94.濡れ手で粟
ミュリエルたち一行はまだ港にいる。漁師たちに懇願されているのだ。
「ロバート様、お願いします。姿絵を描かせてください」
「ロバート様、船首にロバート様の像をつけてもいいでしょうか?」
「ロバート様の顔のついた撒き餌を作ってもいいでしょうか? 魚が食いつくと思うんです」
「ロバート様の顔を描いたタコツボを作りたいです」
「ロバート様の顔を描いた釣り竿……」
「うおーーーー」
ロバートが吠えた。ミュリエルたちは遠巻きに見ている。
「パッパーーーー」
ロバートが叫んだ。
「はーーーーい」
遠くの船から声が聞こえる。
「パッパはとんぼ返りして、ただ今到着しましたー」
ロバートは船から降りてくるパッパをガシッと力強く抱きしめる。
「頼む、助けてくれ」
「はい、パッパにお任せください」
ロバートはヘナヘナと崩れ落ちた。パッパは部下に指示し、愛嬌のある笑顔を浮かべて漁師たちに向き合う。
「皆さんのご要望は私の部下が書き留めます。後日ご連絡しますので、お待ちくださいね」
できる部下はテキパキと漁師たちの思いの丈を、余すところなく受け止めた。
ミュリエルたちはパチパチとパッパに拍手をする。
「パッパ、さすがだね。もうどうしようって時に来てくれて。すごい」
パッパは笑いながら胸を張った。
「ミリー様のいるところに商機ありですから。今回はロバート様でしたね」
「なんかもう、訳の分からないことになっててねえ」
ロバートは抜け殻になっているので、ミュリエルとアルフレッドが説明する。
「なるほどなるほど。それは、売れますね。間違いない」
パッパの目がギラリと光る。
「ロバート様さえよければ、どんどんジャンジャンやりましょう。ロバート様の姿を好きに使わせる代わりに、使用料をロバート様に払ってもらいましょう」
「……よく分からん」
ロバートはボーッとしてパッパを見つめる。
「例えば、姿絵を一枚売るたびに、いくらかお金がロバート様に支払われるようにするのです。控え目に見積もっても、ボロ儲けですよ。一か月で領地の年間予算を稼げるかもしれません」
「ううーん」
ロバートが目を回して倒れてしまった。
「父さんっ」
ミュリエルとハリソンが慌ててロバートを支え、ウィリアムが容赦なく水をぶっかける。
「はっ、なんだ? さっきパッパに金儲けの話を聞く夢を見たぞ」
「いや、夢じゃないから。もう、父さんはちょっと荷馬車で寝てきて」
「お、おう……。あとは頼んだ。俺はそういうデカい数字は苦手なんだ」
ロバートは力無く言うと、皆を見回し、アルフレッドに目をつけた。
「アル、頼んだぞ」
「はい、お任せください」
ロバートは犬を支えにヨロヨロと荷馬車に向かう。
「立ち話もなんですから、私の懇意にしている食事処でお話ししましょう」
パッパに促され、ゾロゾロと港町の奥に足を進める。小さな店に入ると、パッパは店主に何やらささやく。店主は微笑むと、扉を閉めて鍵をかけた。
「貸し切りにしましたから、おくつろぎください。皆さんそろそろ、椅子と机で食べたいのではないですか? 王宮では出ない、庶民の料理にしてもらおうかと。魚以外で」
パッパの言葉に皆がホッとする。絨毯に座って床に置かれた料理を食べるのは、なかなか慣れないのだ。足も痺れる。それに、もう魚は十分すぎるほど食べた。
「少しずつ色んな料理を持ってきてもらいます。アッテルマン帝国は美食の国として有名ですから」
しばらくすると、給仕が次々と料理を運んでくる。
「前菜の種類が豊富なのですよ。小皿に少しずつ取って食べてください」
ミュリエルは細いにんじんを炒めて、水切りヨーグルトとあえたサラダを食べる。さっぱりとしておいしい。
「これ、チーズみたい。ヨーグルトとは思えないね」
アルフレッドがのぞき込んできたので、フォークに少しとって口に入れてあげる。
「濃厚だね」
アルフレッドは気に入ったようで、給仕から小皿を受け取った。
「この、すりつぶしたひよこ豆の揚げたヤツ、すっごいおいしい」
ハリソンが口にいっぱい詰め込んでモゴモゴ言う。ラウルは上品に小さく切り分け、口に運ぶ。ラウルは品よく次々と食べて、おかわりをもらった。
「前菜だけでお腹いっぱいになりますね。肉も出してもらいましょう」
パッパは店主に目で合図する。給仕がジュウジュウと音を立てている、肉のかたまりを運んできた。給仕は鮮やかな手つきで、かたまり肉を薄く細切れに切り落とす。
「薄いパン生地に、この薄切り肉と野菜を巻いて、かぶりつくのが庶民流です」
パッパは手慣れた様子でクルクルと巻き、豪快にパクリと食べる。
「庶民はヨーグルトやニンニクのソースをたっぷりつけて食べます。おいしいですが、手と口が大変なことになるので、今日はソースなしで」
ミュリエルはさっさと平らげると、悪戦苦闘しているアルフレッドとラウルを手伝う。アルフレッドとラウルもようやく巻き終わり、チミチミと食べている。
アルフレッドは手と口を丁寧に布で拭うと、パッパに聞く。
「さっきの話。もう一度詳しく聞かせてもらえる?」
「はい。ロバート様の姿絵を数種類、描かせてしまえばいいと思うのです。それを元に、船首像や撒き餌を作ってもらう。作る物と数を申告してもらい、一定の割合でロバート様の姿絵使用料金をもらえばいいですね」
「水車の使用料のようなものかな?」
「そうです。ロバート様の姿絵を、公共物として広く使わせる代わりに、使用料をもらう。そして、使用方法についても一定の規則を設ければいいのではないでしょうか」
「おもしろい考え方だ。しかし、管理が手間ではないか?」
「それはアッテルマン帝国の人材に任せましょう。その代わり、アッテルマン帝国にも使用料のうちのいくらかを渡せばいいのです。アッテルマン帝国は手間はかかりますが儲かる。ロバート様は儲けがやや減るものの、面倒ごとから離れられます」
「いいのではないか。魚の撒き餌にお義父さんの顔を使うのはどうかと思うが……」
ミュリエルはゲラゲラ笑っている。
「いいんじゃない。父さんはお金もらえるなら気にしないと思うよ」
ハリソンとウィリアムも吹き出しながら頷いている。
「パッパの儲けはどうするんだ?」
「そうですね。年に何回かはアッテルマン帝国に仕入れに来ますので、その際に使用料を回収し、ロバート様にお届けします。その手間賃をいただければ十分ですよ」
「パッパがそれでいいなら。あとでお義父さんと手数料を決めよう」
「はい」
アッテルマン帝国から、著名人の使用料商売が始まりそうだ。遠からず全世界に広まるであろう。