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クリスマスに地獄の台所で、君にスペシャルを作る

クリスマスに地獄の台所で、君にスペシャルを作る



 クリスマスに私は地獄の台所に立つ。近所の店で買った、取り立てて特別なところはなにもない、いつもの値段の肉を料理するために。

 だけど、今夜は特別なんだ。だから、君のために特別な料理を作ろうと思う。いつもの地獄の台所で、いつものペティナイフを使って、いつものフライパンで焼きあげるのさ。

 愛していると言っても過言ではない。ずっとずっと相棒でいてくれる鉄の塊を炎で熱する。相棒がどれくらい熱くなっているか? なんて数字で示してはくれないけれど、相棒の表情をみていれば、今だという瞬間はよくわかる。

 油をちょっと注いで全体にまわして、近所で買った取り立てて特別なところはなにもない、いつもの値段の肉を熱くなった相棒にゆだねる。その瞬間に、地獄の大騒ぎが始まるんだ。地獄の台所で燃え盛る業火に焼かれた肉が悲鳴をあげて、その身から油をダラダラ流しだす。ジュージューバチバチ、熱い油も跳ねるし、時にはこの私に飛びかかってきたりもする。

 料理は火加減が大事だ。火が中まで通っていないのはもってのほか。だからと言って、消し炭になるまで焼いてはダメ。それでいて、こんがりと香ばしく皮目はいい感じに焦げていないとうまくない。この地獄台所の業火を操って、いつもの肉を特別な料理へと変える魔法のタネは、地獄の台所に燃え盛る業火をいかにうまく手懐けるかということなのさ。

 火を通しながら、軽く塩を肉にふる。塩をふらないとうまくないし、多過ぎたらやっぱりうまくない。零ではダメで、足りないのはうまくないし、多過ぎるのは最悪に不味い。さらに厚切りのニンニクを肉の上にそえておく。ほんの少しでも、肉に素敵な香りがうつるといいな。私はそんなことを願って、儀式のようにニンニクを焼いている肉の上に置くんだ。

 肉の悲鳴が落ち着いて、ゆっくり中に向かって火が通りはじめた頃には、流れ出した油が穏やかにぱちぱち言うようになっている。そこに肉の上にそえておいたニンニクを落として、じっくり火を通していく。ニンニクの暴力的なまでに美味しそうな香りが立つように、こんがりカリカリの状態を目指すのだけど、絶対に焦がしてはしまわないようにだ。

 ニンニクと肉の火の入り方をよく見ながら、たちのぼる香りをかぐ。料理がうまく仕上がるかどうかは、香りをよくかぐことが大切だ。

 いい匂いがするけれど、食べてみたらまずい料理なんて、ないだろう? 少なくとも私は知らない。料理をしながら香りをかぐのはとても大切なこと。香りは何も数字では示してくれないけれど、いま美味しくなっているんだ、うまくいっているよと私に教えてくれるのだから。

 肉にいい感じに火が通ったら、ニンニクに火を通して香りをうつした油をかけて、肉をひっくり返すんだ。もうじき、特別な料理に変わるんだよと、おまじないをするように、私は肉をひっくり返す。

 こんがりと焼けて、歯ざわり良くいい感じに焼き色がついた表面が現れる。

 ああ、いい感じだ。これは特別だよって君が感じる。そういう料理の姿。

 ニンニクに火が通り過ぎないように、ひっくり返した肉の上に避難させる。あとは焼き上がるのを待ちながら、最後の仕上げをする。

 オレガノ、タイム、ローズマリーを肉の上で休んでいるニンニクの上にふる。これだってそんなに特別なものじゃない。近所で数百円で買える、保存もばっちりのドライハーブってやつさ。ちゃんと保存すれば、来年の君の誕生日にだって、しっかり役目を果たしてくれるんだ。

 特別なのは、ドライハーブ達の配合比率。え? どんな特別な配合比率なんだって? それはね……

 なんと、この私にだってわからないんだ。いつだってその時の気分で私はハーブをふる、だからいつだってその日だけのスペシャルができあがるってわけ。

 完全に火が肉に通る前に、ハーブとニンニクを肉からぱちぱち言っている油の中に落として、その香りを全体に広げていく。

 ハーブは火を通すと香りが立つし、油に香りが溶け込んで、肉全体に香りをつけてくれるんだ。でも、やっぱり火を通し過ぎると香りが飛んでしまうし、焦げたらただの苦味になってしまう。もっとも、ちょっと焦がしたくらいがいい時もあるんだけれど。

 何もかもなくてはダメで、足りないと美味しくないし、でも多過ぎたらまずいんだよ。

 私と君の特別な関係は、様々な要素が入り組み絡み合い、そしてそれがちょうどいいからなんだって私は思う。

 まるでこの地獄の台所で作り上げる、特別な料理みたいにさ。

 様々な材料が集い。最高に美味しい状態になるように、ちょうどいい火加減でちょうどよく焼き上げる。しっかり火が通り、あらゆる味がいきいきとして、美味しそうな焼色がついていて、もちろん焦げ付いているわけじゃない。塩加減もちょうどよく、熱気と湯気と素敵な香りが立ちのぼり、口にふくめば……。

 な? 最高だろ?

 私と君だってそうだ。出会った時のこと、覚えているかい? あの瞬間から今まで、いろんなことがあったけれど、何もかもがふたりにとって結果的にちょうど良い、不思議なバランスを生み出してここまできたんじゃない? 喧嘩だってしたし、話をしなかった日だってあった。だけど、何もかもがいまのこの不思議とさえ言える奇跡のような特別をうみだすのにちょうどよかったんだって私は思う。

 ねえ、君はどう思う?

 私と君はロミオでもジュリエットでもないけれど、私と君は間違いなく特別だよな?

 そして、この特別をうみだしのたは、それは自体なんでもないことだったかもしれないけれど、何もかもが私と君を特別に調和させるちょうどいい出来事に、私と君がふたりでしてきたからだよって思うんだよ。

 地獄の台所に立って、特別な君との特別な時間のために、なんでもない材料から特別な料理を作っている私は、そんなことを考えている。

 さあ、美味しい美味しい、特別な君ための特別な料理ができあがったよ。最後にいい香りのする油を肉全体にからめて、なんでもない野菜達で作った、この特別な夜に似合う彩り豊かな付け合せを添えて、君の待つ食卓へと向かうよ。

 さあ今夜、なんでもないことから始まって、ふたりがたどりついた、特別な晩餐会をはじめよう。

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