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88.ミリーの欲しいもの


「ああー外に出たーい」


 ミュリエルはハリソンとウィリアムを、恨めしそうにじっとり見つめる。ふたりは今まさに、犬に乗って出かけようとしていたのだ。


「お、お土産買ってくるからね」

「じゃねー、行って来まーす」


 ハリソンとウィリアムは犬にまたがると急いで出て行った。


「アル、私も外に行ってもいい?」


 ミュリエルの潤んだ瞳にアルフレッドは言葉を失った。


「ダメだ」


 ロバートが無情に却下する。


「俺たちはダメだ。さらわれたり、人質に取られたらどうするんだ」


「護衛連れて行くから……」


 ミュリエルはまだ諦めきれない。もうずーっと王宮に閉じ込められている。ハリソンとウィリアムは気軽に犬に乗って外出しては、市場で買い物をしている。お金はヒルダがたっぷり持たせてくれている。



「ダメだ。お前が行くとな、アルも行くだろう? そうすると護衛が大量に必要になる。結果目立つ。そしたら、ろくなことにならねえ」


 アルフレッドが口をキュッとつぐんでミュリエルを見る。


「ミリー、お義父さんの言う通りだ。ここは敵国みたいなものだ。まだ情勢が安定していない。本当なら、ハリーとウィリーにも外出はやめてほしいんだ。大きな犬を連れてる子どもってことで、目立っているからね」


 ロバートが頷きながら加える。


「パッパが、ローテンハウプト王国の犬はこれぐらいデカいのが普通って、ウワサをまいてくれたからな。それでも、不穏な動きがあったら即撤収とふたりには伝えている」


「分かった……」


 ミュリエルはがっくりしてゴロゴロしている。ラウルは王宮で閉じ込められて生活するのに慣れていたので、特に不満はないようだ。


「ミリーお姉さま、暇でしたら訓練でもしませんか? 余が人質に取られた時、ミリーお姉さまがどう動けばいいか。護衛と試してみるのはどうでしょう?」


 ミュリエルはパッと顔を上げた。


「いいね」


 護衛たちからの、即席の護身術指導が始まった。


「大前提として、高貴なる方々は戦わずに逃げてください。戦うのは我々、護衛の仕事ですから」


 護衛が必死でミュリエルに懇願する。


「ああー、そうだね。分かった、気をつけるね」


 ミュリエルは苦笑いする。


「今回のように、吹き矢を使われると非常に怖いです。護衛がいてもかばいきれたかどうか。犬の反応の速さに、人は到底およびませんから」


「そっか」


 そういえば、ヴェルニュスに置いて来たあの犬、元気になっただろうか。ミュリエルは思い出して気になった。パッパが戻ってきたら聞いてみよう。


「ですので、道の向こうから馬車や人がやってきたら、道から離れてください。そして物陰に隠れてください。決して親しく言葉を交わさないでください」


「うう、ごめんね」


 ミュリエルは呑気すぎた自分を深く反省する。護衛は言いにくそうな顔で続ける。


「お耳に痛いことを更に申し上げますと……。あのときミリー様は、ラウル様と犬を置いてひたすら逃げるべきでした。そして、誰か味方をみつけ大人数で敵を追えば、おそらくラウル様も犬も無事に救出できたはずです」


「うう、それはすごく難しいけど。うん、次はそうする。……そうだよね、走って逃げて、フクロウを呼べばよかったんだ。そしたら護衛に応援を頼めた」


「そうなのです。仲間を置いて行くのは辛いです。ですが、危ないときほど冷静に、最善の行動を取らなければなりません」


「分かった。本当にごめんね」


「いえ、ミリー様とラウル様から目を離した私たち護衛が悪いのです。申し訳ございませんでした」


「ああー、もう謝らなくていいから、ね。あのとき、遠くに護衛が見えたんだけど、忙しそうだから声かけなかったの。これからは遠慮せずに呼ぶから」



 ミュリエルと護衛が何回目かの謝り合戦をしていると、ヒルダが部屋を訪れた。


「失礼いたします。ミリー様におもてなしが至りませんでして、誠に申し訳ございません。今宵は選りすぐりの踊り手で、舞踊をお披露目させていただきます。他に何かご要望はございませんか?」


「いえいえ、もう十分にもてなしてもらってます。ごはんもケーキもおいしいですし、素敵な絨毯や布ももらえましたし。これ以上は、もう結構ですから」


 誰だーヒルダさんに言いつけたのはー、ミュリエルは思った。


「とんでもございません。我が国はミリー様とラウル様をさらって、おふたりの尊厳を奪おうとしたのです。いくらお詫びしたところで、十分ではございません。一族郎党縛り首でも足りないぐらいです」


 今日は謝られてばっかりだ、ミュリエルは焦った。


「あの、踊りを楽しみにしています」


 ミュリエルは大きな声で言うと、ヒルダをやんわりと部屋から追い出した。もうウッカリ愚痴をこぼすのはよそう。アルの前でだけ言うことにしよう。ミュリエルは決意した。



 素晴らしい晩餐の後、絶世の美女たちが静々と現れた。真っ白な大きく広がるスカートをまとっている。


「これからお披露目するのは、ある部族に伝わっている旋回舞踊です。右手を空に、左手を地に向けてひたすら回ります。父なる太陽、母なる大地への祈りの踊りなのです」


 ヒルダの説明の後、太鼓が不思議な拍子で打たれ、しばらくすると笛が続く。女たちは、ひとり、またひとりとクルクル回りながら部屋を大きく巡る。女たちは恍惚とし、見ている者も夢見心地になった。神との一体感に包まれたとき、静かに音楽が止まる。


 一同は夢から覚めたように、ぼんやりと女たちを見つめ、ハッと気づいて強く拍手をする。


「素晴らしいです。父なる太陽と母なる大地を感じました。神々が喜ばれていると思います」


 ミュリエルは興奮してヒルダに告げる。ヒルダと踊り手たちは、跪いた。


「もったいないお言葉でございます。ミリー様にそう言っていただけて、ホッといたしました。今後も舞を神に捧げたいと思います」


 女たちは満足そうに微笑むと部屋を出て行く。


 次に現れた踊り手たちは、赤い上着に緑のスカートを履いている。皆、両手に木のスプーンのようなものを二本ずつ持っている。


「次は木のスプーン踊りでございます。豊穣と豊漁を神に感謝する踊りと言い伝えられております」


 ヒルダの言葉が終わると、壁際に座った女たちが弓のつるを弾き出した。女たちはそれぞれ大きさの異なる弓を持っている。


 ビイン ビイン 異国的な響きが部屋を覆う。


 笛と共に、深く豊かな歌声が始まった。木のスプーンを持った女たちは大きな円を描きながら、軽やかに前後左右に足を踏み出し、スプーンを打ち鳴らす。簡単そうに見えて実に複雑な足さばきだ。足と手のスプーンは、同時に別の動きをするのである。相当な技術が必要そうだ。


 終わった後、ロバートが声をかける。


「神々が近くにいらっしゃる。神々はにぎやかなのが好きだからな。祈りもいいが、踊りもいいな。皆に加護が与えられる日も近いんじゃないか」


 ヒルダと踊り手たちは、感極まって涙をこぼした。


「後宮で無聊をなぐさめるために、舞踊をひそやかに続けておりました。皆さまと神々にお披露目できる日が来て、誠に嬉しいです」


 ヒルダは涙を拭くと、次の踊り手を呼んだ。



「最後は、皇帝にのみ披露していた踊りでございます。子孫繁栄を神に祈る踊りと言われております」


 非常に露出度の高い衣装を着た女性たちが入ってくる。お腹のあたりは布がなく、ほどよく引き締まっていることがよく分かる。


 ハリソンたちがソワソワし始めた。


 女たちは両手の指に小さな真鍮の丸い楽器を二枚ずつ持っており、それらを打ち合わせながら激しく踊り出した。腰を揺らし、胸を揺らし、髪をなびかせながら回る。


 ゴクリ 護衛たちの喉が鳴った。


「はい、終了ーーー」


 突然ロバートの大声が部屋に響き渡った。踊り手たちは呆気に取られて棒立ちになる。


「えー、大変素晴らしいですが、これはいかんです。シャルロッテにバレたら怒られる。息子たちにも刺激が強い」


 ハリソンたちがそっとうつむいた。


「今日はもう十分、最高の踊りを見せてもらった。これでお開きとしよう」


 ロバートが言い切り、ヒルダがオロオロしながら謝る。


「大変失礼いたしました。お見苦しいものを披露して申し訳ございません」


「いやいや、見苦しくは全くない、美しすぎて危ないというだけだ。気にしないでくれ」


 ロバートが重ねて言い、踊り手たちはぎこちなく部屋を出て行く。ミュリエルがさっと立って、ヒルダに近づきなにやらささやく。ヒルダはパアッと笑顔を浮かべ、何度も嬉しそうに頷いた。


 ミュリエルは微妙な笑顔で戻って来て、アルフレッドの隣にストンと座る。アルフレッドは気になって尋ねた。


「なんだったの?」

「ん? えーっと、さっきの踊り、教えてもらえないかなーと思って、頼んで見たの。楽器と衣装もくれるって」


 ミュリエルは半笑いで答える。アルフレッドの顔がくもった。


「ミリー、あの踊りは少し……扇情的だと思う。……あまりこんなことは言いたくないけど、人前で踊るのはちょっと……」


「う、うん……。えーっと、だからアルの前でだけ踊るつもりだよ」


 ミュリエルは下を向いて絨毯の毛をむしっている。アルフレッドはさっと手で口をおさえた。目の辺りがうっすら赤くなっている。



(うおーっ、殿下、めっちゃミリー様に愛されてるーう。おめでとうございます!)


 護衛たちは心の中で快哉を叫ぶ。



 後日、ミュリエルの渾身の踊りに、アルフレッドは全力で応えた。熱い夜であった。



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― 新着の感想 ―
[一言] お〜。流石ミリー。 マスターしたのか…そしてアルは頑張ったんですねぇ〜。
[良い点] 豊穣の踊りってそういう意味だったのね…!! そりゃ護衛の兄さんたちもソワソワしちゃいますね!!
[一言] 夫婦仲がよろしいことで(〃ノωノ)
2022/11/20 05:48 退会済み
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