95.ついに帰国します
ロバートは連日、姿絵を描かれている。真正面からの肖像画、魔剣を掲げてかっこよく空を仰いでいる立ち姿、フクロウや犬に乗って髪をなびかせる険しい表情。なんでもありだ。
いやがるロバートをパッパが金貨を積み上げてなだめすかしている。
「父さーん、やっとヒルダさんたち帰ってきたってー」
ミュリエルがニヤニヤしながら部屋に入ってくる。描き上がったロバートの絵を見ては、吹き出す。
「ブッ、何この顔。母さんが見たら……どうなるんだろう?」
ミュリエルは首をかしげた。
「シャルロッテには内緒だ。絶対に見せるな」
ロバートがミュリエルのこめかみを両手でグリグリする。ミュリエルが痛さにうめいていると、ヒルダが入ってきた。
ヒルダは晴れやかで、静かな自信に満ちた表情をしている。女王の威厳が更に増したようだ。
「ロバート様、ミュリエル様。長らく不在にして申し訳ございません。無事、水の木の種も各部族に届けられました」
「よかったな」
ロバートが満面の笑顔で言う。
「ということは、そろそろそろ国に戻ってもいいか? 雪が降る前に帰りたい」
「そのことなのですが、ひとつお願いがございます。フェリハを一緒に連れて行っていただけないでしょうか。後宮の女たちは外の世界をほとんど知りません。フェリハは次期女王、違う世界を知ることは大事だと思うのです」
ロバートとミュリエルは顔を見合わせた。
「アルに相談してみないと、俺たちでは判断できない」
アルフレッドもまじえて話し合いがもたれた。
「まあ、フェリハさんの人となりは分かっているので、いいですよ。ただし、護衛はつけないでほしい。侍女もひとりまでだ。信頼できる者しか国には連れて帰れない」
「もちろんです。フェリハはなんでもひとりでできますから。料理も上手ですし、誰とでも仲良くできます」
「うん、みんなフェリハさんのこと大好きだもんね」
ミュリエルが笑顔で言った。陽気で開けっぴろげなフェリハは、ローテンハウプト王国の人たちとすっかり仲良くなっているのだ。ミュリエルも第二の母のような、姉のような感じで慕っている。
「侍女ではなく、文官候補の若者を連れて行ってもよろしいでしょうか。あの、こちらの小論文を書いた若者です」
ヒルダが小論文をアルフレッドに渡す。アルフレッドは紙をパラパラとめくると、最後の一枚で手を止めた。
「これは……。なるほど、分かりました。そういう事情なら彼も連れて行きましょう。お義父さんの領地にしますか? それともヴェルニュス?」
「俺のとこはダメだ」
ロバートはにべもなく断った。
「いやいや、考えてもみろ。一か月不在にしてた男が、女連れて戻ったら。シャルロッテに捨てられる」
「ああー、まあ、確かに。母さん怒って、しゃべってくれないかもね」
ミュリエルは渋い顔をする。故郷で最も怒らせていけないのは母さんだ。ミュリエルはよく分かっている。
「じゃあ、ヴェルニュスで。でも冬だから、なんにもできないよ。寒いよ」
「こちらでは雪はあまり降りませんから、楽しむと思います。それに、フェリハはずっと外国に行きたがっていたのです。できれば春頃まで滞在させていただけますか?」
「ええ、いいですよ。部屋はいっぱい余ってるし。お金もあるし」
正式な慰謝料を決める前だが、取り急ぎのお詫びと、ヒルダから大量の金貨をもらっている。
「あつかましいことを申し上げますと、時期を見て、アイリーンと三つ子も訪問させていただけませんか?」
アルフレッドがやや上を見て考える。
「それは、フェリハさんの滞在中の様子を見て、改めて決めましょう。三つ子の少女たちは、ラウルとハリーとウィリーに興味があるようだから、そこのところをどうするか」
アルフレッドが言いにくそうに口ごもる。
「そうなの!」
ミュリエルとロバートは口をあんぐりと開けた。色恋沙汰に疎い父娘である。
「あの子たちも、もうそんな年頃なのね」
ミュリエルは母親のような気分になった。
出国が決まって、フェリハは大喜びで飛び上がった。アイリーンは気にせず、三つ子はぶーたれた。
「フェリハ姉さま、ずるーい。私たちも行きたい」
「はいはい、また来年ね」
フェリハは軽く聞き流す。
「こちらの若者が文官志望のセファでございます」
ヒルダが小さな男の子を連れてくる。真っ黒に日焼けして、黒髪を短く刈り込んでいる。目も黒く、服も黒い。全体的に真っ黒だ。皆、少年を見てひきつった。
「いやいや、文官志望って。この子、まだ子どもですよね? ウィリーより小さいんじゃないの?」
セファがキッとミュリエルをにらむ。
「僕は十五だ」
「嘘つけ」
ミュリエルはばっさり言う。
「十五って私と同い年。そんなわけあるか」
ミュリエルはツカツカとセファの隣に行く。セファはミュリエルの胸ぐらいまでしかない。
「ちっちゃいな。やっぱりウィリーよりちっちゃい」
「ミリー姉さん、それぐらいにしたげて」
ウィリアムがミュリエルを止めた。セファはミュリエルを見上げて、涙目になってる。
「すぐに抜いてやるからな、このデカ女」
ビシッ フェリハがセファの頭に手刀を入れる。
「黙りなさい、無礼者。あんたねえ、ミリー様のご厚意で連れて行ってもらえるのよ。ケンカ売ってる場合か。謝りなさい」
「ごめんなさい」
フェリハはセファの頭に手を置いて、一緒に頭を下げた。ミュリエルは快く許す。
「いいのいいの。そう言えば、男子は身長のこと気にするんだった。学園で注意されたんだよね。こっちこそごめんね、セファ。私のことはミリーお姉さまと呼ぶように」
セファは真っ赤になってうつむく。ミュリエルの下僕がまたひとり増えた。ラウルとハリソンとウィリアムはため息を吐く。みんなチョロすぎるぞ。