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84.ロバートの都合


 王宮内の制圧がそれなりに終わった。話し合いの場でロバートがウダウダ言ってる。


「いや、無理。俺はシャルロッテと離れてそんなに長い間ここにはいられない。発狂する」


「うわー、まーた父さんのノロケが始まった。やめてよー」


 ミュリエル、ハリソン、ウィリアムが耳をふさぐ。


「お前たち、言っておくけどな。人を殺すというのはそれほど重いんだ。俺はしばらく悪夢にうなされるだろう。例えヤッたのが裸の変態で娘に手をつけようとした、ゴミくそ野郎だとしてもだ」

「父さん」


 ミュリエルがウルウルする。


「ミリー、お前が初めてウサギを殺したとき、お前はしばらくうなされた。ひと月ぐらいは夢見が悪かった」

「そうなの?」


「よく夜中に泣きながら、俺たちの寝室に来た。しばらくは俺とシャルロッテの間で寝てたんだぞ」

「そっか」


 全く覚えていないミュリエルである。


「かわいいウサギの悪夢でああなるんだ。あの裸の変態が夢に出てきてみろ、俺の安眠はしばらくないな。まあ、お前があの裸族の夢を見ずに済んだのはよかった。ミリー、人はなるべくヤラん方がいい。寝られなくなる」


「う、うん。なんか、理由がちょっと自分都合な感じだけど……。分かった」


 ミュリエルは大変よく理解できた。あの変態の夢を見るのだけは勘弁だ。


「それでだ、俺が悪夢を見たとき、シャルロッテがヨシヨシってしてくれたら俺はまた寝られる。分かるか?」

「ギャー、聞きたくなーい」


 三人は耳をふさいだ。


「だから、そんなに長い間ここにはいたくない。そういうことなんですわ」


 さっきから同じような話が堂々巡りしている。アルフレッドは話をたたんで行くことにした。


「つまり、ヒルダ陛下としては、ロバート卿になるべく長くアッテルマン帝国に滞在してほしい。祈りを広め、魔剣に力をこめ、ある程度国が整うまでは。そういうことですね?」


「はい、誠に図々しいお願いだということは承知しております。ですが、フクロウに乗って天から現れたロバート様は、太陽神の御使様と誰もが信じられる存在です。私の後ろ盾になっていただければ、国が荒れることを最小限に抑えられるでしょう」


 ヒルダは理知的な顔に懇願をのせて必死で頼み込む。



「なるほど、仰っていることは理解できます。皇帝を失い、不作で先行きが暗いアッテルマン帝国です。神の御使様がいらっしゃるなら、民の気持ちは上向くでしょう」


 アルフレッドがヒルダの思いに一定の理解を示す。


「具体的にはどれぐらいの期間で、新女王として安定させられますか?」

「半年はかかると思います」

「一か月だ。冬になる前、領地に雪が降る前に俺は帰る」


 ロバートにとってはそれが最長だ。


「んー、母さんにしばらくこっちに来てもらうというのは?」


 ミュリエルは軽い気持ちで提案してみる。ヒルダはパッと顔を明るくし、ロバートの目がクワっと見開いた。


「バッカもーん。シャルロッテをこんなところに連れて来れる訳がないだろう。もしシャルロッテに何かあったら、どうするんだ。その時は俺は手当たり次第虐殺するぞ。皆殺しだ。そして俺も死ぬ」


「あー」


 ミュリエルは頭を抱えた。


「僕たち置いて死なないでよー」


 ウィリアムが文句を言う。


「いや、お前たちはもう俺がいなくても大丈夫だろう? しっかり生きろ。俺はシャルロッテがいない世界で生きるつもりはないからな」


「またー、そうやってすぐノロケるのやめてよー。それに僕まだ十歳。親はいるよー」


「あ、そういえばウィリーはまだ十歳だったな。ミリー、俺がいなくなったらちゃんと面倒見てやれよ」


「はーい。……ラウル、これだ。ラウルに足りないもの。この適当さが大事。私が変態に何かされるかもってぐらいで、窓から身投げしちゃダメ。例えばウィリーならどうする?」


 ミュリエルの隣に座っているラウルが目を丸くして、ウィリアムを見る。


「ごはん全部食べ終わってたら、僕も窓から出て、さっさと帰るけど? ミリー姉さんならひとりでなんとかするよね?」


「うん。ね、同じ窓から飛び出るのでも、これぐらい違う。私もウィリーが窓から飛び出したら、行ってらっしゃーい、どっかで合流しようねって思うだけだもん。ラウル、諦めずに図太く生き残ろうとしないと。領地に戻ったら鍛え直しだ」


 ミュリエルはラウルの背中を強く叩く。


「はい、ごめんなさいミリーお姉さま。足手まといになりたくなくて」

「私もラウルを担いで逃げられるぐらいに強くなるから。ふたりで特訓だよ」

「はいっ」


 アルフレッドは壁際にいる護衛たちに視線を向ける。


「護衛も鍛え直しだ」

「はいっ」


 ヒルダはメガネの奥で目を瞬いている。


「何と言いましょうか……。ロバート様のご家族はたくましいですね。私も娘をこれぐらい強く育てたかったです」


「娘はいくつだっけ?」


「長女のフェリハが三十歳、次女のアイリーンが二十五歳です。フェリハには私の後を継いで女王になってもらいたいと思っております。私ももう若くはありませんから」


 ヒルダはややうつむきながら言う。少しためらいながら続けた。


「あの、何人か森の娘候補がいるのです。見ていただけないでしょうか? 私では判断ができないのです」


「おう、いいぜ。見て分かるかは知らんが」


 ヒルダは侍女に指図をし、しばらくすると色とりどりの髪をベールに包んだ女性たちが部屋に集まった。護衛が重そうな箱を運んでくる。


「わー、この国は色んな髪の女性がいるんですね」


 ミュリエルが感嘆の声を上げる。


「あ、これは染めているのです。一時期、森の娘と息子が殺された時期がございまして」


 ヒルダの言葉に部屋が一気に暗くなる。


「なぜそんなバカなことを? それでは神のご加護がもらえる訳がない」


 ロバートが地を這うような声で問いただす。


「あの、シャルマーク皇帝が、自分こそが太陽神だと言い始め、森の娘と息子を敵対視したのです。私と私の娘も、森の娘だったのですが、都合よく忘れてくれていたので無事でした」


「はあー」


 ローテンハウプト王国の一行がため息をついた。思っていたより、ひどいありさまだ。


「それで、今来たのが森の娘候補なんだな? うーん」


 ロバートが女たちの近くに行ってジロジロ見る。


「その小さいフワフワ頭の人と、背の高い人と、そこの同じ顔した三人は何か感じるが……。それほど強くはないな」


「やはりそうでしたか。その小さい娘がフェリハ、大きい娘がアイリーン、私の娘です。三つ子はアナ、ヤナ、マナで、砂漠の部族の娘です。五人とも、魔剣は持ち上げられていませんが……」


 ヒルダが護衛が持ってきた箱を開けさせ、中から魔剣を重そうに取り出す。


「恥ずかしながら、私も持ち上げるのが精一杯です。使うことはできないでしょう」


 ヒルダはブルブル震えながら魔剣を机の上に置く。


「魔剣が重い? そんなの聞いたことがないぞ」


 ロバートは言いながらヒョイっと魔剣を持ち上げた。女たちが一斉に息を呑む。


「重くないな。ミリーは持てるか?」

「うん、重くないよ。ハリーは?」

「え、重くないね」


 ハリソンは魔剣をウィリアムに渡した。ウィリアムも軽々持ってる。


 ヒルダと女たちが跪いた。


「これが神のご加護を持つ森の子どもの力なのですね」

「えー、僕とウィリーは森の子どもじゃないよ。ほら、目が青いでしょう」

 

 ハリソンは目を大きく開けて、ヒルダを見る。


「……どういうことでしょう?」


 ヒルダが首をかしげている。


「ちょっと僕にも持たせて」


 アルフレッドが魔剣に手を伸ばす。


「うん、普通に持てるな。重くはない。……ラウルは持てる?」


 ラウルは渡された魔剣を落としそうになって、アルフレッドに助けられる。


「重い、僕には無理です……」


「ラウルの国では、大地の女神信仰が強くて、太陽神はどうでもいい感じなんだって。きっとそれじゃないかなあ」


 ミュリエルが言う。


「なるほど、父なる太陽と母なる大地に、等しく祈りを捧げないといけないのですね」


 ヒルダが何度も頷く。


「祈りが足りていれば、森の子どもでなくても、魔剣は持ち上げられる。でも、魔剣を使って何かを切ることはできない。そういう判断でいいのかな?」


 アルフレッドが聞き、ロバートたちが頷く。


「じゃあ、まあ、真っ先にやるのは祈りだな。息を吐くように、四六時中祈れ。そうすれば一か月で俺が帰れる」


 ロバートが力強く言い切った。女たちは勢いに押されてコクコクと頷く。


 アッテルマン帝国、祈りの強化月間が始まった。



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[一言] 何事もバランスよく!ですね〜!
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