11 ハリー君の成長
「いやーハリー君、中々強くなりましたね」
私は汗を拭いながらハリー君にそう言う。それは遠征から帰って少し経ったある日の事、私はハリー君を相手に教練師の仕事をしていた。なお、遠征から帰って来てハリー君の相手をするのはこれが初めてである。
「どの…口が!クソっ、なんかつかめた気がしたから今日こそはって思っていたのに…ダンジョンから帰ってきたらなんか強くなってやがるし」
ハリー君が大の字に倒れながらそんな事を言う。
「そうですね、騎士様達に守られながら、ではありますが色々と経験を詰めましたし、そのおかげでしょうね…ああ、特にオーガ相手の一対一戦闘とかいい経験になりましたよ」
「オーガ!?シンシア、よく無事だったな」
そう言いながら、ハリー君はがばっと起き上がった。
「ええ、まあ私達従士の役目は時間稼ぎでしたし。勝てたのは騎士様達が支援に入って下さったおかげですね」
「それでもオーガ相手に一対一かぁ…俺だって結構努力している筈なのに全然近づけている気がしないぜ」
「そりゃまあ、私だって努力していますし、正直言って単純な武術を鍛えるにはハリー君よりいい環境で修業していますし、何より私、戦士の大いなる才能持ちですからね。従士仲間もよく言っていますよ?シンシアは神童だから敵わなくても、追い抜かれても、仕方が無い、って」
私の言葉にハリー君はむすっとした表情をした。
「何だよ、それ…シンシアは悔しくないのかよ、そんな事言われて」
「?なにがですか?」
「シンシアが強いのは才能だけのおかげじゃないだろ!?シンシアは人一倍努力しているから、そこまで強くなれたんだろ!」
「まあ、それも事実ではありますが…他の従士たちもしているんですよね、努力。人によってはそれこそ私よりも。ですが、私はそんな人たちに追いつき、追い抜いてしまうんです。それこそ、残酷なまでの才能の差で…ハリー君だって似た経験あるでしょう?農村育ちで戦闘技能の『才能持ち』なんですから」
…才能を持った子は似た技能を持った親の元に産まれやすい傾向がある。言い換えれば、農村の子に中程度以上の戦闘技能の『才能持ち』が産まれるのはとても珍しい…村付きの司祭様の子や元冒険者、元軍人等の子、という場合を除けば。
「…なくはない…自警団の訓練でも村を出る頃には元職業軍人のおっちゃんとか別にすれば大人に混じっても大体は勝てたし」
「まあ、でしょうね。戦士技能レベル3って見習いでも一応は戦士ですからね」
「でも、俺はちゃんと努力していた!農作業のノルマをこなしながら殆ど遊ばずに独学で訓練していた!それなのに村の連中は才能のおかげだ、だなんて…」
「まあ、正直、どっちもどっちなんですよねぇ…その辺りは…自分のは覚えてないでしょうが、才能調べの際、最後に御使い様が仰る言葉、覚えています?」
ハリー君は無言で首を横に振った。
「『ギフトは魂の過去の旅路を表し、この者の助けになる者ではあれど、道を定める物ではない事、努力無くして花開く事のない事、努々忘れる事無かれ』ですね。まあ今大事なのは『努力無くして花開く事のない事、努々忘れる事無かれ』の部分ですね…ぶっちゃけて言うなら、ギフトという種が無ければ、どこかから種を持ってこない限り、どれだけ努力という肥料と水を与えても何も生えてこないんですよね…つまり、独学で努力してまともに報われるというだけで才能の恩恵受けているんですよ」
「…え?」
「ハリー君も将来、才能のない技能に手を出せばわかると思いますが…わずかでも才能がある技能の倍近く苦労するらしいですよ?技能レベル1になるまでも、そこからの成長も…ああ、ちゃんと師匠をつけて訓練して、だそうです」
「そう…なのか?」
「そうらしいですよ?私も耳学問なのでそうらしい、としか知りませんが」
「…そっか…でも、なんか…悔しいんだよなぁ…努力しても才能のおかげだって言われるのは」
「ま、悔しければ…そう言う声を黙らせたいのであれば、才能だけでも、努力だけでも到達できない領域まで達するしかないですね」
「…って言うと、レベル10?」
「まあ、ひとまずは、と言った所ですね。それより先はハリー君の才能だと死線を超える様な経験をして初めて到達できるレベルですからね」
「…俺が必死になってレベル10になった時にはシンシアはその先まで行ってそうだけれどもな」
「んーそこはハリー君のスタイル次第ですね。私、最低でも戦士と神官の研鑽をしながら、騎兵と同時処理と斥候と錬体師の研鑽もする必要がありますから」
「…ぜってー先にレベル10になってやる。」
「フフ、その意気ですよ。さ、お喋りはこれくらいにして、訓練再開ですよ」
「おう!次こそ一撃くらい入れてやる!」
と、気合を入れての槍の訓練…鎧で受け流す場面はあったが、直撃はなかった…の後、エマさんからハリー君に訓練をつけるように頼まれている剣、ナイフ、基礎格闘術(ナイフと基礎格闘は、武器を失った場合に備えての事なのでごく軽く)の訓練を一通りやった。
「ところで、ハリー君、さっき何か掴んだような気がした、って言っていましたが、その後技能調べの儀式、受けました?」
「いや?受けてないけれど…なにか?」
大の字に寝ころんでいたハリー君が起き上がり、私の質問に答えた。
「…いえ、あくまでも勘なのですが、ハリー君の戦士レベル4になっているんじゃないかなぁ…と。槍以外の技能もまんべんなく、かつ明らかに上達していますし」
「本当か!?」
「あくまでも勘で、多分、ですが」
「いや、そろそろ上がってもおかしくはない頃だったし、きっとそうだ!」
そう、ハリー君は嬉しそうに言った。
「フム…ならば確かめてみます?お手軽にやるならばあくまでも非公式に、という事になりますが」
「え…?」
「私も使えますからね、技能確認の神聖魔法」
「あ、そういや、シンシアは侍祭殿だっけ」
「ええ。とは言っても規則上、タダでとはいきませんが…出張料なし、証明書代なしですし…小銀貨一枚ですね」
「げ、有料化かよ」
「規則ですので。パーティー組んでいるとかだと近くに神殿が無い場合とかはタダでやって良い場合もあるんですが…今回はこれより安くできませんね」
「ケチ―」
そんなやり取りをやっているとエマさんがやってきた。
「やぁ、待たせたかな?」
ハリー君もエマさんに気づいて立ち上がる。
「いえ、ついさっき終わった所です。それで、ハリー君の戦士技能レベルが4になっているかも、って話をしていたんですよ」
「ほう、事実ならめでたいが…根拠はあるのか?ハリー」
「えっと…シンシアが、俺が武器に関わらず、全体的に強くなっているから、もしかして…って」
「なるほど、確かにレベルが上がった時によくある特徴だ。で、シンシアに技能調べを頼もうとして値切っていたのか?」
と、エマさんがハリー君をぎろりとにらむ。これは口をはさむべきか。
「いえ、私から提案しました…エマさんは理由をご存知かと思いますが、無料ではできませんが…と言う話をしている所にエマさんがいらっしゃいました」
「そうか…で、シンシアはいくらを提案したんだい?」
「まあ、私もハリー君のレベルが上がっているか興味がありましたので、小銀貨1枚でどうか、と」
「そんなに安くして大丈夫なのかい?神殿で頼むと小銀貨3枚はするよ?」
「ええ、まあ…証明書も出せませんので…その証拠に在野の神官の非公式なやつだともっと安いですよね?」
「それでも、小銀貨2枚から小銀貨1枚と青銅貨6枚くらいが相場だよ」
「それは神官の取り分があるからですね。規則上は、才能調べの儀式を行使した場合の神殿への寄進義務は小銀貨1枚です。今回は友人のよしみというか、教練師としてのお得意様相手への特別サービスと言いますか…いずれにせよ今回限りの特別価格、って感じですね」
ちなみに、規則では『儀式を受けた者又はその庇護者は儀式を行った神官を通して所定の金額を寄進しなければならない。儀式を行った神官はその寄進額を上限に己の取り分を請求してもよい』とあり、才能調べの神聖魔法は最安値の小銀貨1枚である。
「…なるほど…ならば、どうするかはハリーにゆだねようか。どうせ口約束だし、シンシアに見てもらった結果で戦闘に参加させるかどうかも変えよう。どうする?ハリー。ああ、見てもらうなら代金は自分の小遣いから出すんだよ」
「それなら…俺は見てもらいたい…です。後、規則ギリギリの安値を提示してくれたのにケチとか言ってごめんなさい」
そう言ってハリー君は私に頭を下げた。
「別に構いませんよ、私だって冒険者ギルドの規則には詳しくないですし、次から気を付けて頂ければ」
「よし、じゃあ決まりだ、頼むよ、シンシア」
そうして、私はエマさんから教練4時間分の代金小銀貨5枚(戦士レベルが6になったので相場通りの1時間小銀貨1枚と青銅貨3枚に値上げした)とハリー君の代金の建て替え分、小銀貨1枚を受け取り、服の下からペンダント状にして携帯している聖印を取り出した。まあ、服の下に入れたままでも問題はないのであるが、気分である。
「それでは、始めましょうか。結果を聞くのはエマさんとハリー君と私だけでいいですね?それとも訓練場内外に盛大にしらしめます?」
「…恥ずかしいから盛大にやるのは止めてくれ」
「では、三人だけで聞きましょうか…では…我が主、戦神グラディアの御使いよ、どうか主神メシスに代わってハリーの技能の段位を我らに囁きたまえ!」
私がそう唱えると、神聖な感じの何者かの気配が現れ、私達に囁いた。
『告げる。この者、ハリーが持つ技能は3つである。
1つ、戦士としての技能、階位4。
1つ、農民としての技能、階位3。
1つ、斥候としての技能、階位2。
以上である。技能を磨く為の日々の努力を怠る事無かれ』
そうして神聖な気配は消えていった。
「よっしゃぁ!技能レベル上がっていたぁぁぁ」
ハリー君が大喜びではしゃぐのを尻目に、私はエマさんに質問をした。
「ところで、ハリー君を戦闘に参加させるとかおっしゃっていた気がするのですが」
「ああ、その事かい?ハリーの奴が見習いとして入ってすぐの時、戦闘に参加したがるから言ったのさ、レベル4になったら考えてやる、ってね。まあシンシアに鍛えられていたからレベルが上がる前でもゴブリンくらいなら相手しても怪我しなかっただろうけどね」
「ああ、そう言う意味ではハリー君、初陣まだでしたか。つい先日初陣を果たした身で言うのもなんですが、気を付けてくださいね、ハリー君。私も初めて人型の魔物を剣で殺した時は少し怯みましたから」
「…おう、気を付ける」
「さ、積もる話はあとにして、何か食べに行こうか」
その数日後、エマさんのパーティー、漆黒の番犬は森での魔力溜まり捜索依頼の途中に、はぐれゴブリン一匹に遭遇。ちょうどいい機会だからとそのゴブリンはハリー君の初陣相手となったそうである。その戦闘の詳細については…まあハリー君の名誉の為に伏せておこう。