15 開戦
ダンジョンから踏み出した魔物軍Aは西方にその歩を進め、監視砦の近くに先鋒が到達する。さっそく進出してきた斥候らしきゴブリン達を隠れて見逃した後、持ち手がついた丸太を複数で持ったゴブリン達が進み出てきた…門を破る為の破城槌らしい。
そのゴブリン達が門の間近に近づいてきた所を櫓から守備隊の弓兵の射撃が襲う。数匹のゴブリンがバタリと倒れ、他のゴブリンは丸太を放置して逃げ散っていった。と、同時に合図の狼煙が上がった。
その様子に魔物軍A先鋒集団の様子が騒がしくなり、ゴブリンの弓隊が進み出てくる。こちらの長弓兵の射程に入り次第、守備隊は射撃を始めるがゴブリンの弓はその体躯に合わせたサイズのもので一方的に射撃できる。とはいえ、ゴブリン達を殲滅できるほどの弾幕を張れるわけではなく、ゴブリン達もさほど密集しているわけではないのでゴブリンの弓兵も次第に砦に近付き、応射を開始する…その頃には中継の狼煙台から魔物軍Aがダンジョンを踏み出した合図の狼煙が上がった事が確認できる。
そんな状態で、我々神殿騎士団は砦の西側の門から出撃し、ぐるりと回りこんでゴブリンの弓隊を側面から襲撃した。注意が城壁上に向いたゴブリン弓兵の横隊を蹂躙、出撃してきたゴブリンの騎兵隊…オオカミやイノシシの様な魔物に騎乗している…が対応に出てきたのを一度後退して砦の西側に引き付け…歩兵隊から引き離して…さらに蹂躪した。まあ、軍勢種とは言え、先鋒集団は所詮、ゴブリンの群れであり、装備は通常種よりは良いが素のスペックは大したことが無く、我々神殿騎士団の敵ではない。とはいえ、軍勢としてまとまられるといくら精兵とは言え数十騎程度では数に絡み取られるし、長引くと本体から質的主力のオーガやトロールなどの他種族の兵がやって来て寡兵の我々だけだと厄介な事になる。よって、そんな所で守備隊が監視砦から撤退を始めていった。
それを見届けた私達騎士団は砦の南側で待機し、魔物たちの軍勢を暫く牽制していたが、ゴブリンの長槍部隊が前面に、その背後にゴブリンの弓隊と騎兵隊…先ほど蹂躪したのとは別の部隊…が続く形で向かってきた。さらに後ろにはオーガの部隊が進んできている…それと同時に、再び破城槌部隊が今度は複数、進み出てきて砦に向かう。
「フム…勝てなくはないけれども…今は無理をする時ではないわね…後退するわよ」
母がそう述べ、私達は魔物軍Aとの接触を保ちながらゆっくりと南方に後退していった。私達の迎撃に出ていた魔物たちもそれに満足したのか、それとも深追いを避けたか、とにかく後退し、先鋒集団の本隊に合流した。
監視砦を破壊した魔物軍Aの監視を続けているとその進路は西方、明らかにライタウンに向かっていることが分かった。正午過ぎ、母は随伴していた辺境伯配下の伝令騎兵を南方の村に出し、また騎士2騎と従士2騎を念のための監視に残し、騎士団主力はライタウン東方に展開中である筈の辺境軍に合流すべく移動を開始した。
その日の夕刻近く、横隊に展開して道を塞ぐ辺境軍と魔物軍Aの先鋒集団が接触した。その頃には監視の任を辺境伯配下の斥候に託して監視について居た騎士と従士は神殿騎士団に帰還していた。
ライタウンに最低限の兵を残して出撃した辺境軍の兵力は概数で長槍兵350、弓兵80、重装騎兵80(私達ライタウン神殿の神殿騎士団を含む)、魔導師が各系統合わせて十数名程度と言った所である。対する魔物軍Aの先鋒集団の兵力は概算で1,000、斥候情報に依れば大半がゴブリン族で槍兵700、弓兵150、騎兵150と言ったくらい。さらに、オーガ族が二、三十体と指揮官らしいトロール族が数体混じっている。これだけで防備の整っていない後方の町(小規模な城塞都市)ならば奇襲を受ければ滅ぶ可能性さえある規模の脅威だがグラスラント東部辺境領は軍備に力を入れておりこれは問題なく処理できる。とはいえ、後続の本隊は想定で総兵力4,000、数的主力こそゴブリン族であるが質的主力はより強力な種族である事は間違いないし、場合によっては総指揮官とその護衛として竜人族さえ複数体混じっていてもおかしくないし、さらには魔術を用いる個体が相応に混じっている可能性も高い。加えて言うなら、魔物軍Aは出現位置の都合、優先して対処しているが脅威度で言えば魔境からフォート・アントンに襲来すると思われる魔物軍Bの方である。よって、可能であれば先鋒集団を迅速に始末し、魔物軍Aを漸減する事で少しでも多くの兵力をフォート・アントンの援軍に向けるべきである。おそらくはそう言った決心から、辺境伯は辺境軍を横隊のまま前進させた。魔物軍Aの先鋒集団もそれに応じるように横隊に展開して前進を初めた。
辺境軍はファランクスの様な密集陣形(縦深は6列程度だが)を組んだ長槍兵の両側に横に広いV字状に弓兵を展開し、さらにその外側に騎兵が配置されている。魔導師達は辺境伯直下の予備兵力として騎兵約10騎と共に中央後方に集中配置されている。対する魔物軍A先鋒集団の配置はゴブリン槍兵が中央で密集陣形を組み、その両翼に騎兵がいる所までは確認できる。おそらく弓兵は密集陣形後方に配置されているだろう。そして後方中央にオーガ部隊とトロール達の巨躯が見える。
双方密集陣形のゆっくりとした動きに合わせて前進し、両軍は接近していたが、敵陣を弓兵の射程に捉えた辺りでこちらは前進を止め弓の射撃が開始される。ゴブリンと人間の体躯の違いからくる弓の大きさと配置の違い、それらからくる射程の違いから少しの間、一方的にこちらの矢が一方的に魔物たちの陣の中央を襲う…まあ、斜めに構えられた槍に阻まれて過半は無効化されたがそれでも多少は効果が見られ、明らかに敵陣中央の前進が遅れて陣形が乱れる。これは後で聞いた話だが、比較的精強な常備兵は右翼に集中配置されていたらしく、質的には斜形陣的な状態になっていたらしい。それゆえに弓兵の集中射撃は中央の接敵を遅らせる目的があったそうだ。なお、左翼は我々神殿騎士団の援護があるし大丈夫だろう、という事になっていたらしい。
で、暫くするとこちらの弓兵が魔物軍側の弓矢が射程に入ったらしく、応射が始まった。そこで弓兵は密集陣形の間にあけられた通路から後方に下がり、一度再編制に入った。それと同時に通路は閉じられ、こちらの槍兵も前進を再開するが、前述の理由からバレない程度に右翼のブロックが少し前に出る。そうしていると双方の騎兵が交戦体勢に入る。
「そろそろ私達の出番です。大規模戦はこれが初陣な者もいる筈ですが、まあコレは前哨戦ですから、気負わずに行きましょう…」
何時もの笑みで母が言った後、母の、団長の雰囲気ががらりと変わる
「さあ、諸君!魔物共を教育してやるぞ!…各隊、加護付与!突撃準備!」
団長の命令と共に騎士団各所から神々に守りの加護を乞う祈りと、武具への祝福を乞う祈りがささげられ、位置を微調整して私と父の属する団長の隊を前方に、その少し後方両側を残り2隊が支える形で隊形を組む。
「敵右翼騎兵を蹴散らし、弓兵を蹂躙、斬首戦術を実行する!参戦を許された団員でこの程度の敵に遅れをとるものがいるとは思わんが、油断はするなよ…突撃開始!」
と、いう訳で私達は敵に向かって突撃を開始した。