02 神様転生準備中 2
「はっ、せいっ、そりゃっ」
「今のは良いですよ、真琴殿!」
ハスタ様から教練を担当する戦乙女様(識別コードはあるが、固体名はないらしいのでそう呼んでいる)に引き継がれて早1年、基礎の基礎はできているようだから、と私は簡単に神聖魔法の使い方を習った後は時々新しい神聖魔法や新しい武器について習う以外はひたすら実戦形式稽古で扱かれ、戦士技能、神聖魔法使い技能、マルチタスク技能を鍛えられていた…そんな私の一日の生活はこんな感じである。
4時-12時 鍛錬
12時-13時 休憩
13時-21時 鍛錬
21時-24時 休憩(北欧神話のヴァルハラの様に、この時間は宴会が催されるので参加してもよい。美味しい食事と飲み物というリフレッシュは私のオアシスである。他の転生者たちとの交流も違う時代・並行世界出身であるだけあって色々と興味深い話を聞けたりするし)
24時-翌4時 自由時間
3年の訓練期間が与えられると言われていたが、一日16時間、みっちり鍛錬である。あまり疲れないし、どんな傷も休憩時間に入れば治るのだが…うん、正直キツイ。月に一度のホームルーム(座学を受けた教室に集められての現状報告会)や宴席での雑談からも他の人々も大変そうである。
そんなある日、私は鍛錬の間に小休止時に戦乙女様と雑談になり、話題は転生の目的になっていた。そしてそれはほんの軽い雑談である筈だったのだ。
「戦乙女様、そう言えば私達をプライムアースに転生させる目的ってなんなんですか?」
「目的…と言いますと?」
「そのままの意味ですよ、戦乙女様。私達をプライムアースに転生させて皆様には何の得があるのかな、と」
「真琴殿は我々が損得で皆様を転生させるとお思いなのですか?」
「そうですね、単にそう言う転生を行うのが世界の理、あるいは魂の質・量の調整なんかのやんごとない事情なのかなとも考えましたが…皆様が私達をわざわざ育てる、という事は何かしらのメリットがあってしかるべきです…それに一年も一緒にいれば少なくとも戦乙女様が私の成長を多少なりとも喜んでいる事は伝わってきますし…我々が育つことで『何かしらの利益』があると判断するには十分かと」
「それで、真琴殿は我々が皆様の魂を育てることを目的としている、と判断されたわけですね」
「あーそれは少し違いますね、目的というよりは手段というべきでしょうか。ハスタ様が一度だけ私達は『徴募』されたとおっしゃった事がありまして…であれば、私達は何らかの目的を果たす為の戦力として育てられている、というべきでしょうかね…プライムアースの名の意味も主要な大地、ではなく初めの大地、だと解すれば…何度か転生を重ねて戦乙女様のような存在を作るためか…その配下として戦う英霊を育てる為…で、戦乙女様から時折感じる焦りのような感情の断片から判断するとそれはいつか来る戦いに備えて、ではなく目前に迫っている危機か、既に始まっている戦いに向けての補充兵として…だったりして」
「…真琴殿、ご自身一人で考えられた事ですか?誰かから教えられたりしたのではなく?」
急に戦乙女様の声色が休憩モードから鍛錬時の真面目モードに切り替わった。
「…もしかして、知ってはいけない事でしたか?」
「あなた方に教える事が禁じられている情報です。さらに、もしその事実に気づいた者がいれば即座に連絡するように、とハスタ様から命じられています。そして、ハスタ様に連絡を入れた所、執務室に連れてくるように、と命を受けました。ご同行願えますね?」
「…はい」
そうして連れられて転移した質素な執務室にはハスタ様だけではなくメシス様も待ち構えていた。
「秋月真琴殿、その戦乙女から事情は聴いた…が、貴女自身の口から貴女がその結論に至った経緯を話して頂けるかな?」
そう、ハスタ殿が口を開いた。
「ハイ…」
私は恐怖まじりの感情を隠しきれていない自覚を持ちながら戦乙女殿に雑談で話した内容を短くまとめ、私が、私達が何らかの脅威に対処する為の戦力、それも補充兵として集められたのではないかと考えた理由を説明した。
「成程…悪くない推論です、聡い子は好きですよ」
「確かに、私もヒントのつもりで言葉を選びましたが、本当にその一言を活用し、真実にたどり着くとは…で、君はどうしたい?秋月 真琴 殿」
「どう…とは。私にはどう言った選択肢が与えられるのでしょうか」
ハスタ様の言葉に私はそう問い返していた。
「む、すまん。まずはその説明だな…君が気付いた事は本来、千年の旅路の途中で気づいてもらう事なのだ。気づけるか否かは選別の一環でもあるのだが…まあ、現時点で君に私達から与える選択肢は3つ、一つ目の選択肢は気づいた事実を封印され、忘れる。二つ目の選択肢は口外しないという誓約を結び、今は何も聞かずに解放される。三つ目の選択肢は、事情の説明を受け、口外しないという誓約を結ぶ、だ」
「…すいません、選別とか千年の旅路とかの説明は受けられるのでしょうか」
おずおずと私はそう問うていた。
「それは三つ目の選択肢を選んだ場合に説明する」
「…では、事情の説明をお願いできますでしょうか」
「うむ、了解した」
そして、聞いた内容をざっくりまとめると以下のような感じである。
・神々の感覚をもってしても永遠にも等しい間、他の理に基づく神々との戦争が続いている。
・その戦争において、私の出身世界を含むこの近辺の世界群は策源地というか、生産地というか、比較的後方の、補給物資(良質な魂、戦力となる英霊・神候補、エネルギー源としての信仰などを含む)を産出する地域だったらしい。
・で、敵の浸透作戦というか空挺作戦というかミサイル攻撃というか、たとえが難しいが、とにかくハラスメント攻撃を受けている。
・この類の攻撃自体は珍しいものではないが、機動打撃部隊に相当する部隊が掃討に回ってくるまで、地域貼り付けの守備隊で一定期間持久する必要がある。
・その持久戦の為に投入される戦力の補助として、本来前線に送られる為に育成途中の魂を転用するという緊急手段を用いなければならなくなり、多くの世界で速成栽培のような事をしている。
・私達の出身世界で異世界転生系の文学作品のブームが再来していたり、ダイブ式VRMMOが一般化したりしているのはその一環だったりする。
・メシス様曰く、非常にもったいないがケチって防衛線を食い破られて大暴れ、青田刈りや火付けのような事をされては意味がないので近隣世界の三割位でそう言った措置が実施されている。これは通常の持続性重視の品質優先の栽培方針を、一部の土地で多少土地が痛んでも良いので収穫量重視の栽培をしているようなもの。
そして、その話の終わりにメシス様はこう付け加えた。
「大体数十万年に一度はどこかの戦線でやられるようなハラスメント攻撃…定期便の類とはいえ対応を間違うと結構な被害が出るから結構な非常事態ね、普段であれば規格外で輪廻に戻すような貴女も掬い上げているくらいですし」
「規格外…なんですか?私」
「ええ、魂の成長・熟成具合は通常基準でも一般品としては問題ないのだけれども…貴女、レズビアンで、しかも魂だけになった今でも明確に自身を女性と思っているでしょう?」
「そうですが…?」
「そう言う子は基本的に規格外、精神由来の特筆すべき才能があるなら収穫するかもしれないけどね」
「えっと…何か問題が?」
「致命的ではないけれども、できれば性自認が緩くて性指向もあまりこだわりが無い方が好ましいわね」
「それは何故でしょう?」
私は不思議に思い、そう問うた。
「だって、世界と任務によっては子作り前提だったり、先天性転換前提だったりする事もあるし?
生まれた性別で生きる事を苦しみなく受け入れられて、相手の属性に拘りなく子作りできる方が良いのよ、使い勝手的な意味で。
貴女だって自分の世界の簡単な歴史くらい知っているでしょう?」
「…?ああ、まあ性別が変えられなかった時代、子作りに今よりも制約が多かった時代があった事は知っています」
「…言われるまで忘れていたわね…いい時代の出身ね。でも、剣と魔法の世界って殆どの場合、そーいう時代なのよ」
「あーそうなると、私、結構社会不適合者だったりします?転生先の世界では」
ナーロッパでは知らんが、中世ヨーロッパでは同性愛は罪だったと習った気がする。
「今回は大丈夫。同性愛が罪だったりはしないから」
「そうなんですか?割と中世的なイメージなので身構えましたが」
「同性愛者の神がいるのよ、割とメジャーな神に何柱かね。両性愛者の神はむしろ多数派…だから罪ではない。でも世継ぎを作る必要がある身分だと後継者争いでは不利ではあるかな」
「…不利、で済むんですか?それ」
「一応、いくつか手はあるからね。具体的な方法は教えてあげないけれども…実子を望むならばどの手段も困難よ」
「成程…わかりました。所で、純粋な好奇心で聞きますが、メシス様やハスタ様、戦乙女様の階級というか地位はどういう物なんでしょう」
「貴女の感覚で説明するのは難しい…と言うか正確ではないけれども、私は軍の工廠一つを預かる責任者の将官、ハスタはその警備隊の指揮官たる佐官、転生先の神々や戦乙女たちは警備員兼工員の尉官や下士官、と言った所かしらね?あなた達はその工廠で兵に加工される原材料って所よ…貴女がよく励み、いずれは神の一柱として取り立てられることを期待します」
と、なんか話が終わりに向かっているが…
「あの、千年の旅路についての説明を受けていないのですが、メシス様」
「あ、そうだったわね。千年の旅路は転生者の適性試験のようなもので、大体千年位の期間をかけていろいろな世界に転生させてどう生きたかを元に選別する工程の事よ。転生の合間の面談で少しずつヒントを与えて、さっき貴女が気付いた事実に気づければ評価点に加点、という措置もあるわよ、具体的な評価法は貴方達転生者には秘密だけれども」
「なるほど、了解しました。でも、悠長ですね、原材料の選別に千年もかけるなんて」
「そうでもないわよ、本来、戦線に出す前に千年の旅路とは別に兵卒クラスでも5千年、下士官クラスの下級神だと数万年は訓練期間を取るのだけれども、あなた達は千年の旅路を含めて二千年くらいで一度は実戦に投入される予定になっているから…急場をしのぐまで生き延びた子達は再投入する前に再教育くらいはするつもりだけれども」
「…神様たちの戦争、悠長過ぎません?」
「私達の戦争って八割方は世界の支配権の塗り替え合いだもの。ある程度それが済まないと次の世界に侵食できないから世界の塗り替え合いで総戦力の劣勢側が遅延戦術を取りながら応援を呼び寄せる、みたいな感じね。貴方達はその世界の塗り替えによる侵攻を防ぐための戦士って所ね。ま、人間と私たちクラスの神々の時間感覚はそれほどまでに違うって事よ」
「…よくわかりませんが、皆様方の感覚では私達の教練に『たったの2000年しか』かけられない状況、というのが割と緊急事態だと言うのはわかりました。メシス様、ハスタ様、本日は私の為にお時間を取って頂き、ありがとうございました」
この後、この場で知った事を他の転生者や現地人に話さないという誓約を行い、私は解放された。
メシス様やハスタ様との特別面談からさらに一年半…私は予定より4か月も早く最初の目標である、戦士の才能、神聖魔法の才能、マルチタスクの才能の三つの才能の大と騎兵の才能・中を習得した。
「さて、残り半年、才能・大を達成した技能を天才まで伸ばすには短く、騎兵の才能を大まで伸ばすのはかなりの賭けになる。となると新しく新技能の中を目指すのがよいかとおもが、どうしたい?秋月 真琴 殿」
目標達成を戦乙女様から宣告された直後の面談で、私はハスタ様にそう問われていた。
「そうですね…正面戦闘に偏りすぎている気がしますので少し補助技能を覚えたいと思います…騎士団か冒険者として行動するのであればまず斥候の心得を身に着けたいと思いますがいかが思われますか?」
「悪くはないと思う。専業にするに重装戦士と相性が悪いが騎士団という軍事組織に斥候は不可欠だし、冒険者として活動するなら合って損はない技能だからね…残り2か月はどうする?」
「はい、錬体師の技能を取ってみたいとは考えていますが、まずは斥候技能を形にしてから考えようかと」
と、言う事で斥候技能の才能の習得を目指したのだが、相性が良かった為、三カ月で習得してしまい、錬体師も頑張って三カ月で中まで習得できた為、最終的な私の転生時の才能は以下のようになった。
戦士の才能・大
神聖魔法使いの才能・大
マルチタスクの才能・大
騎兵の才能・中
斥候の才能・中
錬体師の才能・中
事務員の才能・小
「皆さん、この三年間よく頑張って鍛錬に励みましたね。
こっそりと皆さんの鍛錬の様子を伺っていましたが皆、真面目によくやっていたように感じます。
皆様のプライムアースでの人生が実り多くありますよう、祈っております。
以上、短いですが、私からの挨拶とさせていただきます」
「メシス様のおっしゃる通り、皆、よく頑張った。プライムアースに生まれた後も鍛錬を怠らず、励んでくれることを期待する。
また、何か質問があれば受け付ける。この後、諸君らにはプライムアースに転生してもらう事になる為、転生前最後の質問の場となるが、何か質問がある者はいるか?」
そう、ハスタ様が言ってみなを見回すが、誰も手を上げない…浮かんだ疑問は月一のホームルームの度に質問・解消されており、転生先の環境が運次第である事等も皆に共有されていた。
「よろしい、皆、準備万端であるな。では諸君らの旅路が良きものである事を私もここから祈っている…メシス様」
「では、皆さんを転生させます…行ってらっしゃい」
メシス様のその言葉を最後に、私の意識は断絶した。