96.名前をつけるということ
「俺の顔が軍船にーーーー」
ロバートの悲鳴が港にとどろいた。
「試作品をつけてみました。やはり本販売の前に使用試験は必要ですから」
パッパがニコニコして言う。
「父さん、タコと一体になってるね」
ウィリアムがポツリとつぶやく。ロバートが頭を抱えた。軍船の船首には、タコの足にクルクルと巻きつかれたロバートの像。なかなか気持ち悪い出来である。
うなだれるロバートをミュリエルがグイグイ押して、軍船に乗り込んだ。パッパはアッテルマン帝国に残って、ロバート使用料の調整をするらしい。
見送るヒルダや森の娘たちに手を振って、次々と軍船に乗り込む。港にはウワサを聞きつけた漁師たちが集まっている。港はお祭り騒ぎだ。
漁師が祈り、歌い、踊り狂う中、軍船は粛々と出発する。帰りの航路は驚くほど船が揺れなかった。ロバートもミュリエルもケロリとしている。
「タコ母ちゃんのおかげかな?」
ミュリエルの言葉に、ロバートは穏やかな海面を見ながら頷く。
「そうだな、感謝の祈りを捧げておくか」
「私が祈ってもいい?」
フェリハが手を上げた。フェリハは跪くと大きな声で祈る。ほとんど叫んでいるぐらいの大声だ。
「父なる太陽、母なる大地、我ら大地の子。海の神、眷属のタコ母ちゃん、安全な航行に感謝いたします。どこかで生きているはずの、我が娘、ファリダにご加護を賜らんことを。会わせてください。お願いします、ファリダに会わせてください」
フェリハは嗚咽しながら甲板に身を投げ出した。皆、目を見開いてフェリハを凝視している。ミュリエルはオズオズと近づくと、フェリハを抱き起こし、背中をさする。
震えながら泣いていたフェリハは、しばらくするとすすり泣きになり、やがて静かになった。甲板にいた人たちは、そっと離れて船室に入る。
「娘さんがいたんだ」
ミュリエルの腕の中でフェリハが頷く。
「どこにいるか分からないの?」
「五年前に父に連れて行かれて、それっきり。誰も何も知らないの」
「娘さんのお父さんは?」
「娘と一緒に消えたの。彼が娘を連れて逃げたのか、それとも……」
「そっか……」
「彼は父の文官だったの。そこそこ腕は立つから、ふたりで生きのびててほしい」
「うん」
「アッテルマン帝国では祈れなかった。やっと声に出して祈れた」
ミュリエルはフェリハが落ち着くまでずっと抱きしめていた。
フェリハはたくさん泣いて気が済んだのか、翌日からいつも通りの陽気なフェリハに戻った。女の涙に弱い男性たちは、遠巻きに様子を見ている。
フェリハはおどおどしている男たちを全く気にもとめずに、船旅を楽しんでいる。毎日、海にフェリハの歌声が響く。
「女の人って難しいね」
ハリソンが言い、少年たちが深く頷いた。
***
無事港に着いた。ロバートはひらりと馬にまたがる。ヒルダが取り急ぎ二頭の馬を贈ってくれたのだ。春になったらロバートが望むだけ、ヒルダが馬をくれるらしい。
黄金の馬、アハルテケ。素晴らしい速さと、少ない水と食糧で砂漠を長期間走れる持久力を合わせ持つ。希少価値の高い走る美術品と名高い馬。
ロバートは嬉しくてたまらないらしく、航海中もずっと馬の世話を焼いていた。
「じゃあな、みんな。気をつけて帰るんだぞ」
ロバートはあっさり別れを告げると、疾風のように駆け去った。早くシャルロッテに会いたい、背中にそう書いてあった。
ミュリエルたちは、馬と犬でのんびりと帰る。フクロウが先に飛んで行き、領民に知らせてくれたようだ。領民たちが城壁の上で大騒ぎしながら待っている。
じい先生とジャックが静かにミュリエルとアルフレッドを見つめている。ミュリエルは大きな声で叫んだ。
「ただいま。みんな無事に帰って来たよ」
歓声が沸き、領民が駆け寄る。ミュリエルとラウルはもみくちゃにされた。
ミュリエルはヨロヨロと集団から抜け出ると、じっと後ろで待っていた犬の前で膝立ちになり、ギュッと犬を抱きしめた。
「ただいま。ありがとう。無事でよかった」
ミュリエルを命懸けで助けた犬は、小さくヒンと鳴く。
「動物には名前をつけないつもりだったけど、やっぱり名前をつけることにするね」
ハリソンとウィリアムが目を見開いて息を呑む。
「どうして名づけなかったのですか?」
ラウルが不思議そうに聞く。
「父さんがね、ダメって言ったの。名前つけて情が湧いたら、何かあったとき辛いから。父さんは昔大好きな馬を魔獣に殺されたんだって。立ち直るのに時間がかかったみたい。ジェイはクロって名づけてるけどね」
「そうだったのですね……。なんという名前にするのですか?」
「私は名前つけるの得意じゃないから、この子に好きな色を選んでもらうよ」
ミュリエルはカバンから色とりどりのリボンを取り出した。
「どれがいい?」
犬は嬉しそうに赤いリボンを選んだ。
「じゃあ、お前の名前はアカだ」
ミュリエルはアカの首の後ろの毛に、赤いリボンを結んだ。残りの犬にもリボンを選ばせる。どの犬も、リボンをつけて誇らしそうだ。
「フクロウ、おいで。あんたも選びなさい」
フクロウが飛んできて、迷うことなく白いリボンを選んだ。ミュリエルは、フクロウの足に、邪魔にならないようにリボンを結ぶ。
その日から、ミュリエルのそばには常にアカが寄り添うようになった。
感想欄に、パッパみたいな上司の下で働きたいという声が多かったので、上司に悩まされている人が多いのかなと思い、「イヤな上司をなんとかする方法」を書いてみました。
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6話ぐらいで完結予定です。本当は書き上げてから投稿するつもりが、予約投稿をしくじって、1話出してしまいました。もう半分くらい書き終わっているので、ちょいちょい投稿します。お読みいただけると嬉しいです。