、農民の才能・小を持っているので一般基準で言えば冒険者というか、戦士に向いている方。直情的で駆け引き下手、というのもライタウン神殿の神殿騎士団とかいうガチ戦闘集団やPTリーダー張れる様な熟練者の基準で、見習いとしては極々平均的。