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9.ついに夜会です


 ミュリエルにとって人生初の夜会である。ミュリエルは緊張と興奮でよく分からないことになっている。


 マチルダがミュリエルの長い茶色の髪に、丁寧に香油を伸ばしてくれる。イローナとマチルダが事前にああでもないこうでもないと色々試したあげく、髪は結い上げないことになった。


 緩やかに波打つ髪をゆるくまとめて、左胸の前に流す。こうすることで、女っぽさを残しながらも、ミュリエルの芸術的な背中の美しさが引き立つらしい。


 ほんの少しだけ、お粉をはたき、薄く口紅を塗れば完成だ。



「まあ、ミリー。なんて美しいのかしら。やっぱりシャーリーちゃんの娘ね、自然と目が引き寄せられる何かがあるわよ」


 マチルダが少し涙ぐむ。



「ジョニーさん、どうですか?」


 ミュリエルがクルクルと回転してみると、ジョニーは優しい笑顔になった。


「完璧だ。今日はダンスの申し込みをさばくのが大変になるぞ」


「そうだといいなー。今日こそはいい男をつかまえてくるからね」


「石は使うんじゃないぞ」


 ジョニーがわざと厳しい表情を作って注意する。



「大丈夫、今日は持っていかないから。あ、いざというときのガラス玉の腕輪はつけていくけどね。これでは人は殺せないから大丈夫」


「あ、ああ、そうだな。頼むから夜会で獣を狩ったり、人を殺したりしないようにな」


「大丈夫よー。今日は踊りに行くんだもん。狩りはしないよう」


「本当に歩いて行くの? 危ないわよ」


 今度はマチルダが心配し始めた。



「大丈夫。石はどこにでも落ちてるから」


「……そう」


「それにほら、今日はご馳走が出るってイローナが言ってたから。走ってお腹空かせないと」


「走らないでね。せっかくの髪が乱れてしまうわよ。ドレスもシワになるし」


「分かった。早歩きで行ってくるね」


「楽しんでおいで」


「はーい」



 ミュリエルはドレス姿で許される最速の早歩きで王都を闊歩する。



「ミリーどうしたんだい? 貴族のお姫様みたいだよ」


 すっかり仲良くなった近所の人たちに次々と声をかけられる。


「あのね、私これでも立派な貴族女性ですからね」


 ミュリエルはツーンとしてみせる。


「あたしの知ってる貴族女性は、鹿かついで王都を歩かないよ」

「バレてる!」

「もうみんな知ってるよ」

「今度お肉お裾分けするよ」

「ありがとう、楽しみにしてるね。行ってらっしゃい」




 誰に絡まれることもなく、魔獣に襲われることもなく、平穏無事に夜会の会場に着いた。大半の女生徒はエスコート相手と一緒に来ている。


 ミュリエルはドキドキしながら会場に足を踏み入れる。


「わあ、天井が高い。みんないい服着てるなあ……」


 色鮮やかでフリフリひらひらで、大きく膨らんだドレスを着ている女生徒がほとんだ。ミュリエルのような布面積の少ないドレスの子は誰もいない。


 (このドレス、おかしかったかな……)


 ミュリエルは少し不安になったが、気を取り直す。あの母とイローナがいいと言ったのだ。絶対大丈夫。それに、布面積が少ないのはいいことだ。貴族たるもの、税金の使い道に気を配るべきなのだから。



 ミュリエルはおいしそうな匂いに引き寄せられて会場の奥へ行く。銀色の丸い蓋が被せられた料理がズラリと並べられている。ミュリエルはすかさず、肉料理の匂いがする場所近くのテーブルにショールを置いた。


 よし、この場所は絶対に死守する。ミュリエルが貴族女性にあるまじき誓いを立てていると、イローナが近寄ってきた。


「イ……」


 ローナと続けようとして、ミュリエルはイローナの隣の男子に気づく。


「ミリー、こちらわたくしの婚約者のヒューゴ・モーテンセン子爵子息です。ヒューゴ様、こちらわたくしのお友だちのミュリエル・ゴンザーラ男爵令嬢ですわ」


 わたくしって……と思いながら、ミュリエルはよそ行きの顔で挨拶する。


「初めまして、ミュリエルです」

「初めまして」


「ミリー、あとでね」


 イローナはにこやかに微笑むと、ヒューゴと歩いて行く。あとでイローナに聞きたいことがいっぱいあるぞと思っていると、料理の蓋が次々開けられた。



 ミュリエルはすばやく肉料理の前に立った。給仕係が大きな牛肉のかたまりを薄く切って、お皿に並べる。一番乗りなので、最も味がしみ込んだ端っこが盛られ、とろーりとした茶色のソースがかけられる。



 ミュリエルは肉を持ってさっきの場所に戻った。小さな声で、いただきますと言う。イローナとマチルダの反応から、王都では小声で言うことにしたのだ。



 ゆっくりと牛肉にナイフを入れた。このナイフ、できる! 少しの力で牛肉が苦もなく切れる。ミュリエルはまずは牛肉だけを口に運んだ。


 うむ、これは……。なんと、口の中で勝手にとろけていく。噛んでいないのに。なんという魔術か! ミュリエルは驚嘆した。



 次はソースを絡めて食べてみる。濃厚な旨味。これは果物と野菜を赤ワインで煮詰めているのか? 贅沢極まりないぞ、恐るべし王都の税収! ソースに惜しげもなく野菜や果物を使うなんて。信じられない。ミュリエルは少し涙目になった。



 ソースだけでパンが五個ぐらいいける気がする。領地では肉は焼いて塩を振り、鍋に残った肉汁をかけるだけだ。


 狩りが盛んなので新鮮な肉から熟成したものまで、好きに食べられるが、このようなソースは初めてである。もったいないので、肉を上手に絡めてソースを残さず食べ切った。



 よし、次。ミュリエルは次の料理を食べることにする。えーっと、このお皿どうすれば……。ミュリエルが見回すと、よくできた給仕がすぐ近寄ってくる。


「どうぞそのままで」

「ありがとう、とてもおいしかったです」


 ミュリエルはニコニコしながら感謝の気持ちを伝えた。



 ミュリエルはあらゆる肉を食べた。鶏、ウサギ、鹿、猪、豚。どれもこれも絶品であった。途中から、数人の給仕がミュリエル専属でついてくれるようになる。


「ミリー様、肉もよろしいですが、デザートもぜひお試しください。小さなケーキを少しずつ盛りつけて参りましょうか?」


「お願いします!」


 ミュリエルは丁寧に布で口を拭った。



「王都って素晴らしいですね。こんなおいしいごはん、食べたことがありません」


 ミュリエルは至れり尽くせり世話を焼いてくれる給仕に、心からの賛辞を贈る。


「ありがとうございます。料理長に伝えます、さぞかし喜ぶことでしょう。例年はほとんど食べられることなく捨てますから」


「んまあ、なんてもったいない。捨てるぐらいなら貧しい民にあげればいいのに」


「そうですね。それができればいいのですが……。あ、ケーキが参りましたよ」



 大きな器に小さなケーキが花束のように盛りつけられている。


「わあ、宝石みたいですね。食べるのがもったいないくらい」


 もちろん言ってるだけで、ミュリエルは全て平らげた。


「さすがにもうお腹いっぱい。少し走ってこようかな」


 給仕は苦笑しながら、紅茶を入れてくれる。




「ルイーゼ、そなたとの婚約を破棄する」


 大きな声が響き渡った。




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― 新着の感想 ―
[一言] まさかのほんの1行か2行の食べてばかりじゃゲット出来ないくだりが飯テロ回に生まれ変わってルー!
[一言] 今の流行りは、色鮮やかでフリフリひらひらで、大きく膨らんだドレスの様だけど、 体に沿った、大人っぽいシンプルドレスの流行が来そう。 令嬢『これを着て、私も大物ゲット!!』
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