17 英雄の力
さて、戦いが始まったと言っても、本格的には始まっていない。本来であれば、軽騎兵であるケンタウロスに団長の隊は捕捉されている筈であるのだが、まあ、曲芸、としか言いようのない馬上からの進行方向後方に向けての神聖魔法行使とかいう行為によって何度かケンタウロス隊の足が止まっていた為、ケンタウロス隊は団長の隊を捕捉できないでいた。
そうこうしている内に、神殿騎士団の騎士たちの内、1隊がこちらに合流してくる。
「よし、従士ども、団長殿の意図は伝わっているようだな。団長が挑発して本隊から引き離した魔物の騎兵たちを可能な限りここで漸減する。俺達は団長殿の支援に入るが、お前らは団長がセイント・エクスプロージョンを使ったら戦闘加入しろ。突入ポイントは任せるが無理はするな、いいな?」
「「「「「はい!」」」」」
「いい返事だ。期待しているぞ!」
と、言う事で戦闘加入のタイミングを計りながら待機していると、神殿騎士団の騎士隊2隊がそれぞれ別のケンタウロス隊に側面攻撃を仕掛けた。そのタイミングで団長の隊は弧を描くように旋回・反転し、上位種のトロールを先頭とする敵騎兵たちと正対する。その数舜後、速度の関係でトロールより後ろに固まっていた指揮官クラスのトロール族やオーガ族の騎兵がまとめて吹き飛んだ。セイント・エクスプロージョンである。
「よし、今だ!ライタウン神殿騎士団従士隊、突撃する!我に続け!我が主、戦神グラディアよ、我らに理外の者どもから守る加護を与えたまえ!セイント・シールド!」
私はそう叫び、爆発を逃れた後続のゴブリン騎兵たちの側面を突くように突撃していく…辺境伯騎士団の騎士たちも同様に突撃を開始したのが見えた。
で、だ。まあ、指揮官を欠いた混乱状態のゴブリン騎兵への側面攻撃なんぞ、今回従軍を許された従士たちの練度があれば失敗する余地などないのであるが、とんでもないモノを見た。てっきり、騎乗した最上位種トロールとかいう化け物は騎士隊全員で囲んで叩くものだと思っていたが、ケンタウロス隊を片付けた騎士隊の面々は分かれて残敵掃討に入ったのである。正気か!?と思って離脱から再突撃の合間に団長たちの戦いを見ると、明らかに劣勢であった…トロール側が。しかも、トロールと戦っているのは団長と父らしき騎士で、他の3騎はその戦いが邪魔されない様に周囲の掃討をしている様子であった…コレが英雄たる私の両親の力か…などと考えながら、私は従士隊を率いて残敵掃討を続けていた…ふと敵の本隊を見ると慌ただしく動き回り…残存の騎兵たちが出撃準備を整えると共に徒歩のオーガやトロールの部隊が複数、駆け足で向かってきている。
「!警報!敵本隊より増援!」
そろそろ引き時か…などと考えていると騎士隊の1つが残敵掃討をしつつ、近くまでやってきていた。
「目の前の敵だけでなく、周囲の状況にも気を配れるとは上等だな、シンシア」
そう、隊長格の騎士が私を褒める。
「ありがとうございます…って、のんびりしていると徒歩とは言えオーガやトロールの部隊が到着します!急いで敵、指揮官のトロールを始末して撤退しませんと…」
「ああ、あれはアレでいいんだよ…全軍で来られるときついが即応可能な連中だけ五月雨式に来てくれるのであれば削れるだけ削ろうという団長殿の判断だからな…あのトロールは敵の増援を引っ張り出す囮だ」
「えっ…本気です?」
「ああ、本気だとも。あの方の娘とは言え団長の欲張りっぷりは理解しきれていないようだな」
「えぇ…あの人、そこまで強欲でしたっけ…」
若干引きながら私はそう言う。なお、そんな会話をしながらもゴブリン達は順調に狩られている。
「まあ、戦いとなると頭のねじが吹っ飛んだような考え方するお人だが、それができるだけの裏付けはあるからな…まあ、俺達はあの人たちが暴れやすい様に雑魚共を一掃するだけさ」
そうこう言っていると、大方ゴブリン騎兵たちは逃げ散るか死ぬかして、概ね静かになった。そして戦場に響く剣戟は団長と父とトロールの戦いだけになっていた。
「よーし、隊列を整え、増援に備えるぞ」
等とやっていると敵陣から竜のような咆哮が響いた。その途端、駆け足でこちらに向かっていた連中はみな足を止め、ためらいながらも引き返していった…何事だ?
「チッ…動きから察するに敵にこちらの意図がバレたようだな…あのトロールは見捨てられた。もう囮にゃならん」
成程、今の咆哮は敵の大将格の命令か。それから数十秒後、騎兵指揮官だったトロールの首が飛んだ。
「時間は稼いだ。敵騎兵も大分削れた。潮時であると判断する」
団長はそう宣言し、撤退を開始した。敵本隊と十分距離を取った辺りで辺境伯騎士団と別れ、我々ライタウン神殿騎士団は北方の峠の砦に移動、その日の活動は終了と言う事になった。