部屋の主
まどろみの中、通路に響いた声をとらえて薄目を開ける。
いつものパンプス、いつもの足音。それより回数の少ない、つまり歩幅が大きく重い足音。
こういう日は出迎えをしない。ひとつ大きなあくびをして、気に入りの毛布に顔を擦りつける。
玄関が開く音、スイッチの音。わずかに遅れて灯る明かり。頃合いを計って身を起こし、毛布の上で悠長に伸びをする。
「あれぇ? あるじ、帰ってきたよー」
開け放された扉から姿をのぞかせる。連れの男が吹き出した。
「まじであるじって名前なんだ?」
「そーそー。この部屋の主だから」
呼び名には、無論なんの異存もない。
客人は無視して餌をせがむことにした。主の座は、もちろんまだ譲らない。
第92回Twitter300字SS、お題は「来る」でした。
10か月間参加させていただいた企画は、今回で最終とのこと。
300文字の壁に毎回うなりながら楽しく参加させていただきました。
今後も独自で続けられたらと思いつつ。