幸せドンとスマイル
四角い白の箱の中。
閉じ込められていた、二人。
僕のほうがキミよりも数百年早く目覚めた。
この世界には最初から何も無く、何も残されておらず、何も始まらない。
あるものは膨大な遊び道具と、それらを遊び切るほどの時間が過ぎ去っても尚、余りある食料と水。
今の世界には僕しかいない。
僕はキミの目覚めを待っている。
海。
星の海。
漂い、進む。
その先にむかっている。
初めて目覚めたとき、そばにいた先輩は、そう、僕に教えてくれた。
僕ら、は本当に長い時間を、そうやって連なって生きてきたのだと。
先輩の先輩が教えてくれたように、先輩は僕に教えてくれた。
「―――けれどもう、お前らで最後みたいだから、もしかしたら私達はその場所には辿り着けないのかもしれないな」
見れば、白い箱は僕と彼女のものしか残っていなくて。
先輩のものは、もうなくなってしまったのだと言った。
僕が目覚めたことで、先輩の箱は必要を無くしてしまったのだと。
いくら長くても、僕たちには寿命があって。
それが尽きれば、いなくなる。
だから先輩にはもう、帰る場所、は必要なかったのだ。
「もしも、私たちが生きてきた意味、を果たせるとしたら、それは私でもお前ではなく、今もまだ寝ている、そばのソイツなんだろうな」
そうして、何時だったか。
そんな風に、何処かさびしげに笑んだ先輩は。
最初から、そんな誰かはいなかったようにして。
いなくなっていった。
僕は、一人になった。
長い長い時間。
僕は一人だった。
だから、僕は本を読む。
箱の外に積まれていた、箱の外の外の話。
物語は慰めになった。
そこにはたくさんの、誰かがいた。
僕はその中に、自分の存在を投射して、遊んだ。
それでも世界は満ちていた。
僕はソレしか知らなかった。
キミが目覚めた日。
僕を見つけて、ここは何処、と聞いた。
僕は少しだけ考えて、意地悪く、何時か読んだ物語の内容のように、ひとつだけなら、どんな質問にだって答えてやる、と返す。
だから、その質問で本当にいいのか、と聞いた。
彼女は虚ろに僕を見て。
質問ではなく、ただ、僕の意見を聞くように。
―――わたしが、幸せになれる未来は、あると思うか、と聞いた。
その質問に僕は、あるんじゃないかな、と答える。
笑って、どうしょうもなく笑えて。
だって、そんなものは、もう。
きっと。
僕の嘘の中でしか。
ありはしないのだから。
僕は彼女に世界を見せる。
綺麗な世界を。
箱の外の世界を、何時か読んだ本で想像した通りに、創造する。
彼女は何も知らない。
僕が何も知らなかったように。
幸い、僕らには言葉があって、長い、長い、時間があった。
彼女の疑問とするだろうことには何にだって答えられた。
嘘を真実として、刷り込ませた。
彼女の望む、幸せな未来を創った。
そんなとき、僕は笑った。
笑えた。
僕が。
僕自身を笑っていた。
「あなたは、良く、笑うけれど」
ある日、キミは僕に問いかけた。
「しあわせか?」
答える。
「うん」
笑えた。
どうしょうもなく。
僕は、最初から幸せだった。
キミが目覚めることを信じて待っていた時間も、こうしてキミと、出会うことが出来た今も。
それだけで良かったんだ。
それしかいらなかったんだ。
だから、キミは何も知らなくていいんだよ。
僕が知ってしまったことも。
僕らがこれからどうなるのかも。
不幸な世界は、必要ない。
幸福なだけの世界が君を待っている。
キミは僕だけの王女様になってはくれませんか。
そうしたら、僕はキミのためだけに生きるよ。
「わたしたちはいつから、一緒にいた?」
「僕らはずっと一緒だったんだよ」
「………覚えてない。わたしは何も、覚えていない、よ」
「大丈夫、僕がキミを、覚えている」
「そう、か、だったらわたしは―――いったいどんなやつ、だった?」
「あぁ、キミはきっと、今と同じように、本当に笑顔の似合う、かわいい女の子だったんだよ」
「そうかな」
「そうだよ」
「………だったら、笑う。あなたが望むように、わたしは、笑うよ」
「あぁ、ありがとう―――キミは、本当に、笑顔が似合うね」
物語の終わり。
キミが箱を出て、しばらく。
僕はもうすぐ消えるから。
キミは僕を笑うだろうか。
嘘だけを吐き続けた滑稽なピエロと。
憎むだろうか。
自己満足ばかり肥やした偽善者と。
僕らにはもう、今更愛も恋も残ってないだろうから。
僕はただ、キミの笑顔が見たいだけ。
だから、そっと、キミに語りかける。
キミが少しでも長く、笑っていられるように
今はソレだけを願って。
大好きなキミへ。
嘘だけの物語。