89.人材登用の方法
「本日は人材登用試験がございます。人がたくさんやって参ります。いつも以上に警戒はしておりますが、皆様もお気をつけくださいませ」
ヒルダが部屋にやってきて、ミュリエルたちに報告する。アルフレッドが目をキラリとさせて立ち上がった。
「もし可能であれば、試験内容を教えていただけませんか?」
「はい、もちろんでございます。本日は一次試験を通過した者たちの二次試験です。一次試験は小論文でございました。もしやご興味がおありかと思いまして、持ってきております」
ヒルダはアルフレッドに紙を渡した。
「アッテルマン帝国の問題点と改善案。今後の帝国の行く末を見据えた上で述べよ。ですか。これはまた難題を出されたものです」
アルフレッドが目を見開く。ヒルダは苦笑した。
「取り繕っている場合ではございませんから。なんとしてでも国政を担える優秀な人材を採用したいのです」
「なるほど。しかし、これに答えを持つ者はいましたか?」
「はい、千人ほど応募がありまして、一次通過者は百人ほどです」
「千人! 本当ですか? とても信じられない……」
アルフレッドが訝しげにヒルダを見る。
「あの、実は全土に触れを出したのです。身分、性別、年齢は問わず。意見がある者には村長や族長に申し出よと。アッテルマン帝国は小さな部族の集まりですから、各部族からひとり、各集落からひとり、積み重ねると千人に」
「なるほど。平民からも登用するのですね。しかし、文字を書ける平民が多いのには驚きました」
「いえ、全員が書ける訳ではないと思うのです。意見を述べて、族長が代筆したなどの例もあるでしょう。しかし、読み書きは後から教えれば何とでもなります。物事の捉え方、課題解決能力、そして何より意欲と熱意のある者が欲しいのです」
「興味深いですね。できれば合格者の提出物も拝見したい」
アルフレッドが珍しく前のめりだ。
「全てではないですが、優秀な論文は今持ってきております。共通語に翻訳しております」
ヒルダが紙の束をアルフレッドに渡す。
「残りは後日お持ちいたします。今日は簡単な筆記試験と、口頭試験です。口頭試験で資質を見極めるのが本日の主な目的です。口頭試験での問答内容についても、後日お持ちいたします」
「そんな重要機密を、よろしいのですか?」
「はい、問題ございません。アッテルマン帝国はローテンハウプト王国の属国であると思っておりますので。本来なら自治権もお渡しすべきところですが」
「いや、このような飛び地を統治するのは、労力と費用を考えると割に合わない。属国扱いは、まあ兄上と相談してからだな」
アルフレッドは王族の顔になり、冷静に答えた。
「はい、皆様がお国に戻られてから、改めてお話させてください。使者を王都に遣わします」
「分かった」
ヒルダは丁寧に礼をすると部屋を出て行った。アルフレッドは興奮を隠しきれない様子で、ソファーに座ると早速読み始める。
ミュリエルとラウルは気になってアルフレッドの隣に座り、読み終わった紙を見せてもらう。
「う、細かい字がぎっしり……。これはブラッド案件だね……」
ミュリエルは目をパシパシ瞬く。読む気力がもう既に萎えてしまった。
「ブラッドなら嬉々として読むだろうね。まさかアッテルマン帝国の人材登用試験内容をここまで知れるとは。この紙を得ただけでも、ここに来たかいがあったというものだ」
「それは、そんなに重要な事柄なのですか?」
ラウルが真剣な目でアルフレッドに問いかける。
「国の中枢、上層部が何を重要視しているのか。そして人材の能力水準が赤裸々になる。恐ろしい情報だよ。我が国のものなら、絶対他国には出さない」
「さらわれて、少しはいいこともあったのですね」
ラウルが笑い、アルフレッドは複雑な表情でラウルの頭を撫でる。
「さらわれない方がいいよ。ふたりの命に釣り合うものなど何もない。でもまあ、情報が得られて嬉しくないとは言えないけどね」
「立派な内容なのですか?」
ラウルが小さな文字を必死に読み取りながら、頭を振って聞く。
「荒削りだが、見どころがある。これを書いた者は、我が国に連れて帰りたいくらいだ」
「へー、アルにそこまで言わせるなんて。きっと頭のいい人なんだろうね。どんな内容なの?」
「王宮に提出するのに、全く忖度していない度胸がまずは気に入った。アッテルマン帝国は独自の人材登用制度を持っているのは知っているよね? じい先生からの課題で調べただろう?」
「はい、身分を問わず、優秀な男児を集めて英才教育を施す。それぞれの特性に応じて、軍隊、官吏など職業は変える。権力と高給を約束するけれど、それは当人にのみ与え、一代のみ。世襲はなし。よって腐敗が少ない。そう理解しました」
ラウルがまじめに答え、ハリソンとウィリアムが尊敬の眼差しでラウルを眺める。ミュリエルとロバートが拍手をした。
「ラウル、すごいねえ。私はすっかり忘れちゃってたよ。さすが未来の王様だ。ラウルは立派な王になるよ」
ミュリエルとロバートがラウルの髪の毛をモシャモシャにする。ラウルは真っ赤になって下を向いた。
「余にはこれぐらいしかできないから……」
「こらこら、謙虚なのはいいけど、卑屈になるのはダメだ」
ロバートがラウルの耳を引っ張る。ラウルは小さな子どものように笑った。アルフレッドはそれを優しい目で見る。
「ラウル、よく本質を捉えている。そう、身分を問わず優秀な人材を集め、一代限りの登用としたことがアッテルマン帝国の強さの根幹だ。どこの国でも上層部の腐敗が、国を衰退に追い込むからね」
「ローテンハウプト王国では、貴族が中心だよね?」
ミュリエルがアルフレッドに聞く。学園にも平民はほとんどいなかった。
「そうだね、我が国は世襲貴族が国の中枢を担う。ただ、学園の成績に応じて、下級貴族も重用するよ。ブラッドだって子爵でまだ十五歳だけれど、僕の側近に取り立てた。パッパだって、ほぼ平民のようなものだけど、活躍している」
「そっか。ガチガチの身分制度じゃないんだね」
「そこが我が国の強みだ。地方は領主に任せてるしね。お義父さんは男爵だけど、素晴らしい領主だろう?」
ロバートが胸を張った。
「まあな。国には税金は納めてないが、いざというときは助けてもらえる。うちぐらいの小さな領地はそれで十分だ」
「結局は、権力を無能な者に独占させないことが大事なんだ。ローテンハウプト王国では優秀な男性貴族を登用する。有能な女性はまだまだ取り込めていない。そこはラグザル王国から学びたい点でもある」
「ラグザル王国は、フレーデリカ女王の治世から、一気に女性の登用が増えたと聞いています。学園にも女生徒が多いですし」
ラウルが頷きながら言った。
「そうだね。話は戻るがこの応募者は他国の情報もまじえながら、アッテルマン帝国の良さと課題をよくまとめている。それをどう解決していくかの方法論はまだ甘さがあるけど……。課題が明確になれば、解決策は皆で検討してもいいからね。そこはなんとでもなる」
「ふーん、そうなんだ」
ミュリエルがよく分からないといった感じで、首をかしげる。
「ひとりで全てを解決する必要はない。僕もよく宰相に言われたよ。課題を見つけるのがうまい人。解決策を考えるのが得意な人。今ある制度を改善するのが好きな人。全く新しい制度を考えつく人。組み合わせればいいんだ」
「なるほどな、俺ももっと人に任せないといかんなあ」
ロバートがアゴを手でさすりながら考え深げに言った。
「ははは、お義父さんは十分に人材を活用してると思いますけどね。ジェイにはもっと任せてもいいかもしれません」
「今、俺がいないのは、ジェイにはいい経験になるな」
ロバートはニヤリと笑う。
***
「ヘックショイ」
港でクロと再会したジェイムズが、派手にクシャミした。
「なんだい、にいちゃん。風邪ひいたか? もう随分寒くなったもんな」
港の男たちがジェイムズに声をかける。
「うーん、多分誰かがウワサしてるんじゃないかなあ。皆さん、クロを見ていてくれて、ありがとうございました」
ジェイムズはお礼の燻製肉の塊を渡す。
「なーに、俺たちの方が世話になってたよ。デケえ海の魔獣とか、ちょいちょいっと狩ってくれるからなあ」
「なんでも食うから気をつかわなくてよかったし」
「足が速いから、盗人出てもすぐ捕まえてくれたし」
「なによりかわいいよな、クロは」
「ずっとここにいてもいいんだぜ」
「そうだぞ、クロ。内地だと魚はなかなか食えないぞ」
男たちがクロに次々声をかける。
「ワウワウーーーン」
「ははは、それでもクロは僕と一緒に帰るって。僕たち親友だから」
ジェイムズがクロを撫でながら言った。
「分かってるさ。にいちゃんが来た時のクロの喜びようったらなあ」
「また遊びに来いよ」
「はいっ。ありがとうございました」
「ワウーーー」
ジェイムズは荷馬車に乗ると、クロと共に去って行った。