04 幼少期後期
…この神殿、何かがおかしい。もしかしたら、この町、ライタウンに生まれたのはハズレなのかもしれない。まず、転生前に教えてもらった生活水準から判断するとこの神殿は割と貧しい様ある。それ自体はさほど問題ではない。問題は、であるにも関わらず、軍備が整いすぎている。
この街に屯する領軍の規模は知らないが、この町の神殿にはうちの両親含め、聖俗合わせて神殿騎士が15名くらい、従者(騎士見習い)が20人くらい所属している。これだけでも相当な規模の軍事力なのだが、これに加えて、肉体労働者を兼ねた弓兵…と言うか弓の訓練を受ける肉体労働者が20名くらい雇われている。これは一般的な基準からして、町の…数千人規模の城塞都市の神殿騎士団としては過大にも程がある軍備水準である。これを町の名前、ライタウン…『ライ麦の町』と合わせて考えると…ヤバイ。いや、ヤバさのレベルからして最悪ではないのだが、ほぼ確実にかなり緊張感のある立地条件の町と言える。
一からそう言う結論に至る理由を説明すると、この世界には魔物が存在する。まあ、魔物という語は『人類に有害な存在』くらいの意味を持つのだが、ある種の魔物は世界中のどこにでも突如発生しうる魔力溜まりの周辺で自然発生する。
この種の魔物はこの世の理の外の主、理外種と呼ばれる。この魔力溜まり、神聖魔法又は精霊魔法で適切に処理をすれば霧散して周囲の土地に活力を与え、褒賞として規模に応じた魔石が神様から得られるのだが、放置すると数年で異界化する。俗にいうダンジョンである。
このダンジョンは周辺の魔力を吸い上げ、地力を衰えさせながら、魔物をその影響範囲に発生させるのみならず、内部にも魔物と魔力をため込み…ある日、魔物の軍勢を吐き出して株分けしようとする。この株分けは『氾濫』と呼ばれ、古いダンジョンであればある程、その規模は大規模になり、かつ強大な魔物を含む様になっていく。そして、その株分け先は大体の場合、人間の城塞都市(町規模の物を含む)である。
で、ライ麦と言えば地球と同じく、衰えた地力でも育つ作物として知られており…それが町の名前になっていて神殿騎士団の軍備も整っているという事は…生きているダンジョンが近くにある可能性が高い、それも、相当に古いやつが。
まあ、本当に『ヤバイ』兆候が出ているのであれば、自然発生する魔物の駆除や内部の魔物の間引きに神殿騎士団がもっと頻繁に遠征している筈なので、万一に備えて、程度の話だとは思うが…等と考えていたのが、3歳になってすぐの頃。
で、なぜなぜ攻撃を併用して色々と情報収集を行った結果、状況が大分わかってきた。
まず、ライタウンの地理情報として、西の王都グラス・ブルグと南東の国境都市ヨーク・ウォール市を結ぶ街道横にある町であり、北東の山岳地帯の向こうの前線の町フォート・アントンへの唯一の補給路への分岐でもある事がわかった。
そして、案の定、近くにダンジョンがあった。町から半日程東に行った所にダンジョン攻略の為の基地を兼ねた監視砦があり、そこから冒険者たちが日々ダンジョンコアを削るべく出撃しているらしい。
このライタウン東のダンジョンの状況だが、存在を最初に確認されたのが300年ほど前の事。当時この辺りを支配していた小国が対応に失敗…と言うか支配領域内にダンジョン3つが同時発生したとかいう詰みな状況に陥ってグラスラントに服属、位置関係上対応を後回しにされた現存するダンジョンが残った、という状況である。大国グラスラント、神殿、冒険者ギルドが協力して事に当たったとは言え、それらも無限の兵力を有するわけではなく、暗黒地域(魔物が無数に闊歩する地域)の拡大阻止、後方地帯の警備…魔力溜まりの捜索・処理に理外種以外の魔物への対応も含む…そして稀とは言え人間同士の戦争への備えと言った仕事に忙殺されこれまで中は放置(監視と表層の間引きはされていたが)されているとの事である…ハスタ様が講義で『人類間の対立も考えれば、基本的には人類側が少しずつ生存領域を圧迫される様にバランス調整されている世界である。人類が滅んでいないのは、時々英雄が生まれてその力でダンジョンをいくつか早期に攻略し、それで生まれた余力で人類側が巻き返す事もあるからだ』と言っていただけの事はある。なお、余力が出来すぎると人間同士が争い始めるのが歴史の常、だそうだが。
で、現在はグラスラント内のより古いダンジョンは順番に攻略され、このダンジョンも数年前から本格的に攻略が始まったらしい。表層…地表の魔物たちは流出しないように可能な限り狩られ、さらに深い階層の魔物も可能な限り狩られてはいる…が、ダンジョンコアには到達できていない、らしい。
単純な武力だけで言えばうちの両親が熟練冒険者の支援を受ければ何とか到達できるのではないかと言われているがうちの両親は騎乗戦闘を得意とするため山岳地帯・洞窟などの地形がメインとなるこのダンジョンではその実力を7-8割程度しか発揮できず、ダンジョンコアには到達できていない。それでもトロールやオーガなんかの最上位種を数人で狩れる実力はあるのでダンジョン攻略に遠征していった日の戦果は群を抜くらしい…新事実、うちの両親は化け物と言うか英雄数歩手前であった。トロールやオーガの最上位種とか、本来は騎士クラスの熟練者が囲んで叩くものである、それも後衛の支援前提で。
まあ、私は全力で努力するだけで両親の一歩手前まで、命がけの戦いを何度かこなして経験を積めばそのうち両親レベルをも超えられる才能を持って生まれているのではあるが。
「母様、私、将来は母様みたいな聖騎士様になりたい!私も母様たちと訓練したい!」
4歳の月例日の少し前、託児所で遊ぶだけの日々に我慢できずにそう言った私を母は困ったように見つめて微笑んだ。
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、シンディには早いわ。今はまだいっぱい食べて遊んでしっかり育ちなさい」
そう言うと母は私の頭を撫でた。
「英雄の素質を持って産まれてくる子は早熟だって言うけれども…5歳になる月例日までは訓練はダメよ、それでも早いくらいなのだから」
「…お勉強もまだ始めちゃダメ?ご本読むのも?」
「お勉強は…読み書き計算と神様たちについては良いかな…シンディが4歳になる月例日が終わったら神殿の教室に通えるようにしてあげるわ。でも、読書は一人ではダメ。中等教育が始まるまではダメな規則だからね…時間があれば私かジルが一緒に図書室に行って読んであげる…それでいいかな?」
「はい!ありがとう、母様!」
私はそう、にこやかに答えた。
そして、4歳の月例日が終わった後、読み書き算数(整数の四則計算)と子供向け神話学とお祈りの仕方を半年で修めた私に母は困ったような笑顔を向けるのであった。
流石に4歳児に中等教育は早いと言う事で、字を綺麗に書く練習と特定の神様ではなく全ての神様に捧げる聖句を唱えてお祈りする練習をしつつ、時々両親のいずれかに連れられて図書室に行き、小声で読み聞かせをしてもらう日々を過ごしていた…そんなある日、母の妊娠がわかった。ストイックな母とそれに付き合う父ではあるがやる事はやっていたらしい。いや、別に、この世界、性行為は特に戒律で制限されているとかない筈だが。
そんなこんながあって迎えた9月の月例日…私は5歳になり、正式に(遊びと称した体力作りだけでなく)戦士としての訓練を始めて良い事になった。初めて訓練用の、それも体格に合わせた特注(本来は7歳時くらいから始めるのでそれくらいのものは備品として存在する)の木剣・木槍を使った基本型の教練は…まあ、間違いなくセンスは有る、と教導の騎士に言われた。この体になってからは初めてだが、実践稽古込みで3年間みっちり稽古しているので当然であるが。そのほか、医療奉仕や馬小屋の雑用、祈りの練習、父の休息日には簡単な斥候の心得や錬体師の基本であるマナの循環についての講義、訓練などをこなし…2カ月弱。
そうして、11の月に産まれ、増えた家族は弟でアルバート・オータムムーンと名付けられた。
「よろしくね、アル。私はお姉ちゃんだよ、シンシア・オータムムーンって言うの」
母に抱かれたアルを優しくなでながら、私はそう言ったのであった。